表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウォッグ!―X号兼務特殊警備員―  作者: 椋之 樹
第四章 『ウォッグ』対『ソウスイノゲン』
24/34

讐~その為に~





 《不可侵領域》が使えないとはいえ、それなりに戦える自覚はあったつもりだ。

 町を徘徊するチンピラ相手ならば軽くあしらえるし、狼奈を相手にしてもギリギリ渡り合える実力はある。

 それなのに、あまりにも一方的過ぎる展開だった。 

「は、ァッ……!はァッ……!あ、ぐぅッ……!」

 開戦から瞬く間に、左手首を握り潰され、右足をへし折られる。

 立つことすらままならずに地面を這いつくばると、猛烈な追撃が世理を着々と追い詰め、遂には反撃の意志すらも消え失せてしまった。

 仰向けで床に転がって全身の痛みを堪えるが、ケウクは息つく暇も与えない。

「フヒッ、フヒヒッ……!良い光景だ。実に清々しい、ねぇッ!」

 無防備になった喉元を、踏み付ける。

「ご、ぼォ、ォッ……!」

 尋常ではない激痛と共に、呼吸なのか喘ぎ声なのか、よく分からない声が、自分の口から漏れ出る。

 今、自分がどうなっているのか。

 何をされているのか。

 何をすれば良いのか。

 あらゆる思考が完全に死んでしまったかのようだった。

「正義の味方の思想は素晴らしい。わたくしは心から尊敬しているし、何よりも愛している。君の透き通ったような心も、愛らしい華奢な身体も……フヒヒッ、全てが素晴らしい」

 ケウクは目の前で屈むと、足先から、太股、腰、へそ、胸元、喉から顔へと、ゆっくりと指先でなぞり始める。

 それから、胸元の警備員の紋章を鷲掴みにすると、何かが溶けるような音が響き、紋章を服から引き裂いた。

「な……ゴホッ!ゲホッ!な、なに、を……?」

「だけれどね?よく考えてみてくれ。正義の味方は、善か?悪か?正義とは、人の道理に従って正しいことを指す言葉と言うけれど、道理なんてものは所詮は他者が決めた楔に過ぎない。そんなものに、自身の信念を形付けられるのは、あまりにも不公平だろう?正義とは、形のないもの、形のないものは誰かが作り出すしかない。つまり、正義とは、善でも、悪でもない……その人の考え方次第で決まるものだよ」

「はぁ……はぁ……ケホッ……つまり、何が、言いたいのですか……?」

 首が痛いし、酷く熱い。

 左手首が潰れ、右脚が折れている為、満足に動くことすら出来ない。

 余裕ぶっているケウクを見て、既に確信していた。

 こいつは、いつでも自分を殺せる、と。

 それでも、敢えて威嚇するように、威圧的な態度だけは崩さなかった。

 対してケウクは紋章を見ながら、『あの単語』を持ち出してくる。

「────『ソウスイノゲン』」

「……!」

すいとは、鳥を作る文字のこと。古代の時代では、鳥の鳴き声や、止まった枝の方向、飛ぶ方向を見て吉凶を占う、鳥占術を扱う習慣があった。きっと彼らは、隹の言葉を神の意志として、人々に伝える役割を果たしていたのだろう。吉凶、異変、気象……そして、訟獄も。全ては、双対なる隹の導くままに」

 双対、隹、神の言。

 何かの謎掛けかと思ったが、そうではない。

 これは答合わせだ。

 ケウクの目的が全て、この言葉に詰まっている。

「双隹の言……『讐』……!まさか、全ては復讐の為だったと……!?」

 身体の震えを押し留めながら叫ぶように言うと、ケウクは緩やかに両腕を広げながら、こう言い放つ。

「わたくしは、開放したいんだよ。わたくしを非人道的な人体実験で化け物に変え、未だのうのうと悪事を働いているある男……六角喜介から、ねぇ」

「……取締役を……!?ま、待って、下さい……非人道的な人体実験、ですって……!?何故、あの人が……!?」

 大前提として、六角喜介、彼は一般人だ。

 それに、カットエッジへの剥離者被害に頭を悩ました末、ウォッグに警備依頼をしてきたのも彼である。

 そんな彼が、何故?どうやって?

「フヒッ……!むしろ目の前に居たにも関わらず、何故気付かなかったのか……なるほど、灯台下暗しとは存外アテになる言葉であるらしいねぇ?」

 ケウクは嘲笑した声を漏らしながら、自身の仮面に手を当てる。

 すると、かなり力が入っているのか、仮面が軋む音を立てながら、真ん中に一筋のヒビが走った。

 怒っている。

 彼の名前を口にしながら、凄まじい憎悪を発し続けているのだ。

「フヒッ、フヒヒッ……!彼は、悪だ。善人ぶったフリをしながら、部下であるわたくしを利用、しやがった……フヒッ、許せない。絶対に許すわけにはいかない。わたくしも悪として、あの悪人に地獄を見せることを誓った。そう、奴は地獄に堕ちるべき存在なのだから」

「利用……?ま、さか……あなたを覚醒者にさせたのは……!?」

 ケウクは人間を恨んでいる。

 理由は恐らく、自分が覚醒者に変えられた時から始まっていた筈だ。

 その実行犯が……あの六角喜介だとでもいうのだろうか。

「だから、こう思っている。わたくしのしていることは紛れもなく、正義なのだ、とね。悪に染まり、悪で塗り潰す、悪による悪の為の正義……その執行の為には、君たちが邪魔なんだよ」

「ふざけないで下さいッ!!」

 身体が許す限界まで、大声を張り上げた。

 ケウクは真っ黒な瞳を、真っ直ぐにこちらへと向ける。

「……んん?」

「あなたは自分の悪行を正当化しようとしているだけです!何が正義ですか!?何が悪の為の正義ですか!?そんなふざけた思想を掲げて!無関係な人々を巻き込むなんて、そんなの、そんなの……」

 善か、悪か。

 正義か、悪道か。

 ケウクの理念がどういうものか、簡単に判断することは出来ない。しかし、そこには間違いなく、自身の意思に対する絶対的な自信があるように感じた。

 悪を貫く正義を正当化してしまうような、信じがたい力強さを、だ。

 目には目を、歯には歯を……そして悪には悪を。そんな正義を正当化してしまえば、人間の道理なんて簡単に崩れ去り、人が人を殺すことが当たり前の世界になってしまう。

 だからこそ、絶対に譲るわけにはいかない。

「────絶対に間違っているッ!!」

 完全否定。

 自らの力を振り絞り、ケウクの信念を全て否定した。

 しかし、ケウクはそんな心の叫びを受け止めつつも、一切動揺を見せることはなかった。

「ふぅん、なら君は何も間違ったことはしていない……と?」

「え……?」

 今までで一層の侮辱を込めたような言い方だと気付き、思わず固唾を呑む。

「おや、もしかして気付いていない?ならば……」

 ケウクはベルトから無線機のイヤホンを引ったくると、耳へと入れてきた。

「……ッ!」

「君のお仲間の言葉を、直接聞いてみるがいいさ」

 何を言っているのか、全く理解不明だった。

 しかし、無線機の向こうから聞こえてきた声が、鼓膜を揺らし、脳へ深々と突き刺さる。

『……本当に、あなたが……?』

『────信じられませんか?私が、ウォッグの裏切り者、だと』

「……ッ!?……ぇ……?」

 自身の耳を疑った。

 今のは間違いなく、ウォッグのメンバーの声だった。

 今まで長い間共にしてきた相手である為、肉声だけで誰のものかは即座に判断出来る。

 だからこそ、信じられない。

 どうして『彼女』が、自身を裏切り者と称しているのか。

「そんなにもわたくしの信条を否定したいのならば、君は自身の信条をぶつけるしかない。まぁ、それにどんな自信があるのかは知らないよ。ただ、ねぇ?」

「……な、に……を……」

 ケウクの嘲笑する声が、より一層強く響き渡ってきた。

「敵に唆されて仲間が暴走寸前まで追い込み、自身の秘密を押し隠して反感を買った上に、チーム内では裏切り者が現れた……こんな間違いだらけで、結束力が無いチームをまとめる君に、わたくしを上回る信条を自信満々に提示することが、果たして出来るのかい?」

「まち、がい……?わた、しが……?」

「信じられない?ならば、高らかに宣言すればどうだい?自分の心を欺き、虚無にまみれた汚い言葉で、自信満々に嘘を吐けばいい。『私は何も間違っていない』、と。それが嫌ならば、現実を見たくないならば、わたくしが君を取り巻く真実を、現実逃避をする君に分かるように教えてあげよう。フヒッ、フヒヒッ……!」

「あ、ぅ……や、やめ……」

 聞きたくない。

 それを聞いたら最後、今まで長い間で築き上げてきた、チームの結束、信念、生きる意味……全てが崩れ去ってしまうような気がしたからだ。

 しかし、そんな願いはケウクに届くはずがなかった。

 ケウクは優しげに頭を撫でてきてから、可哀想な者を見下したような口調で、こう言い放つ。


「君が築き上げてきたものに────意味はない」


「……あ……ぁ、ぁ……」

 心を支える土台が、音を立てて崩壊する。

 ウォッグは、生きる希望、証も同然だったのに……意味がない存在だった。

 信じたくないのに、目の前の現実が無残にも希望を撃ち殺し、自身の心を絶望のどん底へと突き落とす。

「わた、し……わたシが、間違ッテ……あ、あァァ……だめ、だ、メ……く、来、ル、なア、ァァ、あァァァァ……アァァァァァァァァァァァァッ!!」

 絶叫。

 冷たい涙が止めどなく溢れ出し、眼球が飛び出る勢いで目を剥く。

 身体がくの字に折れ曲がり、何かに取り憑かれたように痙攣を起こすと。

 突然動きがピタリと止んだ。

 すると、まるで見えない糸に吊られる操り人形のように、手と足を使わずに身体を起こす。

 その様子に、ケウクも訝しげに首をかしげた。

「……?」

 それは、覚醒だった。

 世理という人物が長い間押し留め続けていた、起こしてはならない禁忌の存在。

 心を蝕む悲哀の感情が世理を飲み込み、別の人格が目を覚ました。

「……ァ、ァ……あぁ、ったく。手間取らせやがって……ようやく出てこられたぜ」

「そんな身体でまだ動くことが……いや、違うね。君は、誰だ?」

 それは、答える。

 宮園世理の面影を一切感じさせない、凶悪性に満ちた笑みを浮かべながら。


「『オレ』が誰かって?────テメェらの創造主様だよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ