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ウォッグ!―X号兼務特殊警備員―  作者: 椋之 樹
第四章 『ウォッグ』対『ソウスイノゲン』
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私よ、私の声を聞け



「警備員、剥離者、復讐……そんなお遊びはこれで終わりだ。こっから先は、オレがお前達で遊び壊してやる。楽しみにしておきなぁ?」

 創るのは面倒だけれど、壊すのはとても楽しい。

 相手が人間となると、楽しさは倍増する。

 それもこれも、無限物質と一体化したお蔭だ。この力があれば、敵はない。自分の望むままに、全ての生物を掌握することが出来る。

「フヒッ……運が悪いなぁわたくしは……」

「さぁ、苦しみながら死ね……」

 一層深く笑みを浮かべてから、ケウクに指先を向けようとした。

 その瞬間。

『────宮園ォォッ!』

 耳のイヤホンから凄まじい声量が響いてきた。

「うッ!?んだよ、今良いところだったのにうるせぇな。イヤホン外しとけば良かったな、クソっ……声がデケェんだよ!なんだテメェは!」

 この声は、知っている。

 確か、十年前から世理が密かに想いを寄せている、芦那雅生という男だ。

 彼はこちらの声を聞くなり、強気な口調でこう返してきた。

『お前には話してねぇよすっこんでろ!』

「んなッ!?て、テメェ……!」

『宮園!いつまでふさぎ込んでいるつもりだ!今お前の周りにいる奴らは、お前を陥れようとしているだけだ!そんな嘘かどうかも分からないような言葉に惑わされているんじゃねぇ!』

 まさか、こんな幼稚なやり方で、世理に声が届くと本気で思っているのだろうか。

「唐突に横割りして来やがってなにを身勝手なことを言ってやがる!そんなうわべだけの言葉が、あいつに届くわけねぇだろうがァ!」

『他人の言葉で自分を見失うな!お前が信じるものは、お前自身で決めろよッ!』

「……ッ!?なんだ……なんなんだよテメェはァッ!あいつのことも、オレのことも知らねぇくせにッ!偉そうなことを口走っているんじゃねェッ!」

 だが、やつは怯まない。

 声も、口調も、一切ぶれない。

 何やら奇妙な感覚が脳裏を突き刺し、逆に動揺を誘ってくる。

『うるせぇ、そういうお前は……もっと偉そうにしやがれぇッ!』

「……は、ァ……?」

『何で自信を持てない!?何で誇りを持てない!?お前の築き上げてきたものは、そんな奴らに簡単に崩されてしまうほどヤワいものだってのか!?違うだろ!?自分の命と!人生と!信念を!懸けられるモノを全部懸けて!誰かの為に戦いたい、ってさ!そうやって願いながら作り上げてきたものだろうがッ!!』

「おッ……オッ……そ、れは、ァ……」

 こいつは、さっきから何を言っているのか。

 意図が読み取れずに、声に詰まる。

 いや、違う。

 自分の口が、自分のものではないような感覚。詰まっているのではなく、詰まらされているのだ。

 もう一人の自分の手によって……。

『言わせてもらうぞ!俺にとって、このウォッグの一員で活動出来たことは……一生涯の誇りだよ!だから!隊長であるお前が────勝手に自分の誇りを見失っているんじゃねぇッ!!』

「ぁ、ァ、ぁ……オレ、オレは……“わた、し”は……」

 急激に意識が遠のき、自身の頭を強く掴んだ。

 しかし、そんな小さな努力も虚しく、彼女の意識は深淵の底へと落ちていった。



  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽



「ふざ、けんな……オレは、認めない……!絶対に、認めないッ!あいつらは、敵だ!迫害者だ!所詮は、保身のことしか考えないクズ者共の為に……自分を犠牲にするなんて……どう考えても間違ってるだろうがァァァッ!」


〈違う、それは違います……理世。私達は、元々人が大好きだった筈です。そこに利害の追求は必要ありません。少なくとも、覚醒者が生まれてしまったこの世界では、彼らは誰かの助けを必要としている筈ですから〉


「そうやってまた同じ苦しみを味わうつもりか!?偽善だ……そんなもの、自己満足でしかないッ!」


〈えぇ、そうかも知れません。ですが……あなたも私には嘘はつけませんよ?〉


「なにィィ……?」


〈今の芦那さんの言葉……私、自分でも信じられないくらいに嬉しかった。自分の信念を、自分の築き上げた誇りを、見失わなくて良いんだって……そう教えてくれたことが、私の心を繋ぎ止めてくれたのです……あなたも、本当は同じなのではないですか?〉


「なッ……!!」


〈私はあなた、あなたは私。ですから、私の抱いた喜びは、あなたにも届いた筈。誰かと共に戦い、誰かに信頼される喜びは……悪いものではないでしょう?〉


「ぅ、ぐ、ぅぅ、ぎッ……ぎ、ィィィッ……!!」


〈あなたを否定するわけではありません。ですが、少しでも私の誇りに共感が出来たというのならば、三谷園理世!────私の身体を私に明け渡しなさいッ!〉



  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽

 


「────ハァッ!は、ァ……!」

 立ったまま気を失っていた。

 だが、精神は再びこの身体に戻ってきたようだ。

 今、この瞬間……『宮園世理』として、再びこの場に戻ってきた。

「フヒッ、フヒヒッ……!どうやら、戻ってきた様子だ。良かった良かった、お蔭様で死ぬところだった」

「ケウクさん……!」

 どこか苦しげに息を吐きながら、ケウクは立ち上がりこちらを見据えている。

「邪魔者は消えた。これでようやく……わたくしの目的を果たすことが出来る……!さぁ、形勢逆転だ」

 ケウクが手を前にかざすと、目の前に赤と黄が混じったような小さな球体が無数に出現。

 更に一度手を閉じて再び開くと、球体が密接し始めて、凄まじい熱気を発する渦へと変貌する。

 それは、まるで炎の台風だった。

「……ぐッ!」

 今の《不可侵領域》が使えない状態では、防ぐことも避けることも出来ない。

 折角、理世の呪縛を解いたのに……ここまでなのか。

 迫り来る炎の渦に、世理は下唇を噛んだ。

 だが、そんな心配は即座に払拭されることとなる。

「宮園ぉぉッ!」

 真っ黒焦げになる、一歩寸前だ。

 炎の渦が世理の真正面で止まると、行き場を失ったからか、その場で爆散して消滅した。

 彼女の目の前にある透明な壁らしきモノは……間違いなく、《不可侵領域》だ。

 そして、それを作り出してくれた、声の主は……。

「芦那さん!」

「はぁ、はぁ……!あぁくそ!さっきから走りっぱなしじゃねぇかな!?」

 芦那雅生。

 肩で息をしながら、世理の隣に並ぶ。

 始めに見た仮面の人物を振り払い、理世の説得に尽力し、更にはこんな危険な場所にまで駆け付けてくれた。

 その真っ直ぐな行動は、十年前に彼が見せてくれた勇ましさを、そのまま見せてくれているかのようだ。

「あぁそうか……あなたは、十年前からずっと、私のヒーローでいてくれたのですね……」

 彼はあの時から何も変わっていない。

 目の前に困っている人がいれば助ける。

 秀でた力も、優れた能力もなく、ただひたすら純粋な勇気が、見る人の心を鼓舞させてくれるのだ。

 そんなところに、憧れていた。

 そんなところが、格好良かった。

 そんな彼だからこそ……。

「はぁ、はぁ……何の、話し?」

 いや、憧れるのはもう辞める。

 彼は目標だ。

 これからは、彼以上に誇れる自分を、自分自身の手で築き上げてみせる。

「ふふっ、いいえ。冗談です。もう、私は自分を迷わせません」

 そうやって安堵感を取り戻していく。

 一方で、彼女達の前方で立ち塞がるケウクは、雅生を見ると興味深そうに頷き始めた。

「そうか、君が芦那雅生。あの剥離者が要注意と言っていた、普通の一般人男子高校生……なるほど、確かにわたくしにとっては相当の厄介者であるようだ」

「……それはどうも」

 このままでは、標的が雅生に変わってしまう。

 反射的に前に進み出ると、ケウクに向かって指を差した。

「ケウク!あなたは今、形勢逆転と言いましたね。しかし、私の方から一つだけ言っておきます。今の私は、あなたを止めることに……一切遠慮はしませんよ?」

 もう、恐い物はない。

 全てを出し切り、遠慮なく戦うことが出来る。

 対するケウクも、あくまで楽しむように両手を広げて臨戦態勢を整えた。

「フヒッ、フヒヒッ……!ならば訂正しよう。第二ラウンド、始めようかァ……ッ!」

「では、私も宣言しましょう……芦那さん!力を貸してください!ケウクを《剥離者ディッチメン》と認識!ウォッグ隊長、宮園世理!これより────X号警備を執行するッ!!」

「あぁ、任せろッ!」

 これは、正真正銘の最終決戦。

 手を真上へ突き出すと、この部屋全体に《不可侵領域》を張った。

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