敗北
久しぶりの投稿ですがコメントが増えていて驚きました。
コメントを下さった方、ありがとうございます!!
これからも張り切って書いていきますので、是非是非楽しんでいってください。
月歌「ハァッ!…ハァッ!」
"ブオン""ブオン"
月歌は腕を振り回す。
まるで自分の身を守るように、誰も近づけないようにして。
有り得ない。
有り得ないのだ。
今まで十数年間誰にも負けず、己の拳だけで相手の肉体を、精神を打ち砕き、地に落とし、ボロボロにしてきたのだ。
負けるはずがない。
が…今のこの現状は何か、
負けに近づいている…圧倒的に。
今まで歴戦の試合を勝ち抜いてきた月歌にはわかる。
長い間感じていなかった己より発される『負けの匂い』が。
月歌「(怖い…!)」
月歌の地下闘技場人生における初めての敗北。
それに加え
自分がいままでしてきたように『勝者』は『敗者』になにをしてもいい、勿論『殺し』も許可されている。
死の感覚など月歌には分からないが今まで倒してきた奴等は皆同じ様に命ごいしてきたのだ。
あの強者共をも恐怖させる『死』という存在。その存在が自分の近くをはいずり回っているという感覚。
それが月歌には限りなく怖い…!
月歌「!」
月歌の視界が戻りはじめた時、その視界に捕らえたのは、
能力使いの【静止星】だった。
?A「【DODODODODODODODODODODODODODODODODODODODODODO!!】」
"バギッ""メキッ""ゴキッ"
音がたつ。
せまりくる拳のラッシュ。ラッシュ。ラッシュ!!
月歌「はhxbうぇmckxmwlそchjrvんks!!」
声にならない叫びをあげる月歌。
?A「あああああ!!」
?A「【DO】!!」
壁まで吹き飛ぶ月歌。
月歌「(これが『死』…。)」
呼吸が薄くなる。
月歌「(こんなものか・・・)」
気付く。自分の目の前に人が立っているのを。
?B「…私達の仲間になってください」
月歌「…言ったはずだ『どうしても仲間にしたきゃ俺をたおしてみろ』とな。」
?B「意地を張らないで、もうこの勝負の結果は見えている。…あなたの『負け』。」
月歌「俺はまだ負けてねえ。ここのルールは『戦えなくなった者の負け』だぜ?気絶するか…」
"ザシュ"
?B「!?」
"ポタ…""ポタ…"
月歌はどこから取り出したのか、包丁ほどの大きさのナイフで
目の前の敵の腹部を刺した。
?B「痛っ!」
月歌「死ぬかだ」
深く刺さったナイフは命は奪わないまでも、流血には届いた。
そのままナイフをぬこうとする月歌。が、抜けない。
月歌「なにしてんだ…てめぇ?」
月歌は目の前の敵から抱きしめられていた。
ナイフが抜けないくらい力強く。
ただし傷に響かないぐらいに優しく。
?B「そんなルールになってるとは知らなかった、でも、それならむしろ都合がいい」
おもむろに月歌の右耳に顔を近づけると静かに言い放った。
?B「やっぱりあなたの負け」
月歌「?」
嫌な予感がし、身を引きはがそうと月歌が試みた時、月歌の前にいた敵は静かに口を動かし『音』を発した。
月歌「!?」
"ピクッ"
月歌の体が硬直し、目の中の光が濁っていく。
そしてその状態のまま地面に倒れ込む。
"ドサァ…"
?A「…」
?B「私達の勝ち…」
?A「あぁ…文句あっか!!」
観客に向かって吠える。
今まで夢でも見ているようだった審判がハッと気付き、
勝負終了の合図を告げる。
審判「しょ、勝負ありっ!!」
ナレーター「な、何と言うことでしょう!今まで数多の強豪達を打ち破り、歴代チャンピオン達の中で最も長い防衛記録をうちたてたあの月歌が遂に!今日!敗北致しましたー!!」
"ワー!""ワー!"
"ザワザワ…"
悲鳴。歓喜。驚き。怒り。
様々な感情が混ざり合いこの会場に激しく散り出した。
どこぞのチャンピオンや戦士ならともかく
パッと出の、増してやさっきまでバカにしていた者達がここのチャンピオンを敗ったのだ。
驚きもそうだが報復されないかどうか、
恐怖が入り交じる。
?B「出して」
職員「はっ!」
ギギギィ…と音をたて開く分厚い木の扉。
二人組のうち比較的無事な方が月歌をおぶる形で抱え、
もう一人の重傷を負っている方と一緒に会場を後にした。
会場には重い空気が流れていたものの、少しづつその場から人が減って行った。
月歌を買われてしまったことはこの場の運営者から見てみればこの場における目玉を失ったことになるが、
たいした心配はしていなかった。
どうせいつものようにすぐ戻ってくるだろう。
もし戻って来なかったとしても、また別の人材を連れて来ればいい。
そう考えていた。
が、それも仕方のないことだろう。『買われたことがない』ではなく『買われてももどってくる』というのが月歌の最大の特徴だったからだ。
心配するだけ無駄。
だがしかしこの時は誰も予想して居ないことだったが、
もうこの時既にここに月歌が『選手』としてもどってくる可能性はなくなっていた。
~in【メギラの王都ーE7の17】~
3日たった。
先程の地下闘技場より外側にある商人街の少し南側に存在するアパート『橙装』。
壁に苔が生えていたり、ひびがあったりする所を見るにあまりいい環境ではないようだ。
そのアパートの一室に月歌はいた。
まだ意識が戻っていないようで、薄い布団に寝かされている。
例の二人も一緒である。
と言っても内一人は月歌の【龍牙転獣下】を喰らい頭に軽傷をおったので同じく別の薄い布団に寝転がっているが。
月歌「ん、んん…?」
月歌「(ここは…何処だ?)」
目を覚ました。
月歌は布団を半分まくる形で半身だけを起こすと、
周りの様子、状況から今自分のおかれている状況を把握しようとした。
月歌「(シミの多数ある天井、粗末な布団、申し訳程度にかけてある二ヶ月前のカレンダー、床は畳で、部屋の面積は…六畳間くらいか…安い作りの、おそらくベランダに続くガラス戸からうっすらと灰色の光が漏れていることから天気は曇り、時間は3時辺りといったところか…ひどいにおいが充満していて、向こうの方にある他の部屋へ続くであろう木の戸から明かりが漏れている。隣には見たことがない女、といっても17・8くらいのガキが同じく別の粗末な布団で寝かされてる。)」
月歌は囚人生活の中であらゆるものを注意深く観察する癖を身につけていた。
当然思考力もあがっていく。
月歌「そうだった…俺は負けたんだった…」
月歌はあまり勝負の勝ち負けにこだわることはなかった。
というのも、月歌は負けたことがほとんどない。
よって負けた時の悔しいという気持ちがいまいち分からない。
かつて月歌の暮らしていたこの国の端、スラム街では、喧嘩が毎日のようにおこり、休む暇もないほどだった。
そんな環境で月歌は育った。
生まれて初めての喧嘩は二歳の時。
一緒に寝ていた妹が喧嘩相手だった。
当然、勝つ。
これが月歌の人生においての初めての勝利だった。
だが、月歌の人生においての敗北はその直後に来た。
?「なにしてんのあんたはああああああああああああ!!!?」
頬に伝わる強烈な痛み。否、その時に痛みなど分かるはずも無く、襲い来るのは凄まじい不快感。
月歌(2)「くぁzwsぇdcrfvtgbyhぬjみ!!?」
月歌に攻撃をしたのは月歌の実の母親であった。
この女、月歌よりも月歌の妹の方を溺愛しているようなしぐさが度々あり、今回も赤ん坊の喧嘩なのだから平等に接するところを妹の方だけを贔屓に面倒を見ている。
月歌母「ほーら、よしよし、いい子だから泣き止んでね-」
月歌の母は妹をあやしつけていた。
月歌は途中まで泣いていたが、それに気付くと、自分もあやしてもらおうと這って移動しはじめた。
ところが、
月歌母「近付くんじゃないよっ!!」
母に大声で注意され、身を竦める月歌。
人間が最初に覚える大きなテーマは甘えである、
泣いては甘え、糞尿を漏らしては甘え、お腹がすいては甘え、
果てにはなにをしてなくとも甘えるのだ。
だが、それもしかたがないことなのかも知れない。
人間は弱い生き物だ。牙も、爪も、視力も、脚力も全然野生の動物達には敵わない。
ここまでその個体数を増やせたのもただ単純に他の動物たちに比べ運がよかっただけだろう。
その弱い人類の中でもっともか弱いのが赤ん坊なのだ。
故に少しのことで泣いてもそれは仕方のないことなのだ。
だから甘えるのだ。自分は無力だから。
そういうふうに普通の赤ん坊は本能で刷り込まれ、考え、行動する。
だが、月歌は違っていた。
月歌は生まれた時からスラム街で育ち、母に嫌われ、食事もままならないような過酷な環境だった。
その厳しい環境が僅か二歳だった月歌から涙と甘えを奪って行った。
故に何事にも負けは当たり前、勝って幸運と月歌は考えるようになった。
月歌は勝つとうれしいものの負けても当然。悔しいことではないとその当時は思っていた。
?「お?起きた~?」
のほほんとした声に月歌は意識を現代に戻す。
?「いやぁ、三日間も起きないから大丈夫かなっておもっちゃったよ」
奥の戸が空き、そこから少し背の高い女が出て来た。
逆光で顔があまりよくみえず、
女と分かったのは胸のつくりが男とは違ったからだろう。
だが、そんなことよりも気になることがある。
それは…
月歌「うっ!!」
月歌「(臭っ・・・!)」
そう、女が戸を開けた瞬間嫌な臭いがさらに度を増したのだ。
女「あら、女の子に向かって失礼ね」
女の子とは言うものの、実際は老けているとまでは言わないが
女の子とも言えない年齢なのは見て取れる。だいたい30代前半ぐらいだろうか。
月歌「お前は誰だ…?俺は何故こんな所にいる?」
女「あら、自己紹介が遅れたわねごめんなさい」
女は一呼吸おき、名前を告げた。
女「私は『空根紅亜』、そうね、あなたがここにいる理由・・・」
クレアは数秒考える素振りを見せると、静かに言った。
クレア「あえて言うならあなたに『勇者』になってもらうためかしら」
月歌「・・・あ?」