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ウォッグ!―X号兼務特殊警備員―  作者: 椋之 樹
第四章 『ウォッグ』対『ソウスイノゲン』
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始まる浸食


 経緯が気になり、居ても立ってもいられない。

 分身体を受付に配置し、四辻はモニタールームへと足を運んだ。防災センターには瑠羽一人だけが座って、監視モニターと睨み合いを続けていた。

「あらぁ?まーちゃんは現場に行ったって聞いたけれど、世理ちゃんと狼奈ちゃんは?」

「返答です、宮園世理は一週間に一度の設備点検へ。姫々島狼奈は……仮眠室へ強制連行しました」

 デパートを始め、大型施設等には消防設備の設置が義務付けられている。カットエッジにはそれらに関連した設備が設置されており、各階のスタッフ専用通路から設置場所に入ることが出来る。設備業者の点検を除けば、普段は入ることがない為、一週間に一度、一通り内部を巡回することになっているのだ。

 今日に至っては、狼奈の身体の損傷具合も相当である為、世理が担当することになったのだろう。

「なるほどぉ……ところで、肝心のまーちゃんの様子はどうかしらぁ?」

「返答です、現在、芦那雅生は中央広場で対象と接触し、《不可侵領域》を展開しました。その後は、今のところ大きな変化は見られません」

 《不可侵領域》が彼らを覆うように、ドーム型を形成しているのだろう。

 二人はぼやけた空間の中で向かい合っていた。

 雅生が一人で赴いたことを知った時は、正直驚いてしまったが、彼も馬鹿ではない。何らかの勝算、あるいは考えがあっての行動なのだろう。これで何も起こらずに事が終われば、一番良いのだが……。

 とにかく今は、信じるしかない。

 つまり、行動を起こすなら……それは今だ。

「……ねぇ、瑠羽ちゃん」

「……?」

 その呼びかけに、瑠羽はこちらを見て首を傾げた。

「本当は世理ちゃんや狼奈ちゃん、全員が揃っている時に話そうと思ったけど、まずはあなたにだけ話しておくわぁ。鎌鼬の襲撃から、仮面の人物の暗躍も含めて……今回の事変には、何らかの裏があるのかも知れないのよぉ」

「疑問です、どういうことですか?」

 実は全貌は未だにハッキリしていなかった。

 何故なら、今のところ肝心の一条社長から連絡はまだ来ていないからだ。

 出来る限り早く連絡をくれないだろうか、と願いながら、深く呼吸をしてから話を続けた。

「詳しいことはまだ分かっていないわぁ。だけど、一つだけ注意しておいて欲しい。今回の事変の真実は、カットエッジという表舞台と、剥離者という裏役者……これらの影に上手く潜み続けてきた、極めて異常なモノよぉ。お姉さん達にとって、近しい存在が敵として潜んでいる可能性も否定できない。だから、くれぐれも気を付けて……」

 相変わらずの無表情で、首を傾げる瑠羽と向き合い、現在の状況を話す。

 その時。

 ガチャッと、背後から扉の開く音が響いた。

「……!」

 世理が戻ってきた。

 始めの二秒くらいは、本気でそう感じた。

 しかし、突如四辻の額に、黒くて、筒状の何かを当てられた瞬間……考えは一瞬で覆る。

 それは、衝撃。

 小さな安堵を裏切る、絶望的な恐怖心だった。

「え……なん、で、あなた、が……え……?」

 何故なら、額に突き付けられたそれは────『拳銃』だったからだ。

 そして、それを突き付けていた人物は……冷ややかな視線でこちらを睨み付けていた。



  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽



「さてと、ここが最後、っと……」

 地下から始まり、一階、二階と設備の確認を続け、ようやく到達した三階最後の部屋。

 鉄製の扉を開いて中に入る。

 一部の蛍光灯が点滅し、少々薄暗くなっている空間で、宮園世理は顔をしかめた。

「蛍光灯が切れ掛けている……担当さんに言っておかないと。設備の方は……うん。特に、変なところは無さそう、かな?」

 消火関連設備に必要な水圧調整パイプや、スプリンクラー手動装置に泡消火のスイッチ等……一見すると操作が難しそうな機械が多数置かれている。

 どれがどのような性能を持つかは、基本的なことしか知らない為、工事をするとなると流石の彼女もお手上げだ。

 だからこそ入念にチェックをして、異常が発見されたら即座に業者さんに修理をしてもらう必要がある。

 それを確認する為の巡回だ。

「芦那さん……大丈夫かな……」

 それでも、脳裏には雅生の安否ばかりが浮かび続けていた。

 相手は剥離者で、能力も未知数で、カットエッジを狙った黒幕で、現にウォッグを翻弄し続けた危険人物なのだ。それなのに、彼を一人だけで行かせたのは……やはり軽率な決断だったのだろうか。

「ダメだダメだ!私は芦那さんを、ウォッグを信じるって決めたんだ!それなのに私自身が心配になっちゃってどうする!しっかりしろ、私!芦那さんが頑張ってくれているんだから、私も、私が今すべきことをちゃんと実行しないと!」

 邪念を払うおまじない。

 パチン!と音が出るくらい強く、自分の頬を両手で叩いた。

 隊長の士気の低下は、チーム全体の士気に影響してしまう。さっきは私情を挟んで落ち込んだ挙げ句、皆から散々励ましてもらった。それに関わらずいつまでも落胆していたら、隊長としての威厳もあったものではない。

「よし……!大丈夫。後は、芦那さんの言うとおりに、堂々と構えて戻って来るのを待とう。それが、私の仕事なんですから……!」

 三階の設備部屋のチェックも一通り終了し、出口へと足を向けようとした。

 しかし。

「フヒッ、フヒヒッ……!」

「……!誰ですか……!?」

 背後から異様な笑い声が聞こえてきた。

 ネットリと纏わり付くようで不気味な視線が背中を突き刺してきたような気がして、全身の産毛が一斉に逆立つ。

 反射的に身体を反転させて、背後に視界を向けた。

 すると、部屋の奥の暗闇から一人の人物が姿を現す。

 そいつを見た途端、衝撃と共に、自分の目を疑った。

「な、ぁッ……!?そんな、馬鹿な……!何故、あなたがここに……!?」

 そこに居たのは、仮面の人物だった。

 雅生が一人事態を引き受け、《不可侵領域》へと閉じ込めた筈の剥離者が、目の前に立っている。

 しかし、その正体は直ぐに判明した。

「あ、れ……仮面が……監視映像の物とは、違う……!?」

 よく思い出してみれば、モニターに映っていた仮面は、黒くて輪郭が丸い目と口があり『白』い肌をしていた。だが、目の前の仮面は、黒みがかかった生々しい『赤』で染まっている。

 つまり、こいつは……中央広場のやつとは完全に別の人物だ。

「フヒッ……!いい観察眼と、確固な冷静さだ。流石ははぐれ者共をまとめ上げ、不安定な団体を作り上げた隊長様なだけはある。初めまして、わたくしはケウクという者だ。どうぞ、お見知り置きを」

 その人が好む仮面は、その人の性格や内面を表す。

 不気味な見た目に反して、口調は笑い声を除けば不自然なくらい丁寧だった。幾分か声は枯れている為、男か女かの区別はつきにくい。しかし、紳士染みた頭の下げ方や、ピンとした綺麗な立ち方も、イメージとは大きくかけ離れている。

 これはもしかすると、チャンスなのかも知れない。

 そう感じた為、一度大きく呼吸をしてから、ケウクに向かって微笑みかけた。

「丁度良かった。機会があれば、あなたと話したいと思っていたところなのです……ケウクさん」

「……ほぅ?話、ですか?わたくしと?」

 小さく仮面が傾く。

 間違いない。

 鎌鼬とは違って、話は出来る人種のようだ。

「はい。どうでしょう?あなたも、私達ウォッグの一員になってみませんか?」

「……!」

「あなた方の言い分を無視する訳ではありません。人間に利用され、裏切られ、彼らを恨む気持ちを持つのは当然のことでしょう。でも私達は、元々同じ世界に生きる人間です。だから、例え一度道を違えたとしても、再び手を取り合うことは出来るはず……違いますか?」

 すると、ケウクは一度俯いてから、納得したように頷いた。

「……確かに」

 世理はケウクに歩み寄り、自身の手を差し出す。

「それが分かるのならば、私達は協力することが出来ます。ウォッグの一員として、共に剥離者達の暴挙から人々を守りましょう。それはきっと、人間と覚醒者が織り成す共存の未来へと繋がっている筈なのですから……!」

 本来なら別つことがなかった二つの道。

 一度裂かれた道を再び一つにするのは簡単ではないけれど、きっと可能性はゼロではない。その願いを形にするまで、走り続けてみせる。

 そんな想いで差し出した手を、ケウクは一度見下ろしてから、自身も手をゆっくりと前に出してきた。

 思った以上の聞き分けの良さに気落ちしてしまい、一瞬だけ安心した気持ちになってしまったが……。

 それが、良くなかった。

「────素晴らしい」

「あッ!?ぐ、ぁッ……!?」

 ケウクが掴んだのは、世理の左手首。

 想像を超えた腕力に手首が悲鳴を挙げた。

 しかも、何故か掴まれた場所が異様に熱い。

 夏の暑さ程度では収まらなく、コンロの火で直接手を炙っている感覚。

 手を引っ込めなくてはならないと、反射的に脳から危険信号が発せられるぐらいの痛みだ。

 脳裏を恐怖心が横切った時には、既に遅かった。


 ミシィッ!と木片が折れるような音。

 左手首を、いとも簡単に握り潰したのだ。


「ぎ、ぃぁッ……!?」

「これはわたくしなりの訟獄だ。君の信条はわたくしの心に響き渡り、大いに感動させてくれた。だから、わたくしも声を大にして言わせて貰おう……」

「ひ、ぅ……ッ!?」

 ケウクは潰した手首を力の限り引き上げると、自身の仮面の顔を鼻先に近づけてきた。

 真っ黒で染まった目の奥は、完全なる闇。

 見つめていると引きずり込まれてしまいそうなくらいに、暗く、深く、底知れない恐怖を植え付けてくる。

 まさに恐怖の化身というべき怪物は、一瞬嗤ったような声を漏らしてから、こう言い放った。

「────反吐が出る演説をどうもありがとう」

「あ……ぁ……うぁ!あぁ!?うあぁぁぁぁァァァァッ!?」

 直後、手首から全身へ伝染するかのように、強烈な熱が全身を這いずり始める。

 状況を把握し切れていない世理の意識は、激痛の渦へと呑み込まれていった。


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