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ウォッグ!―X号兼務特殊警備員―  作者: 椋之 樹
第二章 私達がここにいる理由
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狼の苦悩

 その後、雅生が目覚めたのは日が沈み始めた夕方頃だった。

 仮眠室で横に寝かされていた雅生は慌てて跳ね起きて、モニタールームの瑠羽に現状の確認。

 狼奈は相変わらず包帯巻き姿になっており、巡回に行ってはお客さんに悪印象を与えてしまう為、受付室で電話対応だけを淡々とこなしていた。

 それだけを確認すると、疲れで最早顔面蒼白のまま巡回をしている四辻と合流。三人の分身体を一人に減らさせ、四辻のサポートで雅生が先導して巡回業務をすることになった。

「最初から一人で巡回してれば効率が良かったんじゃないのか?」

 そんな質問に対して四辻は息を整えながら、ダルそうに答える。

「元研究者の体力の無さは凄まじいわよぉ?何もしていない状態の一人でも巡回をしたら三階分回るだけで、体力の限界だしねぇ。それに今回は受付、屋上も加えて合計三人になっていた訳だから尚更大変よぉ。だから、巡回分を三人分に増やして、一階分を全力で回って二階分休む、を繰り返していたのぉ……人生で一番疲れた気がするわぁ。体力低減とか、怪我とかすると、ルダを上手く扱えなくなるのよねぇ……」

「あんた、今後は暇があれば走るなり何なりとして体力着けた方がいいと思うよ」

 夜の二十時に閉店作業を始め、満身創痍である四辻のサポートを受けながら、全ての締め切りを終える。最終的に全ての業務が終わり、世理を除いたウォッグの面々が防災センターに集ったのは、夜の二十一時のことだった。

 鎌鼬の来襲まで、残り一時間。

 そこで四辻はようやく一人に戻り、閉店後では数少ない来客や電話の対応する為に、ペットボトルを片手に受付室で番をすることになった。

「それで……問題はこの後だけど、どうする?」

 世理が居なくては、何となく雰囲気作りがままならないが、毎回恒例の定例会議ならぬ、緊急作戦会議が始まった。

「どうするって……何がよ」

 正面に座る狼奈が、顔をしかめる。

 だが、今までの無愛想な態度とは違い、真っ直ぐに雅生と目を合わせた上で対面してくれていた。昨日今日で何らかの心境の変化があったのだろうか。

 それだけでも、格段に話しやすさが増していた。

「多分、なんだけどさ。このままあいつと会ったとしても、また同じことの繰り返しになる気がするんだよな。だから、せめてその前に、鎌鼬が言っていたことに関してお前がどう思っているのか……ちゃんと確認しておくべきじゃないか?」

 瑠羽がこちらに背を向けているが、肩越しに狼奈の様子を窺っていることが見て取れた。どうやら、誰もが彼女の出す答えが気掛かりになっているらしい。

 狼奈は一度息を吐くと、観念したように椅子にもたれ掛かった。

「……あんたの言っていることは、少し違うわね」

「え?」

「今日の昼にあいつから選択を委ねられた時から、私の心は既に剥離者側に立っていた。だから、考えるまでもない。その時に返事をしていなかっただけで、あのままだったら私は……確実にウォッグから姿を消して、向こう側に付いていたと思うわ」

 散々彼女を留めるために働きかけてはいたが、やっぱりか、と思わざるを得なかった。

 どれだけ違うと否定していても、行動で反抗していたとしても……彼女の迷いは、始めから剥離者側に傾いていたからこそ生まれたものだ。剥離者側に付きたい、だけど残っている良心があと一歩を踏み出させてくれない。

 彼女は、あの時まで敵側へと寝返っていたも同然だったのである。

「元々は狼、なんだっけ。やっぱりルダが覚醒した当初は、人間に対しての恨みは強かった、って訳だよな?」

「当たり前でしょ。突然連れ去られた挙げ句、実験動物にされたのよ?電撃に掛けられたことも、変な色をした液体に浸けられたこともあったし、麻酔を掛けられて体の中を弄られたこともあった。こんなことされて、これは仕方ないことだから別に良い……なんて納得出来るわけがないじゃない!」

「…………」

 顔を歪め、吐き出すように言う。

 その様子を見て、何やら暗い表情を浮かべる瑠羽の顔が、酷く痛々しい。

「納得できない、か……」

 彼女達二人は、壮絶な経験をその身に受けてきたのだ。

 人間の身勝手な思想に巻き込まれ、自身の望まない形で。

 外を散歩していたら、突然無差別殺人者から大怪我を負わされた、と同じだ。そんなことに巻き込まれて、加害者を許せるはずがない。

「その結果、私はルダを覚醒させられて、今の人間の姿になった。そして、ディジットから命懸けで逃げ出して、唯一の拠り所である故郷に戻ったわ。だけど……こんな姿になった私を、一族の仲間達が認めてくれる思う?狼からしてみれば、化け物みたいな姿になった私を、『よく帰ってきたね』と温かく迎えてくれると思う?」

「それは……」

 言葉が詰まってしまった。

 狼奈は突然机を叩きながら立ち上がり、前のめりの体勢で睨み付けてくる。

 その目尻には、薄らと涙が滲んでいた。

「そうよ、認めてくれる訳がないでしょ?まるで敵を見るみたいな扱いだったわ。ほんの数日前までは家族だった存在に、無残にも殺され掛けたのよ。だから私は逃げ続けた。仲間からも、人間からも。全ての存在が恐ろしかったから。私をこんな奇怪な姿に変えやがった人間共への恨みを募らせながら、ね」

 それが鎌鼬に促され芽を出し、六角喜介に煽られる形で勢い良く燃え上がった。

 自制なんて、出来る訳がない。

 獣だからとか、そんな種族の違いどころの話ではないだろう。子供だろうが、大人だろうが、人間でも同じ事だ。蓄積された恨みが生み出す感情は、理性を簡単に殺す。もしかすると彼女の場合は、必然的に成るべくして成った感情だったのかも知れない。

「そんな時、隊長と……宮園世理と出会った」

「宮園と……?」

 狼奈は力なく椅子に座ると、少しばかり穏やかな口調で話し始めた。

「今思えば、あの女はただの馬鹿だったと思うわ。だって、私は人間を恨む獣。近寄ってくる人間が居れば、誰と構わず食い殺していたわよ。だけど、隊長は傷を負いながらも、私と向き合い、最後まで対峙してきた。まるで、使命に突き動かされるように、私を懸命にウォッグに誘ってきたの」

 世理とは出会ったばかりだが、何となくその時の光景が目に浮かぶ。

 昨日の夜と同じ様に、どんなに数の差、力の差があろうとも、彼女は懸命に立ち向かったのだろう。

 何よりも誰かを守る為ならば、ウォッグとして、いやそれ以前に宮園世理という人間として、自らを犠牲にすることをいとわない。

 狼奈も、それと同じ様に感じたのだろうか。

「あんな人間は、いえ、獣の仲間内でも見たことがなかった。誰かの為に、自分を投げ出して、倒れるまでぶつかり続ける。言葉だけじゃなく、行動で信念を示す、根っからの行動派…………そう、さっきのあなたのようだったわ」

「……!」

 思わず驚いて、顔を挙げた。

 自分が、あの世理に似ている……そう言ったのか。

「情けない話よ……こんなこと、私の口から言葉にすべきじゃないのは分かっている。でも、お願いだから、隊長の代わりに教えて欲しい……私はどうすれば良いの……?本能に従って剥離者に従えば良いの?それとも、このままあの腐れ社長を守るべきなの?ねぇ、教えて……隊長なら、あなたなら、どう答えるの?」

 彼女ならどう答えるか。

 これを自分の答えと一緒にしていいのか、正直のところよく分からない。

 だけど、敢えて本心を挙げたとしたら、雅生の心に浮かんできたのは、一つの安堵感だった。

「安心したよ」

「えっ……」

「この世界で命を持って、生きている以上、必ず何かを選択しなくちゃならない。お前は決められないんじゃない。決める方法を知らないだけ。だからこそ、心配は要らなかったんだ。決断の為の迷いは、決断を呼び起こす最後の鍵なんだからな」

 彼女の答えは既に出ている。

 そんな気がしたからこそ、出てきた確信だった。

 雅生の出した言葉に、狼奈は一瞬肩を震わせてから恐る恐るといった様子で口を開く。

「最後の、鍵……?」

「あぁ、答えはもうお前の中にある。後はお前が、自分の中にある本当の望みを口にすればいい。それこそ、お前が抱く本物の答えになるんだ」

「私の、答え……」

 自分の胸に手を当ててボンヤリと考える狼奈に、雅生は手を差し出した。

「一緒に行こう。お前の答えを、あいつに突きつけてやろうぜ」

「……っ……」

 狼奈は戸惑った様子を見せていたが、ゆっくりと手を前に伸ばす。

 それから少し時間を掛けて、雅生の顔と手を交互に見ながら、協力の意を示した手をしっかりと握り返した。雅生が微笑むと、狼奈は恥ずかしげに顔を逸らす。

 こうして、互いの意志を確認し合った雅生は、思い付いたように瑠羽へと視線を向けた。

「あ、その前に……なぁ、瑠羽。二つほどお願いがあるんだけどさ」

「確認です、これですよね?必要になるかと思って、やっておきました」

 そう言って、肩越しに見せてきたのは携帯端末の画面。

 そこに表示された文字を見て、雅生は驚いたような、安心したような感じがして、思わず感心してしまった。

「本当、あいつが言ったとおり、流石はスペシャリストってところか……分かっているじゃんか」

「質問です、もう一つは何でしょうか?」

 瑠羽が首を傾げる。

「あぁ、二日間ここで勤務していた思ったんだけど。このカットエッジは、ウォッグの守るべき施設なんだよな?ということは、ここは所謂ウォッグの庭だ」

「……疑問です、質問の意図が読めないのですが?」

「つまり、だ。この庭において、ウォッグの右に出る者は居ないって訳だよ。だから、万が一の時に────」

 雅生の提案を聞いた瑠羽は、考える様子で深く頷いていた。


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