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ウォッグ!―X号兼務特殊警備員―  作者: 椋之 樹
第一章 大型デパート“カットエッジ”
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不安な門出



 望むのは、『ふつうの生活』。

 夢を持てない、やりたいこともない。

 現代の若者の象徴ともいえる、その場のノリで生きている少年は、運命の分岐点に立っていた。

 ふと思い立ってやることとなったバイト。

 そこで、日常とは大きくかけ離れた幻想的な現象と、一人の少女に出くわしたのである。

 予兆も、予感もなく、偶然としか思えないその少女との出会いは、少年を非日常へと誘った。

「ようこそ、X号兼務特殊警備員────通称【ウォッグ】へ」

 埃が舞い、地盤が揺らぐ。

 超人と超人が激しく火花を散らし合う緊迫した場で。

 黒髪の少女は、穏やかに微笑むのだった。




    ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽




 時は二〇二六年、九月十五日、火曜日。

 四日後には久方ぶりに、シルバーウィークを控えた秋の始まりの季節。

 高校三年生の芦那雅生あしな まさきは、コモンドレートと呼ばれる警備会社で、アルバイト採用面接を受けていた。独特な緊張感がある応接室で、社長自らが出向き質疑応答を繰り返す。

 志望動機は?長所短所は?得意なことは?部活とか何をやっている?

 面接試験において一般的な質問対して、模範的な答えを淡々と返す。そうしておけば、大抵の面接はクリア出来るものだ。

「……うんうん、分かりました、っと。それじゃあ、これで面接は終わりです。結果は明日に電話で連絡するから、短い間だけど、どうぞよろしく」

 五十代半ばぐらいだろうか。白髪交じりの髪とシワが刻まれた顔つきは、一種の貫禄を感じさせる。一条と刻まれた名札を胸元に着けた、人柄の良さそうな社長は、履歴書を机に軽く叩き揃えてから立ち上がる。

「はい、よろしくっす」

 雅生も同じ様に立ち上がると、軽く頭を下げてから応接室を後にした。

(ふぅ、終わったぁ……)

 大きく深呼吸をしてから、心臓の鼓動を落ち着かせる。

 学生の身では、なかなか経験する機会がないやり取りだったので、少し緊張してしまった。アルバイト程度なら軽い会話で終わるのかと思っていたが、想像していた以上に本格的な面接だったのではないだろうか。

 そもそも、今回の話は担任の先生の提案から始まったものだ。全面的に自分の意思とも違う為、あまり厳しい仕事は望ましくない、というのが本音だった。

 ボンヤリと考えを巡らせながら、オフィス沿いの廊下を歩いていると……。

「きゃ!」

「うわっ!」

 黒い服を身に付けた少女と、曲がり角でぶつかってしまった。

 パンを咥えた女の子と曲がり角で云々みたいな展開だが、ここは会社。大人な女性が沢山出勤する仕事場だ。一つの接触が、厄介な問題に繋がることもある……とか誰かが言っていた気がする。

 慌てて頭を下げながら、少女に手を差し出した。

「す、すみません!大丈夫ですか?」

「えぇ、こちらこそ、申し訳ありません。少し考え事をしていたもので…………え?」

 少女は差し出された手に自分の手を乗せてから、雅生を見ると、目を点にして固まる。

 腰まではある長い黒髪が艶やかに輝き、丸く小さな顔はまだ幼い容姿を表しているかのようだ。白く柔らかそうな肌と、桜色に染まった顔がとても可愛らしく、黒く輝かしいブラックダイヤモンドのような瞳はとても透き通っている様に見える。

 彼女が身に付けている黒い服は、端から見ると警察の制服とほぼ同じだ。だが、胸部と上腕部にある盾と剣の腕章が、警察官ではないことを意味付けている。ここの警備会社の従業員なのだろうか。彼女の胸元の名札には、宮園と刻まれていた。

 手を乗せたまま、全く動こうとしない少女を前に、雅生は首を傾げる。

「えっと?」

「あ、ごめんなさい、見つめたりしちゃいまして……!ところで、単刀直入に尋ねますね?あなたはこの会社の従業員ではないようですが、まさか……不審者ですか?」

「……はい?いきなり何を言って……」

 突然の質問に面食らった。

「本日は来賓の予定は聞いていなかったので、もしかしたら、と思いまして。だとしたら相当な狼藉です、実に舐め腐った行為とも言えるでしょう。何故なら、ここは警備会社なのですから。事と次第によっては、あなたを引っ捕らえることも出来るかも知れませんよ?いや、これはむしろやってくれ、と言っているも同然でしょうか?」

 何が楽しいというのか。

 微笑みながら、グイグイと詰め寄ってくる少女。女の子の甘く柔らかい香りが漂い、恐怖よりも緊張が倍増ししてくる。

 警備員とは初対面の相手に対しても、こんな積極的な行動を起こしてくる様な人種なのだろうか。

「えぇ!?ちょっと待って、宮園、さん!?確かに今日の昼頃に連絡して、急遽面接することになった身だから、予定に入らなかったのかも知れないけど!それでも初対面の相手に対して、あなたは不審者ですか?は流石に唐突過ぎやしませんかねぇ!?」

「いえいえ、これは私の記憶に基づく明確な推測です。あなたは確かに、私にとっての不審者として任命されました、おめでとうございます」

「全然嬉しくねぇ!!」

 おっと……ついいつもの調子で、同年代に対する突っ込みを炸裂させてしまった。

 しかし、なんと不名誉な話であろうか。

 初めて来た場所で、初めて出会った相手に、生まれて初めて不審者にされてしまった。これで今後は不審者扱いされても困らないぞ!とか、そんなこと考えている暇はない。

 マトモな話は受け流されるし、ここはなにがなんでも緊急避難をしなくては。

「まぁ、そういう訳なので。ここは大人しく任意同行を願えませんか?」

 伸ばされた華奢な腕が、少しずつ雅生に迫る。

 もう後がなかった。

 こうなっては、友人から教えて貰った、暴漢から絡まれた時の有効策を実行するしかない。

 しかし、相手は警備員だ。常識的に、こんなふざけた策が通用することはないだろうが……普通ならば絶対に引っ掛からないだろうが……ほんの一握りの奇跡を信じて雅生は、彼女の後方を指差して高らかに叫んだ。

「あ!あそこにユーフォーが!」

「え!?どこですか!?」

 引っ掛かりました。

 外見えないのに信じました。

 逆に驚愕し、警備員の彼女の人柄を心配しまったが、今がチャンスだ。

 後方一面の壁を見て首を傾げている少女を背後に、全力疾走でその場から退散する。

「なーんて、冗談ですって、あっ…………まぁ、それにしてもビックリしました、ね。まさか、こんなところで会えるなんて……」

 雅生の逃走に気付いた少女は、嬉しそうな表情でその後ろ姿を眺めていた。




      ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽




「……って、そんなことがあった訳ですよ」

 カバー付きの消しゴムを、指先で弾いた。

 机の上を疾走する消しゴムは、もう一方のカバー無しの消しゴムの傍で止まる。

 今宵お昼休みの対決は、消しゴム落とし。机の上に置かれた、自分の消しゴムを指で弾き飛ばし、相手の消しゴムを机から落とす、というシンプルなゲームだ。シンプルが故に、その戦術は中々奥が深い。カバーがあった方が滑りやすくて良いとか、無い方が弾かれづらいとか、多種多様な戦術(?)がある、戦略的ゲームだ。

 だが、結局のところは消しゴムのみぞ知る真実である。我々はただ消しゴムを弾くだけで良い。そうすれば、消しゴムは必ずや答えてくれるだろう。

 つまり、適当にやるのが一番。

「はぁー、遂にアシキンも社会への仲間入りを果たすわけだねん?あれ程進路に意欲がなかったアシキンだったのに、バイトをやるって藤咲センセーが聞いたら、仰け反りながら喜ぶと思うぜぇ?」

 そう言うのは、クラスメイトの宇都坂千裕うつのざか ちひろ

 雅生とは三年間クラスが同じ、いわゆる腐れ縁である。

 茶色の混じった黒髪をワックスできざったらしくまとめあげ、ブレザー型である紺色の制服の前を開け放ち、だらしなく着こなしている。右手首には銀色のシンプルな腕輪が輝き、耳にはピアスをはめる為の穴が空いていた。どんな人物かと問われれば、不良というのが一番適しているかも知れない。

 ちなみにアシキンとは、彼が勝手に言っている芦那雅生のあだ名。藤咲センセーとは、彼らの女性担任教師の藤咲涼花ふじさきすずか先生のことだ。

「あのさ宇都坂、別に意欲がないんじゃないっての。やりたいことがなくて、困っているだけだ」

「世間的にはそういうのが、意欲がないっていうんだよねん。ところで、一つ聞きたいことがあるんだが、アシキン。警備会社で、可愛らしい警備員が突然詰め寄ってきた、って言ったろ?それも、愛想を振りまくように、少女特有の香りが漂う程度にまで迫られた、と。こう、肌が触れ合うくらいまで」

 言い方に気になるところはあるが、特に間違いはない。

 机を指先で突きながら、ボンヤリと思いだすのように答えた。

「愛想を振りまいていたかどうかは分からないけど、まぁかなり近くまで来たな。こう、体格差に合わない壁ドンとかやりそうな具合まで」

 すると突然宇都坂が、奇妙な笑みを浮かべ始める。

「フッフッフッ、アシキンよ、それで自分だけ良い思いをしようと言ってもそうはいかねぇぜぇ?貴様には友として、戦友として、その時の少女の息遣い、体の絡め方等々きめ細かく説明する義務がある!」

「な、なんだと……せ、説明だと……!?男ならば誰もが羨み、静かに自身の胸に絞まっておきたい思い出をさらけ出せ、と言うのか……!?なんと卑劣な提案だこの変態が!だが、人間は誰もが平等に、不都合に繋がることは話さなくても良い、という権利を持っていることを忘れたか!俺は今ここに、面倒くさいから黙ってればいいや的なノリで、黙秘権を執行する!」

 面接の思い出話から、とんだ下劣な変態トークへと発展してしまったことを悔やみ、頑なに口を閉ざす。

 男子高生の様な思春期真っ只中となると、異性の存在が気になり始めるところ。恋バナに花を咲かせたり、上手くいけばリア充を経験するのも、思春期の特権だ。しかし、中には妄想だけでご飯三杯はイケる等と、斜め上に路線を外してしまった、救いようのない病人も少なからず存在している。

 それは、仕方がないのだ。

 浮いた話がない歴イコール実年齢の彼らには、それが精一杯の応急処置みたいなものなのだから。

「それを言ってる時点で、そっちも重度の変態な気もするが…………フッ。甘い、甘いねん、アシキンよぉ。今、この勝負の戦利品を何にするか決めずに、俺に一任してしまったのが運の尽きだねん!そしてたった今宣言する!勝った方が、負けた方にありとあらゆる要求を下すことが出来る、に決定だ!」

「おま……っ!汚いぞ!俺がこんな圧倒的不利な状況で、そんな条件出すか普通!?」

 相手の消しゴムを落とせば勝ち、というゲーム。机の縁近くで、二つの消しゴムが密着した状態。

 しかも次は、宇都坂の番だ。

 ほんの少し弾くだけでも、宇都坂の勝利は確定する場面。彼の興奮が最高潮に達したのか、高らかに笑い声を上げながらカバー無し消しゴムの前に手を置いた。

「ヒャハハハハハハハハハハッ!!勝負とはいつでも非情なのだぜぇアシキン!卑怯呼ばわりされようが、裏の裏を読む者こそが勝負を制するのだ覚悟しろ!そして、俺に女の子の妄想を献上しやがれェェェェェェェェッ!!」

 その時、宇都坂は二つのミスを犯した。

 一つは、ほんの少しで済むところを、必要以上の全力を込めてデコピンを放ったこと。

 二つは、放った指先が机に触れぬよう、消しゴムに対して平行に置くのが一般的だが、何を思ったか垂直に置いてしまったことだ。

 それにより、彼の指先は理性を超えた最高速度で、消しゴムを弾く寸前に硬い机に直撃し……。


 ボキィィッ!!

 身の毛もよだつ鈍い音が、教室内に反響した。


 これが原因で、全校生徒が肩を震わす程の超大絶叫が校舎に響き渡ったことは、いうまでもない。

「今の天地を揺るがす様な馬鹿げた絶叫は何事だァ!?……って、またお前らか二人揃って表に出ろォォォッ!!」

 その後、担任の藤咲先生から、怒るべきか心配すべき分からないという複雑そうな顔で、滅茶苦茶説教をされた。宇都坂は指を押さえながらも、何とかしてその場を逃げようとした為、雅生よりも長く説教を受けたとか。

 まったく、思春期とは末恐ろしい物である。

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