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ウォッグ!―X号兼務特殊警備員―  作者: 椋之 樹
第四章 『ウォッグ』対『ソウスイノゲン』
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The Last Guard《ケウク》①


「なぁ、ちょっと聞かせてくれ。お前、腕と足が折られているって話を聞いたけど……大丈夫か?」

 意気込んだのは良いが、どうしても気に掛かることがあった。

 世理の身体を横目で見てから尋ねると、彼女は腕を回しながら答えてくれる。

「《不可侵領域》ですよ。腕の方は折れた部分を接合させています。ですが、一度に多くの領域を生み出すことは出来ないので、先のことを考えて足の方はそのままです。片足でケンケンしています」

 よく見れば確かに、右足が床から少しだけ離れて小刻みに震えている。

 立っているだけでも精一杯な筈なのに、あくまでも敵に挑もうとするとは……ここまでくると、正常さを疑ってしまうレベルだ。

「お前……痛くねぇのか?」

「超痛いです」

 タイムリミットは長くはない。

 彼女が限界を迎える前に、ケウクを倒す。

 その為に今自分が出来ることをするだけだ。

「それで、どうする?」

「彼は恐らく、私と同じ才力者。空間自体を掌握する者として、倒すのは一筋縄ではいかないでしょう。なので、私から芦那さんにお願いすることは、一つだけです」

「一つ……?」

「えぇ、ケウクさんが何をしようと私を信じて、振り向かず、立ち止まらず、真っ直ぐに……突っ込んで下さい」

「……!?」

 未知数の敵に対して、突っ込め、という命令は流石に納得し難い。

 しかし、彼女の集中し切った視線と、頼り気のある言動のお蔭か、自身の心が覚悟を決めるのに時間は掛からなかった。

 一度大きく深呼吸をしてから、床を踏み締めるとケウクを見据える。

 やつまでの距離は……およそ二十メートル。

「分かった。それじゃあ────行くぞッ!」

「はいッ!」

 そして、覚悟を決めて固い床を蹴り、ケウクに向かって駆け出した。

 当然、奴も黙ったままそれを受け入れる訳がない。

「飛んで火に入る夏の虫とは、こういうことじゃないかい?覚醒者相手に、ただの一般人が真っ正面から突っ込んで来るとは……舐められたものだね」

 ケウクが嘲笑しながら、軽く腕を前に振るう。

「────《獄焼焔舞》」

 突然、眼前に小さな球体が多数現れた。

 それらは集団を成して、四足歩行の獣のような形をした巨大な炎へと変貌。

 空気を焼き尽くす程の熱を撒き散らし、部屋全体を揺らす咆哮を放つと、こちらに向かって走り出した。

「オォォォッ────!!」

「う、ぉ……ッ!?火の怪物……!?」

 脳裏を過ぎる、死の予感。

 炎の周囲の空気を吸うだけで、肺が焼けるのではないかという程に熱さを感じ、熱気が肌に当たる度に皮膚に鋭い痛みが走る。

 あと数メートル近寄れば、身体に火が付くのではないか、と恐怖心が沸き上がってきて、先程までの決意が簡単に揺らいだ。

 あんなものに突っ込んでいっては、確実に身体が焼き尽くされて死んでしまう。

 このままでは、自ら焼身自殺をするようなものだ。

「くっ、そォォッ!」

 しかし、走る速度を緩めることはなかった。

 今、自分に出来ること。

 それは、後ろにいる彼女を信じることだけだからだ。

「────《不可侵領域インバイオ・リギオン》!」

 背後から、世理の甲高い声が響く。

 すると、突然炎の獣が何かに激突して爆散。

「オギィゥッ!?」

 眼前に、道が開かれた。

 チラリと後ろを見ると、世理がこちらに向かって折れた左手を突き出していたのである。

「フヒッ……不可侵領域……まず狙うのは、本人からが無難か?」

「……?おわッ!?」

 ケウクが右手を下から上に突き上げると、目の前に厚い炎の壁がせり上がり、進行方向を塞ぐ。

 そこで、初めて足を止めた。

「クソッ!冗談じゃないぞ……!」

 どこまで厚い壁なのか、前方のケウクの姿が全く見えないくらいだ。

 更に、背後。

 世理の近くの壁から、新たな炎の獣が再び出現。

 大口を開けて、世理に狙いを定めた。

「宮園ッ!!」

 慌てて声を掛けるが、彼女は慌てない。

「……炎なら、殺しても問題ありませんね?」

 右手を炎に向かって突き出す。

 すると、何も抵抗なく獣の首が吹き飛び、爆散。

 それから即座に、雅生に向かって声を張り上げ、左手を前へと突き出す。

「行って下さい!道は、私が切り開きます!」

「……!」

 すると、バシュン!とタイヤから空気が抜けるような音と共に、雅生の前に立ち塞がった壁のど真ん中に風穴が開いた。

 恐らくは、不可侵領域を炎の真ん中に出現させたことで、炎の影響を消したのだろう。

「行くしか……ねぇッ!」

 後戻りをしたら終わる。

 だったら、例え目の前が地獄でも、死ぬ気で身を投じなければ、何も変えられない。

 意を決して炎の穴へと飛び込むと、一瞬で穴が狭まり、雅生を呑み込むのだった。



「ならば、これはどうかな?」

 ケウクがそう呟くのが聞こえると、世理の身体が橙色に輝き始める。

「……!これは……!」

 世理が身体の異変を察知して、反応を示した瞬間。

 世理の身体から炎が噴出。

 彼女は一瞬で炎の渦に呑み込まれてしまった。

「フヒッ、フヒヒィッ!死んだ……これで死んだかねぇ……ッ!」

 身体の内側から焼き尽くす、防御不可能な攻撃。

 しかし、それは一瞬の出来事だった。

 世理が両腕を真横に勢い良く開くと、彼女を包み込む炎は一瞬で消失したのである。

「なに……!?」

「外側から駄目なら内側から。そうやって攻めてくる覚醒者とは何度も遭遇してきました。ですが、私の《不可侵領域インバイオ・リギオン》の適応内ならば、身体の外だろうが内だろうが、死角はありません!」

「……チィッ!フヒヒッ、やるなぁ……」

「そして、一度私に気を向けてしまったのは大いなる過ち……」

 その直後。

 ケウクの前にまで続いていた炎の壁に風穴が貫通。

 風穴の中から、一部焦げた制服を棚引かせながら、雅生が飛び出してきた。

「らあァァァァァァァァッ!」

「なぁッ!?もうここまでッ……!?」

 雅生はケウクの目の前に着地すると、右手で握り拳を作り、狙いを定めだ。

 ケウクは動揺した様子で後ずさりするが、何かにぶつかる。

「ぐっ!?」

 見えない壁、《不可侵領域》だ。

 後ろ、左、右、そして上。

 全ての逃走経路が失われ、為す術なくその場で立ち尽くす。

 逃亡の意志をほんの一瞬でも見えた気の緩みが、かえってケウクの反撃のチャンスが失われることとなってしまった。

「逃げられなッ……!?」

 雅生は、止まらない。

 大きく左足を踏み出し左手を後ろに引くと、右の握り拳を真っ直ぐに振り抜いた。

「喰らい、やがれェェェェェェッ!!」

 雅生の拳は、仮面を砕き、ケウクの顔面に直撃。

 反動でケウクの身体が《不可侵領域》にぶつかると、ガラスが割れるような音と共に砕け散っていった。

 彼らの背後には、両手を叩いて力を解除した世理が、笑みを含んだ顔付きでこう呟くのだった。

「第二ラウンドは、私達の勝ちです」



  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽



「四辻津々代?どちらへ?」

 気絶した六角を休憩室のベッドに縛り付けていると、四辻が神妙な顔付きで出て行こうとしていた。

 こちらの声に反応した彼女は即座に不敵な笑みを浮かべると、首を曲げながら手を捻る。 

「確信したのよぉ。手遅れになる前に……トドメの仕事に取り掛かるわぁ。勿論、手伝ってくれでしょぉ?」

 どうやら、まだ何かやるべきことがあるらしい。

 いつもなら一番初めに、訝しげな顔を浮かべながら、何をするのか問い詰めるところだ。

 しかし、今この時だけは、そんな必要性をまったく感じていなかった。

「了承です、何のことかは不明ですが、手を貸します」

 手を払いながら立ち上がると、二つ返事で彼女に手を貸すことを認めた。

 一方の四辻も彼女らしくない驚きの顔を浮かべてから、嬉しそうに穏やかな笑みを見せて、馴れ馴れしく肩に手を掛けてくる。

「分かってるぅ。流石は瑠羽ちゃんだわぁ」

「警告です、離れてください、熱っ苦しいです」

 ウォッグの隊長が……新米のアルバイトが……自らの命を懸けてあのケウクと戦っている。

 ならば尚更、自分だけ黙ったまま見ている訳にはいかない。

 例え小さな事でも、危険な橋渡りだったとしても、彼らの助けになるのならば……何だってやってみせる。

「……瑠羽は……ウォッグの一員ですから……」

 いつしか、そう思うようになっていた。

 それは、普段から感情というモノを持ち合わせていない伊須乃瑠羽にとって、とんでもない心境の変化だったのかもしれない。

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