表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウォッグ!―X号兼務特殊警備員―  作者: 椋之 樹
第三章 秘められた始まり
21/34

決戦前夜

 緊張。

 こんな心持ちはいつぶりだろうか。

 今までは自分の陽気な性格が幸いしていたのか、どんな事態に陥ろうが、その場の気分で何とかなってきた。

 だが、今回はいつもと少々状況が違う。

 何故なら、今まで封印してきた自身の過去と向き合う必要が出て来たのだから。

「……ふぅ……就職活動中の新入社員の気分だわぁ……面接試験の前ってこんな感じなのかしらねぇ……」

 時刻は会社もとっくに終わったであろう、夜中の二十三時。

 四辻津々代が立っているのは、コモンドレート内社長室の扉の前だった。

 この先には、あの男が居る。

 それを考えるだけで胃が締め付けられるようで、吐き気をもよおしてくる。

 しかし、湧き上がる感覚をグッと抑え、扉を真っ直ぐに見据えると、ノックもせずに中に突入した。

「はぁい、イッちゃん。ご機嫌いかがかしらぁ?」

 四辻の馴れ馴れしい訪問に、中の人物は驚く様子もない。

 彼は扉の正面に位置する社長机の傍で立ち、手を後ろに組みながら、四辻を冷静な態度で歓迎した。

 そこにいたのは、一条社長だ。

「その呼び方は久々だね。ようこそ、四辻クン。歓迎するよ」

「……はぁ、相変わらず固っ苦しくて、反応が薄い人ねぇ」

「癪に障ったのなら謝ろう。なにせ、これが私の標準スタイルなものでね」

 相変わらず、話し慣れている。

 四辻の発言に対して、一条はどこか親しげに笑みを浮かべ、やんわりと受け答えをした。

 それを聞いた四辻は呆れた様に首を振りながら、来客用のソファに腰を下ろすと……。

「もっと柔らかくいきましょうよぉ。お姉さん達、これでも苦楽を共にした仲じゃないのぉ────我らが《無限を型づくる縁数ディジット》で、ねぇ?」

 笑みを含んだ視線で、横目で見つめる。

 かつての同僚、ディジットの構成員の一人である、一条社長を。

 彼は四辻を一瞥してから、部屋の脇にあるメーカーを使って珈琲を淹れ始めた。

「今回、私を呼び出したのはその件かい?」

「えぇ」

「ディジットに関しては、もう話題に出さないという約束だった筈だが?あの研究団体は既に崩壊した。今更話すことなど何もないと思うが……」

 四辻の前に、一つの白いカップが置かれた。

 黒く静かに澄んだブラック珈琲が自身の姿を映し出す。

 だが、次に四辻が口にした言葉が、珈琲の水面を大きく揺らした。まるで、闇の中に心を隠すように、四辻の顔が水面から消える。

「本当にそうかしら?」

「……君は当時から勿体ぶった言い方が好きだったね。だから私もあえて尋ねるとしよう……どういうことだい?」

 一条が向かい側のソファに座り、四辻は足を組んだ。

「半年前、カットエッジで神隠しがあったらしいわぁ」

「……そんな報告、私は一度も聞いていないが?」

「お姉さん達もさっき知ったところよぉ。まだ確信があるわけではないけれど、恐らくは幻想でも、摩訶不思議な超常現象の仕業ではないわぁ。かといって鎌鼬、つまりは剥離者の線も薄い。何故なら、コモンドレートに警備依頼が来るよりもだいぶ前の話だから。そうなると、どうしても思い出さずにはいられないのよぉ。覚醒者の人体実験をする為に、人間を誘拐し続けた……ディジットのやり方を、ねぇ」

 人間の世界には、間違いなく道理を越えた闇が存在している。

 誘拐を始め、薬物、人身売買、そして人体実験。少なくとも、ディジットが存在していた頃は、普通に行われていたことだ。超能力を研究していたディジットにとっては誘拐なんて造作もないことだし、中には自分の身体を売ってくる物好きもいた。

 それにより、現実的に人材に困ることはなかったと言えるだろう。

 非人道的と蔑む者もいるだろうが、彼女達にとってはその程度の認識だったのである。

「ディジットが、神隠しを起こした可能性がある、と?」

「……相変わらず理解が早くて助かるわぁ」

「あのだね、ディジットは現に崩壊して、現在は存在していない。それはそうだろう?ディジットの構成員、計六人。その中の四人が崩壊時に死亡し、残りの二人が今こうしてこの場に立っている……これ以上に、決定的な証拠が他にあるのかい?」

「だからこそ疑問を持つ必要がある!違うかしらぁ?」

「……!」

 四辻が机を荒っぽく叩いて前のめりになると、一条の珈琲を呑む手が止まった。

「ディジットは既に崩壊している。それにも関わらず、ディジットと似たような犯行を起こす何者かがいる……何故か?考える可能性の一つ目、当事者の意志に反してディジットを引き継いでいる何者かがいる。二つ目、ディジットの研究成果を横領して模倣している者がいる」

「だがどちらにしても、その末路は同じだ」

「えぇ、かつてのお姉さん達と同様に、ただただ望まぬ犠牲者を生み続け、悲惨な最期を迎えることになるでしょう、ねぇ」

 淡々と言う四辻だったが、その言葉に覇気はなかった。

 その要因は、罪悪感だ。

 自らが生み出し、負の遺産と認識した代物が、再び何らかの事態を引き起こそうとしている。

 それが四辻にとっては、耐え難く、強い罪の意識を芽生えさせていた。

「……あの時」

「え?」

 一条が窓の外を遠い目で眺めながら、ふいに呟き始める。

「あの時、突然ディジットから去った君の心情を、我々は考えることもしなかった。ディジットの使命を捨てて逃げ出したと、ただ批判しただけだったよ……君は、ディジットの非人道的なやり方を、唯一批判した人物だったのだから」

 誘拐、人体実験。

 ディジットのやったことは人道を外れた行為だ。

 しかし、四辻は直接的に加わることはなかった。彼女がやっていたのは、被験者の容態や変化の経過を見る、観察官だったのである。

 その経過の中で、強く感じるようになっていた。

 こんな非道なことを続けていていいのか、と。

「それでも、お姉さんがディジットの一員として活動していたことに変わりはないでしょぉ?」

「いや、今思えば、君の抱いた疑問は間違いではなかった。結果的にディジットは、現在の混沌とした世の中を創る切っ掛けを生み出してしまったのだから。もう少し、君の言葉に耳を傾けることが出来たのなら、世界はまた違った形を見せていたのかも知れない。そういった意味では、君の決断が一番正しかったのだろうね」

 ディジットの行為は間違っていた。

 それは疑いもない事実だ。

 だが、一条の擁護するような言葉を耳にした四辻は、反射的にこう叫んでいた。

「違うッ!」

「……!」

「違う……あの時の『私』は、仲間のこと、被験者のことを考えていたのではない……ただ恐かった……非道的な罪を背負うことが、堪らなく恐くて……逃げ出しただけの卑怯者だったんだよ……ッ!!」

 全身に力が込められ、顔が強張る。

 唇を噛み締め、自分の弱さを憎んだ。

 しかし、どんなに自分を戒めようとも、最早過去は消えることはなく、記憶は永遠に残り続ける。

 それを既に思い知っている四辻は一度深呼吸をしてから、冷静に言葉を繋げた。

「……お姉さんは、仲間と繋がる真意を、分かっていなかったのねぇ。どれだけ優れた知識や力を持っていたとしても、人間の繋がりを操作することは出来ない。大切なのは、向き合う強さ。一見簡単に感じるけれど、他人と向き合うのは、生半可な思いでは相当難しい話よぉ。だけど、それを経た先に、人と人の本当の信頼が生まれる。それもこれも、あの新人ちゃんに教えてもらったことだわぁ」

「新人……あぁ、芦那雅生クンのことかい?」

 彼がウォッグ加入からほんの数日で、姫々島狼奈の信頼を勝ち取ったのは、彼に仲間と向き合う強さがあったからだ。

 宮園世理の築き上げた組織の絆を、本当の意味で強固な物へと変えてしまった。

 流石は彼女が信頼を寄せるだけのことはある。

「えぇ、お姉さんは、彼がウォッグに来たのは運命だと思っているわぁ。だって、あの宮園世理の生き方を確定させた人物が、再び彼女の目の前に現れたのだから」

 一条は腕を組みながら、感慨深そうに頷いた。

「……そうか、いつもあの子が話していたのは、彼のことだったわけか……」

 世理は、ディジットの被験者の一人だった。

 彼女のルダを覚醒させた結果、待っていたのは変貌である。

 当初は他の被験者と同様に狂染者であった彼女は、化け物みたいな見た目だった。研究所の外でも迫害されることが当たり前で、段々と人間が信じられなくなっていたという。

 しかし、そこにあの少年が手を差し伸べたことで、心の持ち様が変わった。被験者の中で誰よりも実験に積極的になり、才力者として覚醒したのである。

「押しつけがましいことだけれども、世理ちゃんは、ディジットの誇りと希望そのもの。だから、お姉さん達には彼女の背中を守る義務がある。あの時亡くなった仲間達、そして彼女の両親、『三谷園』家の為にも、今こそ行動を起こすべき……そうでしょぉ?」

 ディジットの研究員の中には、三谷園という名字を持つ世理の両親がいた。

 実の娘を人体実験に使っていた者の心情は、今となっては読み取ることは出来ない。

 だが、彼らはディジット崩壊時に、自らの命を挺して世理を救っていたのだ。きっと、どんな形でも彼らは、世理のことを愛していたのだろう。

 世理自身も葛藤しながらも、そう信じて疑わなかった。

 ディジットとの関連性を消す為に名字の形を変えたが、未だに『ミヤゾノ』の音を捨てていないのは、そういうことなのかも知れない。

「分かった、協力しよう。そういうことならば、ディジットに携わっていた私にも、協力する理由がある」

 贖罪、になるのかどうかは分からない。

 だが今は、想いを託す者としての責任を果たす時だ。

「フフッ、流石は我らがリーダー。そういうところ、本当に大好きよぉ」

 相談をして良かった。

 そう感じずにはいられない現実に、四辻は小さな笑みを浮かべて心の底から安堵していた。

「それで、私は何をすれば良い?」

「どんな形でも良い。現時点で、ディジットと関わりがある人物がいるかどうかを調べて欲しいのぉ。それが分かれば……」

「分かれば?」

「────今回の事変における、全ての真相が明らかになる筈よぉ」

 これ以上、闇の拡散を見逃す訳にはいかない。

 ウォッグに引き続き、元ディジットの研究員達も独自に動き始める。

 十年に渡り長く続いた罪と、本当の意味で向き合う為に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ