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ウォッグ!―X号兼務特殊警備員―  作者: 椋之 樹
第四章 『ウォッグ』対『ソウスイノゲン』
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最後のジョーカー


 宇都坂は歪んだ空間を見上げながら、楽しんでいるかのように小さく笑った。

「……さっすがはアシキン、やられたねん。まさか、替え玉にならない筈の替え玉を用意しているとは……これも、アシキンが言っていた、自分の意志ってやつなのかねぇ?あんたはどう思う?」

「替え玉にならない替え玉って何よ、ぶっ潰すわよこの野郎」

「おぉ、恐い恐いねん」

 宇都坂の目の前に立つのは、芦那雅生ではない。

 ドクターストップが出ており、ベッドで安静にしていなくてはならない人物、姫々島狼奈だった。余程慌てていたのか、包帯の破片が身体のあちこちに付いている。

 彼女は宇都坂を苛立った顔で睨みながら、威嚇を続けていた。

「それに、替え玉じゃないわ。確かに私は身代わりとしてここに来た。でも、それだけじゃない……」

「……へぇ?」

「あいつには、希望を託してきた。私の、いや……“私達の”ね」

 宇都坂は予感する。

 それは、兆しだ。

 動き出した運命の動きに小さな歯車が加わり、軋む音を挙げながら、逆方向へと動き始めた。

 それがどこへ向かうのかは分からない。

 しかし、少なくとも、自分が裏の裏を突かれたという事実に間違いはなさそうだ。

「さぁ、ここからは私達の時間。あんたが鎌鼬や仮面の人物を唆した、剥離者だと言うのならば……」

「……だから唆したわけじゃねぇけど、もういいや。だとしたら?」

 彼女は怒りに満ちた顔を浮かべ、自身の手に拳を打ち付けた。

「────ぶん殴るッ!!」

 ズバンッ!

 爆発に匹敵する音辺りに響き渡る。

 そんな小さな動作がどれだけの衝撃を呼んだのか、辺りの異空間が更に歪んで大きく震えていた。

「うぅわぁ……アシキンに似たタイプだよこの人ぉ……」



  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽



 それは、四辻が仲間に見せる初めての弱気な顔だった。

 もしくは、自分の弱さと詰めの甘さを憎む、苦渋の顔だったのかも知れない。

 最後まで戦えなくて、ごめんなさい。

 あんな奴に好きにさせて、ごめんなさい。

 皆を守れなくて……本当にごめんなさい。

「……っ」

 拘束された手に力を込めて目を瞑ると、瑠羽の手で終焉が切って落とされる時を待つ。

 すると、瑠羽の口から、こんな言葉が繰り出された。

「……本当にあなた方には苦労させられました。最後までウォッグを翻弄する予定だった鎌鼬を改心させ、裏側に黒幕がいることに気付いただけでなく、カットエッジ内に潜む黒い思惑までもを見破った。その疑いを逸らす為に、私がどれだけ尽力したのかお分かりですか?」

「…………?」

 何か様子がおかしい。

 そこに込められた感情は、人を追い詰めている得意気なものではないような気がする。

「特に、芦那雅生。彼がウォッグに加入することだけは、私にとって予想外でした。未知の存在に恐怖を感じさせない活発的な行動力、冷静沈着な判断力、そして種族隔てなく心を動かせる強い信念……流石はあの宮園世理が信頼を寄せるだけのことある。だから私は、思いました……“剥離者の脅威になるのは彼しかいない”、と」

「……え?」

 今、何か引っかかる言葉があった。

 四辻は驚いて目を開き瑠羽を見るが、彼女は相変わらず無表情のままだ。

 だが、途端に彼女を認識する目が変わる。

 彼女の、ウォッグを信頼する言葉だけは、今この瞬間も間違いなく健在だったからだ。

「彼は、私が剥離者が侵入した事実に気付かなかったフリをしていることを、察知してしまった。きっと敢えて口にしなかったのは、彼が本当の意味で私を信じていたからでしょう。仲間が、そんなことをする筈がない、と。好都合でした。何故なら、そこでバレてしまっては、私の全ての計画が台無しになってしまうからです」

「おい貴様……何を言っている?『計画』とは、何のことだ?」

 六角が途端に顔を歪めて瑠羽の背後から詰め寄るが、彼女はお構いなしに続ける。

「今回の事変の敵は、二人。一人目は、表立ってカットエッジを襲撃していた仮面の人物、ケウク。二人目は、それら全てを利用しようと企むカットエッジの取締役、六角喜介。彼らを同じ瞬間に、ウォッグが捕捉する必要があった。そして、長い潜伏を経て、ようやく……その時が訪れました」

「まさか────“三重スパイ”を!?」

「だから、今もこうして無線のスイッチをオンにしておき、こちらの全ての会話を流していたのです。『彼』の無線に向かって……あぐッ!?」

 その時、激情した六角が瑠羽の髪を鷲掴みにし、床に押し付けた。

「ふざけおって!この裏切り者がァァッ!!」

 瑠羽の拳銃が反動で手から離れる。

 それを認識したと同時に、行動を起こした。

「────《多影》ッ!」

 自身の身体から滲み出るようにもう一人の四辻が出現。

 六角に体当たりを喰らわすと、瑠羽から引き離した。

 続けて転がり落ちた拳銃を奪取しようと足に力を込めたが……。

「ぁ、がッ……!」

 体の状態を共有するデメリットが、撃たれた足を止めてしまった。

 その隙を突いて、六角が素早く立ち上がると、拳銃に向かって駆け出し始める。

「くっ、そ共がァッ!」

「まっ、てッ……!」

 慌てて彼を止めようと立ち上がろうとするが、瑠羽が手を引いて四辻を止めた。

 彼女は言う。

 地面に頭を叩き付けられ額から血を流しながらも、落ち着き払った様子で。

「絶対的なピンチを瞬時にチャンスへと変え、欠けたパズルを必ず埋めてくれるジョーカーのような存在が、ウォッグには生まれました」

「ジョーカー……?」

「もう少しです……もう少しで、私達のジョーカーが、全ての戦況をひっくり返してくれる……!」

「ふざけたことをぬかすな化け物共ォォォォォッ!!」

 六角は床に落ちた拳銃を掴み取る。

 振り向き際に、こちらへ向かって拳銃を構えようとしたが……。


「ふざけてんのは────テメェだ」


 何者かが彼の手を蹴り上げ、六角の唯一の武器を封じた。

 咄嗟に顔を挙げて、その者の顔を見た瞬間、信じられないと言いたげに顔を歪める。

「きッ、さまはァァ……!」

「思惑、信念、策略、そんなもの知ったことか。ただ俺は……お前を絶対に許るつもりはねぇッ!」

 瑠羽の言うジョーカー……芦那雅生だ。

 彼は、強く力のこもった右拳を後ろに引くと、六角の顔面に向かって渾身のストレートを放った。

 突然の不意打ちに六角が対応出来る筈もなく、彼のストレートが直撃。

 そのまま、力無く床に崩れ落ちた。

「ごッ……ぼ、ォッ……!?」

「散々、人を弄んだ気分は良い物だっただろうな。だが、ここには最早お前の王座は存在しねぇ!」

 気を失った六角を見下ろしながら、そう吐き捨てると、即座にこちらへと駆け寄ってきた。

「二人とも!大丈夫か!?」

「あ、ははぁ……ギリギリ、ギリギリ過ぎるわぁ……お姉さん、一瞬寿命が尽きた覚悟したところよぉ……」

「それは勘違いだろ、心配すんな……って、お前ら重傷じゃねぇか!」

「反論です、これくらい心配ありません。私はちょっと血が出ただけ、四辻津々代はちょっと足に穴が空いただけです。全然重傷ではありません」

 すると、四辻が躍起になって、瑠羽を指差しながら言った。

「おっと瑠羽ちゃん!そのことに関しては言いたいことがあるわぁ!まず、これ全然重傷よぉ!?最初から裏切るつもりならここまでする必要あったかしらぁ!?もしかして結構お姉さんに対する鬱憤が溜まっていたのかしらねぇ!?だとしたらマジでごめんねぇ!?」

「反論です、信用させるには致し方ない処置でした。何より死んでないから、別にいいでしょう?」

「納得いかねぇわァァァァァッ!」

 今思えば、こんなにも大声を出したのは久々だったのかも知れない。

 傷の程度のわりには声を出す姿を見て、雅生は安心したように胸を撫で下ろしていた。

「……ふぅ、どっちも一応は大丈夫みたいだな……」

 そんな雅生を見て、思わず微笑みが滲み出た。

 そして、突如湧き上がってきた想いを、包み隠さずそのまま彼に伝えた。

「時々、まーちゃんがアルバイトだったことを忘れちゃうわぁ。本当ならば、お姉さん達がまーちゃんを守る役割なんだろうけど、実際は守られてばかりねぇ。この際だから言わせて貰うわ……まーちゃん、助けてくれてありがとう」

「……こっちこそ、あんたには色々と教えてもらった。お礼を言うのは、俺の方だよ。ありがとうな」

「……ふふっ、どういたしまして……ぃッ……!」

 しかし、やはり足の傷は深い。

 床に腰を下ろしたまま、足の穴が開いた部分を抑えてうずくまると、瑠羽が即座に寄り添ってきた。

「結論です、四辻津々代は私の方で応急処置をします。一応私の責任でもありますから。それより、あなたがここに来たということは、入れ替えは無事完了した……そう認識して宜しいのですか?」

「あぁ、あいつからは────」



  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽



 狼奈は無線越しで、雅生にこう言った。

『瑠羽の話は聞いたでしょ?さっさと私と代わりなさい』

「でもお前……身体の方は大丈夫なのか!?正直、戦える状態でもないだろ!?」

 傷の治りが早いとはいえ、彼女の受けた傷は相当深い。今の状態で戦闘になったら、命に危険が及ぶ可能性だってある。

 それなのに、本当に彼女の言うとおりにして良いのだろうか。

 だが、彼女は主張を変えるつもりはないらしい。

『つべこべ言ってるんじゃないわよ!私が代われって言ってるんだから、さっさと代われば良いのよッ!』

 かなりの大声量に、イヤホンから飛んでくる音で鼓膜が大きく揺らされた気がした。

 耳の中でキーンと耳鳴りが響くが、狼奈の言い分は止まらない。

『今、ウォッグは一世一代の大事変に直面しているの!本当ならば、自分達で何とかしなければいけない状況なのに、私達はあんたに全てを託した!何故か分かる!?』

「……!」

『あんたのことを認めてしまったからよ!無責任な話かも知れないけど……隊長の意志に賛同した、対等な仲間として共に戦いたいと誰もが思っている!だから、あんたも、その想いを汲み取ってみなさいよ!』

「作戦会議かねん?」

 宇都坂は片足で立って、余裕ぶった態度を見せ続けている。

 そんな彼を警戒しつつ、意識を無線に傾けていた。

「今の段階で俺に何が出来るのかは分からねぇ。ウォッグとしての経験は浅すぎるし、そもそもはただのアルバイトだ。だけど、こんな俺でも、一つだけ分かることがあったよ」

『……なによ?』

 ニヤリと小さく笑ってから、自信に満ち溢れた口調でこう言った。

「お前達が一緒なら────どんな奴が相手でも負ける気がしねぇ!」

 そうと決まれば、ジッとしていられない。

 狼奈と入れ変えるには、あくまでも《不可侵領域》内部で、宇都坂の妨害を振り切る必要がある。

「おっと、アシキン。何を決めたのかは知らねぇけど、俺が簡単に行かせると思ったのかねん?」

「思ってない。だけど、意地でも行かせてもらう!」

 雅生は手元の球体を、辺りを覆う《不可侵領域》へと投げ付けた。するとドームはガラスが割れるように一斉に砕け散り、周りの景色に鮮明さが戻る。

 そして、崩れ去るドームと同時に、彼女が彼らの前に出現した。

「さぁ!やってやるわよッ!」



  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽



 狼奈からの初めてのお願い。

 それを、無下にする訳にはいかない。

「────希望を、託されてきた」

「納得です、分かりました。それでしたら即座に次の行動を…………ぁ……ッ!?」

 再び異常事態が発生。

 あの冷静沈着な瑠羽が、顔を大きく歪めて床に倒れ込んだのだ。

「瑠羽!?」

「かッ、ひゅッ……!?ハァッ……ぁッ……!?」

 慌てて駆け寄って声を掛けるものの、彼女は苦しそうに呼吸を繰り返している。頭から血を流しても一切動揺しない彼女が、こんなにも苦痛を顔に出すのは明らかに異常だ。

 何が起こっているのか理解すら出来ずに動揺していると、四辻が声を挙げた。

「まさか……剥離者、黒幕だけじゃなく……『あれ』も、出てきたというの……!?」

「『あれ』?何のことだよ……?」

 彼女の視線が向いているのは、監視モニター。

 そこには、宇都坂の言っていたケウクともう一人……宮園世理に似つかわしい何者かが映っていた。

 彼女を世理と断言出来ない理由は、単純明快。

 宙に浮かび、いつも優しげな表情を浮かべる世理とは思えない、凶悪的な笑みを浮かべていたからである。

「あれ……宮園、じゃない……?」

「えぇ。あれは、お姉さん達を、覚醒者を生み出した、世界を根本から造り替えた張本人────『無限物質フィーゼ』」

「なんだって……!?」

 人間の内部に潜む異能的な存在、潜在物質。

 それを覚醒させる鍵となった幻の存在、無限物質。

 疑う余地もない。

 遂に、世界を大きく改変させた全ての元凶が、その姿を現したのだった。

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