失業とアパート
本当は立派な中年だったんです。数理分析を駆使して悪徳不動産を壊滅しつつ、ウィットの効いた方法で除霊する今時の除霊しを描きたかったんです。いつの間にやらキャラクターが勝手に動き出して、下品極まりない作品になってしまいました。
「このアパートを選んだだけでも慧眼だったと思うべきか」
俺の名前は森田健介。年齢は45歳になる。裏野ハイツという、この安アパートに越してきたのは5年ほど前だった。
勤めていた大手銀行の独身寮から飛び出したのは、転職が決まった時に混乱要因となるものを全て排除しておこうと思ったからだった。
外資系証券会社に転職が決まり、倍の給料が提示された時にはもっと良いマンションに行くことも考えたが、どうも嫌な予感がしたので、この格安のアパートに留まり貯蓄に励むことにした。
おかげで1年前に失業したのに何とか生活が続いている。もっとも、この先のことを考えるとそろそろ不安になるが・・・。
振り返って俺の住処、浦野ハイツ102号室を眺めまわす。このアパートの住人は殆どが年収600万に満たない。
確かに外資系証券会社の社員とは雰囲気がまるで違う世界であるが、何故かこの生活は嫌いになれない。
通勤電車の客層が下品であることには閉口させられていたが、それでも明らかに生活層が異なる住人の中に帰ることにより、公私の区別が明確につけられたことは精神的な支えにもなっていた。
俺はインターネットの英字新聞のサイトで英国の欧州連合(European Union, EU)離脱是非を問う国民投票の動向を見ながら思っていた。
本当にEU離脱と国民投票が結論を出せば、欧州のマーケットは大荒れに荒れ、主だった金融機関は雇用凍結に走るだろうことは間違いなかった。
そうなれば俺が金融業に戻れる可能性が一段と低くなる。1年以上実務から離れていた人間を金融業が採用することは皆無といえる。
多少の給与水準ダウンは受け入れて金融業に戻りたいところがだが、そもそもポジションの空きがほとんどないのだ。給与水準どころの話ではない。
これまで勤めていた外資系金融機関は、アジア太平洋地域の拠点を東京から香港に移した。
当然、東京拠点は激しいリストラの嵐にさらされた。
ひどい話だが彼らが日本から出ていくのには訳がある。東北大震災で福島の原発事故があった時、時の政権にあった左翼政党の対応が酷過ぎたのだ。
外資系企業にとって地震はそれほどの問題ではなかったし、原発事故も正しく情報を開示していれば問題にはならなかった。
しかし、放射能漏れの情報を隠蔽したことや、あまりの情報不足に仏政府等が自国民に避難勧告を出したときに国外退去するフランス人を裏切者呼ばわりしたのは最悪だった。
情報の隠蔽は日本を所詮他のアジア諸国と変わらないレベルの民主化であることを世界に印象付けたし、罵りは仲間を置いて退去する彼らの自尊心を傷つけた。
もはや安全でない東京に彼らが帰ってくる義理はない。
それでも、左翼政党が転落し、保守政党が返り咲いてからは事態が少しずつ改善している。
数か月前から転職エージェントが再び声をかけてくるようになっていた。
その矢先の英国の欧州連合離脱騒ぎだ。冷静ではいられない。
昨日までは大方の予想は英国の欧州連合離脱はありえないというものだった。
合理性を考えれば英国が欧州連合を離脱するはずはない。
朝一番に英字新聞のサイトで離脱は優勢の報があったときにも、恐らくエンターテイメント性を考慮して英国人が離脱派優勢の地域の開票を先にしたのだろうと思う向きもあったほどだ。
しかし、昼過ぎ頃になると各英字新聞のサイトがアクセス不良になり、ついに株価も見れなくなった。
そして英国の欧州連合離脱が国民投票で支持されたことが伝わった。
深くため息をつきながら天井を見上げる。そうだ、頭を冷やして考えてみれば不思議なことなど何もない。
衆愚による政治判断の誤りというのは、どの民主国家でも抱える共通の悩みだ。
誰も幸せになるとは思えない結果だが、泣き言を言っていても始まらない。
次の一手を考えるとするか。俺は重い腰を上げて気分転換に外に出てみようと思った。
ダメだ、失業の思い入れ強すぎる。リハビリせんと。
もっとうまく書ける方法あったら教えて下さい。