X号警備──執行!
ここに来る直前に雅生が瑠羽にお願いしたのは、指定したシャッターの閉鎖。全ての条件が出揃い、逆転のチャンスが生まれる瞬間を、ウォッグはずっと待ち望んでいたのである。
逆襲の鍵となったのは、雅生が気付いた二つの事柄だ。
一つは、屋上戦の際に発見した鎌鼬の特徴。球体となった鎌鼬は、上下左右に不規則な動きを見せるようになる。動きを予測することはほぼ不可能に近いが、物体をすり抜けることは出来ない。更に、鎌鼬の予想不可能な現象が起これば、反射的に球体から人間の状態へと戻ってしまう、というデメリットがある。
二つ目は、覚醒者としての特徴だ。四辻がふと溢した言葉の中に、『体力低減とか、怪我とかすると、ルダを上手く扱えなくなる』というものがあった。つまり、ガソリンが無くては車が走らない、という様に、体力が無くなってはルダの力を発揮させることが出来ないのだ。
その特性を、利用した。
狼奈が自身の決意を口にすれば、必然的に鎌鼬の目は雅生へと向けられる。雅生は囮役として球体状態の鎌鼬をシャッター降下地点へとおびき寄せ、ギリギリのタイミングでシャッターを降下。シャッターに巻き込まれて人間の姿に戻った鎌鼬を、指定地点に先回ししていた狼奈が襲撃する。
それにより鎌鼬に重い負荷を与えることが出来れば、これ以上ルダを使用することは出来なくなる、という寸法だ。
「ビックリするほど、上手くいったわね……正直、予想外過ぎて驚愕だわ」
「そうか?お前らなら、絶対に失敗しないって思ってたけどな?」
「そこじゃなくて……まぁ、良いわ」
この男はよく恥ずかしげもなく、こんな発言が出来るものだ。
それも格好を付けている訳ではなく、本心で言っている様だから、尚更爽快に感じてしまう。
初日から思っていたが、どこまでも変な男だ。
「だけど、これであいつはもうルダは使えな…………」
二人して広場に差し掛かった瞬間。
突如雅生の身体が、まるで突風に煽られるかのように、水平に吹き飛ぶ。
そのまま傍にあった観葉植物に直撃して止まった。
「ご、は……ッ!?」
「雅生ッ!ちょっと、大丈夫!?」
慌てて近寄り抱き起こすと、彼の肩に切り傷が浮かび上がっていた。
この状況で、こんな芸当を起こせるのは、一人しかいない。
想像通り、広場の中央を隔てて反対側に、半透明の人影が浮かび上がる。
「いやぁ、やってくれたものだ。さっきの球体バージョンは、結構繊細なスタイルでね。形を保つのが難しかったのだけれど、今の一撃のせいでこれ以上変形するのは厳しくなってしまったよ」
「まさか……さっきの打撃が効いていないっていうの……!?」
腹辺りを手で押さえているのは分かるが、半透明のせいで攻撃の跡が区別しづらい。
感覚的にも、間違いなく骨をへし折った感じがした為、これ以上は動くことすらままならないだろうと予測していた。だが、傍目からすると、そんな気配すら感じさせずに、平然と立っている様にも見える。
やつの口調も、曇りは一切感じられない。
「冗談!サイッコウに痛かったさ!今も僕の身体を激痛が蝕み、頭の中で憤怒が沸き立っているよ。即座に君達をバラバラにしてやりたい程にね。だから、今までは比較的大人しく振る舞っていたけど……」
弧を描く様に、両手を下から上へ。
すると、モール内の埃が吹き上がり、鎌鼬を中心に巨大な竜巻が発生し始めた。
「────決めた、焦土にしてしまおう」
「なっ……!?」
「君達ウォッグの信念は素晴らしいに限るよ。だけど、幾ら何でも理想が高すぎやしないか?僕みたいな化け物を相手に、このカットエッジを守ることが出来ると、本当に思っているのかい?」
恐れていた事態が起こった。
鎌鼬の標的がウォッグ個人から、カットエッジへと変わったのだ。ウォッグとしての契約上、契約者の財産、カットエッジという建物そのものも守備対象に当たる。
つまり、カットエッジそのものを破壊されたその瞬間────ウォッグの負けは確定だ。
「守れるものなら……守ってみなよォォォッ!!」
竜巻がうねりを挙げて、大きくしなる。
大型台風が直撃した如く、凄まじい轟音と暴風が地を揺らした。
立っていることすらままならない程に激しい風の襲撃に、最早為す術なく床に手を着いていることしか出来なかった。
しかし……。
「これ、は……!?」
鎌鼬が、動揺の声を挙げる。
竜巻に見舞われたカットエッジ内は、まったく被害を受けている様子がなかったのだ。強風が吹き抜けているものの、周囲の草木や物は一切揺れてはいない。
まるで、異空間に迷い込んでしまったように、いや、周囲の物があらゆる影響を受けない物へと変貌してしまったかのようだ。
続いて、雅生が不敵な笑みを浮かべて、こう言い放った。
「鎌鼬、忘れた訳じゃねぇだろ?それは理想じゃねぇよ。ウォッグは現に、今この瞬間まで、ずっと信念を守り通してきたんだぜ?」
すると、無線が聞き覚えのある声をキャッチする。
『アルバイト二日目にして分かったような口を聞く自意識過剰さんは~、どこのどいつでしょう?』
「隊長……!」
宮園世理。
ウォッグの隊長であり、ウォッグの面々が最も信頼を寄せる人物が、ようやく推参した。
恐らく、この静止した空間は、彼女の《不可侵領域》によるものだろう。
「自意識過剰ってなんだよこの野郎。思ったよりもギリギリじゃねぇか。今どこに居るんだよ?」
鎌鼬と本気で戦闘を起こす以上、世理の力は不可欠。それを察した瑠羽が、事前にメールで彼女を呼び出してくれたのだ。
別の方面での勤務もあった筈なのに、即座に駆け付けられたのは、彼女の人望があったが故だろう。よくこんな短期間でこちらの方へ来てくれたものだ。
『フフッ、冗談に決まっています。たった今カットエッジの前に着いたところですよ。私も直ぐにそちらへ駆け付けますが、その前に、私の方から宣言させていただきます。鎌鼬を《剥離者》と認識!現時刻を持ってして、X号警備の執行を許可するッ!!』
それだけ言うと、無線が切れる。
これでカットエッジの建物には、絶対的防御が備わった。もう、設備が破壊されることを案ずる必要もない。
遠回りとなってしまったが、ようやく勝利への希望が照らし出された。
「ふふ……は、は……」
「……!」
「あァァァハハハハハハァァァァッ!!まったくどこまでも邪魔をしてくれるんだねぇ君はッ!力も持たないくせして、アイデアだけでここまで翻弄してくれるとは!素晴らしい程にウザい連中だことだよッ!」
外見からは表情が読み取れないが、まるで留めていた感情をさらけ出すように、高笑いをしていることだけは分かる。
「おいおい、そんな台詞を吐いちまうと、お前にはとんだ喰わせキャラってレッテルが貼られたも同然だぜ?」
「偽善も程々にしなよ新人くん。いいかい?これは、現代社会から隔絶された者達が、自身の存在を証明する為に、意味も無い殺戮と激戦を繰り返す戦い……実に不毛だと思わないか?僕達がどれだけ行動を起こそうが、人間は変わることはない。ただただ、罪も無い人々が死体の山となって、積み重なるだけ。こんな馬鹿げていて、意味も無い命の削り合いに、全力を注ぐ君やその隊長さんとやらも、大変なことだ。本当にご苦労さま。そうやって君達はまた一歩、社会から遠ざかっていくんだから」
「意味がない戦いだと……?どの口がそれを言いやがるん……!」
雅生が顔を強張らせ立ち上がろうとするが、彼の胸元に手を当てて、再びその場に座らせた。
狼奈は作業ベルトに取り付けられた、キーケースを開けながら立ち上がると、真っ直ぐに鎌鼬へと向き直る。
「あんた、今こいつのことを、ウォッグのことを馬鹿にしたわね……」
「姫々島……?」
不思議だ。
今までは、こんなにハッキリとした気持ちは持ち合わせていなかったのに。
今ならば、自信を持って口にすることが出来る。
仲間をけなされた事実に、心が怒っている。
「私のことをどれだけ馬鹿にしても構わないわ。だけど、私の仲間と、仲間の信念を馬鹿にすること、だけは……」
痙攣する様に体が震える。
赤みの掛かった茶髪が徐々に長くなり、体全体を包み込むと、全身の形が変貌。
脚の爪や指の爪が鋭く伸び、尾骨部分からはフサフサの尻尾が生えてくる。四足歩行のように両手を地面に着くと、唸り声と共に八重歯が肥大化。
顔を挙げると、いつぞやに見せた細長い瞳孔と紅い瞳が、鎌鼬を真っ直ぐに睨んでいた。
まるで、獣そのものとなった様に。
「────ドンナ私デモ許サナイ」
低く震えるような言葉と共に、地面を四つの脚で蹴る。
二十メートル程離れた場所へひとっ飛びで辿り着くと、体を宙で反転させて、飛び蹴りを鎌鼬の鳩尾へと叩き込む。
その間僅か一秒という迅速さに鎌鼬は為す術なく、大きく蹴り飛ばされた。
「なっ……ごぼォッ!?」
《獣躙》。
狼としての姫々島狼奈が得た、ルダの力。
これは、元々彼女が持つ脚力の十倍の力を、任意の部位で発揮させられるという能力だ。もちろん、力の加減も可能。地面を蹴る時の両脚、人を殴る時の両腕等々、用途は様々だが、同時に別の部位でルダを発揮させることは出来ない。だが、彼女の場合は狼だった頃の感覚を覚えている為、四足、つまりは両腕と両足を一つの部位として捉えることが可能になっている。
そもそも、犬が発揮する脚力は、人間の役十倍以上、時速七十キロを越えると言われている。その更に十倍の力なので、下手をしたらマッハに匹敵するスピードを発揮できる。
世理を超防御型だと称するならば、狼奈は超攻撃型と言えるだろう。
「ガアァァァァァァァァァァァァッ!!」
咆哮に近い雄叫びを上げながら、手元から前方に伸びるキーチェーンを、全力で引く。先程急接近した際に、やつの胴体に巻き付けておいたのだ。
すると、鎌鼬の身体が逆くの字に折れ曲がり、凄まじい速度で戻ってきた。
そこへ、タイミングを合わせて後ろ回し蹴りを叩き込み、再び吹き飛んだ後に、チェーンを引いて、更に打撃を加える。
まるでヨーヨーのように、その繰り返しだ。
鎌鼬の抵抗が少なくなってきたところで、チェーンを肩で背負うようにして引くと、鎌鼬を地面に叩きつける。
「ご……ぼほ……ッ!」
轟音と共に砂埃が舞い上がり、地面に横たわる鎌鼬の上に跨がると……。
「……殺、シテヤル」
かぎ爪となった腕を後ろに引き、鎌鼬の喉元へと狙いを定めた。
一方的な展開。
凄まじい移動速度と豪腕で、鎌鼬を蹂躙する姿は、まさに獣の如くだった。
だが、明らかにやり過ぎだ。
半透明だから姿は目視出来ないと言っても、チェーンで為す術なく振り回されている様子は、並みの人間ならば死んでいてもおかしくはない。
狼奈が鎌鼬の上に跨がり、爪を突き立てようとした直前に、雅生は彼女の名前を呼んだ。
「姫々島狼奈ァッ!!」
振り下ろされる爪先が、喉元スレスレで止まる。
すると、次はその鋭い眼光を、雅生に向けてきた。
「ギィッ!」
正気を失っているのか、様子がおかしい。
見るものに恐怖を与える獣の目を受けながら、怯まずに声を張り上げる。
「決めたんだろッ!だったら、意地でもお前の信念を忘れんじゃねぇッ!!」
「ギギ、ギィィッ……アァァァァッ!!」
狼奈が地面を蹴る。
そのまま味方である筈の雅生へ飛び掛かると、肩に躊躇なく噛み付いてきた。
「がッ……!?」
狼の牙が、肩の肉に食い込む。
鋭い激痛と共に、赤い鮮血が肩から大量に噴き出した。
いつ食い千切られるか分からない状況で、雅生は……。
「は、ぁッ……言った、だろ?お前の、苛立ちの捌け口に、なってやるってな。だから、お前も……お前の本能に負けんな……!」
力を抜き、獣毛に包まれた彼女の頭をそっと撫でる。
「……!」
想いが通じたのだろうか。
徐々に顎の力を抜いていき、肩から牙が離れる。
狼奈も元の人間の姿へと戻っていくと、そのまま雅生の肩に顎を乗せて、力なくもたれ掛かってしまった。
よく頑張ったな、と心の中で呟いてから背中を優しく叩くと、その体勢のまま、狼奈は耳元で小声を発する。
「勘違い、しないで……私は、あんたのことが嫌いだ……」
その言葉を聞いて、ようやくハッキリした。
彼女が何故、出会った当初から険悪的だったのかを。
「そうか、そういうことか。やっぱりお前は……ウォッグの中で誰よりも不器用な仲間思い、なんだな」
仲良くなる訳にはいかなかった。
誰かと深く関わり合ってしまっては、獣であることを知った時に、不本意にも傷付けてしまうと思ったから。
自分のせいで誰かが傷付くのは、耐えられない。
傷付くのは自分だけで良い。
その一心だったのだろう。
だから、元獣である不器用な姫々島狼奈は、『嫌い』と言って他人を遠ざけるしかなかったのかも知れない。
「気付くのが遅れて、ごめんな?お前の想いは、ちゃんと受け取ったから……だからもう、無理して孤立しようとすんな。人を想いやる心は、きっと届くよ。お前の仲間として断言するから」
一瞬、狼奈の肩が震える。
彼女は、涙ぐんだ声を必死に堪えながら、簡単に振り払えそうな弱々しい力で、雅生の胸元を掴んできた。
「バ、カ…………何も、かも……見透かしてんじゃ、ないわよ……」
そんな超能力はない、と返したいところだが、今は彼女が本当の意味で殻を破った、という事実で十分に満たされた。
すすり泣く狼奈の声を横に、雅生が彼女の背中を絶えず撫で続ける。
すると、まるで建物内で反響する様に、彼らの耳に男の声が響いてきた。
「君は」
「鎌鼬……!」
雅生は一瞬警戒心を滲み出すが、何故か強い敵対心は感じられなかった。
「君は、人間の身でありながらも、覚醒者と心を通わそうと言うのか。それが、生涯交わることが出来ない、永遠の悲哀になるとしても?それでも、君は、彼女達と共にオールオブガーディアンを貫くつもりか?」
何が聞きたいのか分からなくて、首を傾げる。
だが、直ぐに呼吸を整えてから、淡々と自分の想いを口にした。
「心を通わすとか、そんな大層なものじゃない。例え人間だろうと覚醒者だろうと、助けを求めるのならば誰でも守り通してみせる。それがウォッグの、いや、俺達の信条なんだからな」
ウォッグの面々に感化されたのかも知れないが、それでも構わない。
冗談半分で口にしては、逆に彼女達からたこ殴りにされかねないだろう。少なくとも、ウォッグの一員として勤務している以上、彼女達同等の信念を掲げようと誓っていたのだ。
それに対して鎌鼬は小さく、そうか、と呟いてから続ける。
「なら、僕はもう辞めにするよ。元々僕の役割は、ウォッグを内部解体することだ。それなのに、君達の繋がりが強固だと知ったら、諦めざるを得ないんだよ。だから今後は、カットエッジに関わることは一切しない」
「え……?」
「だが、僕と手を組んだ者は、命を投げ捨ててでも目的を果たそうとするだろう。果たして君は、君達ウォッグは、彼の『ソウスイノゲン』を止めることが出来るのかな?」
そう言って、鎌鼬の気配は完全に消失した。
危機が去った安心感で力が抜けるが、彼が残した最後の言葉は、雅生の頭の中で反響し続けていた。
「ソウスイノ……ゲン?」




