俺とアイツとあいつとオレ ー1
敦志が登校すると、たちまち噂が広まった。坊主姿の敦志はヘアカタログのモデルのようだ。敦志ファンの女子生徒たちから携帯で隠し撮りされ、授業が始まる頃にはほとんどの生徒が敦志の容姿に夢中になっていた。休み時間には廊下に敦志見たさの生徒でごった返す始末。それも当然の事だった。高校入学当時からモデル事務所や芸能プロダクションからのスカウトが殺到している。それほどのスタイルをしているのだから当然と言っては当然のことである。
しかし、昼過ぎに敦志負けないルックスの摩湖斗が登場すると、敦志存在は影を潜め摩湖斗の話題で持ちきりになった。
摩湖斗は今までの長い髪で隠れていた綺麗で整った顔立ちがそっくり出ている。黒のニット帽を被り、制服の胸元から覗くプラチナのアクセサリーが妙に輝きを放ち、無意識のうちに出ているオーラに誰もが圧倒されドキドキときめかせている。モデル並みの敦志でさえ霞んでしまいそうになるルックスは隠しようがない。
「摩湖斗~超~カッコいい~イケてるって~。俺も帽子被ってくりゃ良かったなぁ~」
「ばぁか。もうちょい焼かないとこんな青い頭カッコ悪くてだせねぇだろ?それに陽子にしか見せたくねぇし…こんなテッカテッカの坊主、洒落になんねぇよ…お前の母ちゃん張り切りすぎだろ?…なぁ、敦志~今週末ハワイでも行って焼かね?」
「ワイハ?お前~ワイハ~なんて金もねぇし超~時間かかるじゃん!俺遊び過ぎて出席日数足らなくなるのだけは勘弁なぁ~。グァムぐれぇなら近くていいけど…親父にせびりゃ、何とかなるっしょ!」
「グァムかぁ。じゃあ~明日行こうぜ!」
「はぁ?明日?いくらなんでも早くねぇ?ムリムリ!飛行機のチケットだって取れるか分かんねぇし、ホテルだってどうすんだよ!旅行はじっくり練って行くもんだろ?」
敦志は大袈裟に身振り手振りで説明するが、摩湖斗は一切お構いなしに携帯をいじっている。
「マジ無理だって…」
摩湖斗は敦志の話を遮るように携帯から目を離した。
「ちょっと早いけど朝6時のチケット取れたみてぇだから4時ぐれぇに俺んちの車で迎えに行くわぁ」
「え?ええ~?取れたみてぇって?」
「あぁ、すぐ取れたって言うからよぉ…。ビジネスだけど我慢な?」
「やっ、そうゆうことじゃなくてさぁ~」
「ビジネスじゃやっぱ嫌か?まぁそうだろなぁ~じゃぁ、取り直させっか…」
敦志は携帯をいじろうとする手を掴んで止めた。
「や、やっ、だからそうゆうことじゃあねぇって!お前、旅行会社に知り合いでもいるの?あぁ、そういえば…前にクラブで知り合ったお姉さんか?」
「知らねぇよそんな奴、覚えてねぇ…あのさぁ、この手~熱ちんだけど…」
敦志が、あっと言って素早く手を離した隙に摩湖斗はまた携帯をいじろうとする。それを敦志はまた止めようと携帯を取り上げた。
「おい、返せよ。俺もビジネスはちょっと…と思ってたんだ。めんどくせぇけど取り直させるから…」
「やっやや、いいよそれで。ビジネスでいいってえの!せっかく取ってくれたんだから全然いいって!ビジネスはちょっとって~お前なぁ~。取ってくれた奴に感謝しなきゃだろ?」
「感謝?それがアイツの仕事だろ?どうせ暇でお茶してる時間だ、気にすんな…」
お茶している時間?今は2時を5分ほど過ぎたところ。学生なら授業中だし、社会人なら仕事に精を出している時間だ。
「気にすんなって言ったって…それに泊まるとこ…どうすんだよ…野宿?そりゃねぇわ…いや、待てよ?野宿なんかしなくても"ジャパニーズボーイ"とか言われて地元のネェちゃんに…」
「お前、さっきからひとりで何ブツブツ言ってんの?俺んちでいいだろ?掃除しとけって言っとくから…食事は適当にシェフ頼んで…」
「えっ?ええぇ~?何?それ?まったぁ~冗談ばっか~。マジ騙されるとこだった~摩湖斗が言うと冗談に聞こえねぇからやめろよ~いくらお前んちが金持ちだからって、グァムに家あるとか言うなよ?」
摩湖斗は敦志の顔を冷めた目でじっと見る。
「家ある」
敦志は目を見開いて両手を上げた。
「はい、はい。冗談はもういいから…地元のネェちゃんちってのも悪くないだろ?ナンパなら得意だし?」
「お前こそ、地元のネェちゃんって…冗談きっつ。相手すんのめんどくせぇ…そんなに外人の女がいいなら移住しろ!俺はのんびり焼きてぇだけだ…俺んちのビーチに地元のネェちゃんは呼ばねぇ…」
「俺んちのビーチ?」
「地元のネェちゃんと遊びたきゃ、車の用意させるから好きなビーチ行ってこいよ。夜も無理に帰って来なくていいし…」
「お前まさかマジ?」
「何が?」
「お前んち…プライベートビーチってマジかよ?そんな金持ちなの?」
「別に…」
「お前とは幼稚園時からの付き合いになるけど、お前んちそんな金持ちなの?超~高級マンションに住んでるのは知ってたけど…たまに見かけるお前んちのじいちゃんやるなぁ!」
「あれは俺のじいちゃんじゃねぇ。俗にゆう執事ってやつ…別に…そんな事、どうでもいい。俺には関係ねぇ…」
摩湖斗にはお金や権力など、もはやどうでもよかった。いっそそんな物ない方がどんなに気持ちが楽でいられることか。今まで摩湖斗の中だけで解決してきた問題を知らずに、金持ちだとゆう事だけで敦志はうらやんでいる節がある。摩湖斗はお金や権力よりも、一人の事だけを思って生きてきた。陽子とゆう存在だけが摩湖斗の心の支えであって、唯一の安らぎだった。
「関係ねぇことあるかよ。スゲェ~なぁ~マジで羨ましい~マジで~でかしたなぁ~」
授業中にも関わらず敦志は大騒ぎで摩湖斗を褒め讃えた。摩湖斗は横目で敦志を睨み片方の口角を上げた。何か企んでいる顔だ。
「そんなにうらやましいんなら…グァムにいる間はお前が伊澤摩湖斗になれよ。俺は堀内敦志になるから…どうせ向こうの連中も俺の顔なんか覚えてねぇだろうし…」
真っ青な空にヤシの木陰。そして気持ちのいい空気。辺り一面の芝の上で敦志は摩湖斗の邸宅をきょろきょろと見渡した。
「摩湖斗様、お待ちしておりました。お疲れになられておりませんか?いま、ドリンクをお持ちいたします」
シルバーグレーの紳士が邸宅の中に招き入れる。ロビーに置かれた応接セットのテーブルはに、いくつかのメッセージカードが置かれている。
摩湖斗は敦志にソファに座るように横腹をつつく。
「あっ、敦志くんそこに腰かけたまえ」
摩湖斗はガチガチに固まった敦志がおかしくてたまらない。空港に到着した途端迎えに来た使用人たちに圧倒されたのだ。摩湖斗の車を守るように前後左右黒塗りの車がぴったり張り付いていた。運転手には大人の余裕に満ちた落ち着いた運転裁きを見せられた。ゆったりした車内はフローラルの柔らかい香りがほんのり漂い、窓の外は爽やかな青空が広がっていた。走行しているにも関わらず振動を感じない車内で摩湖斗は背もたれにゆったりと背中を預け敦志を横目で見る。敦志は落ち着かないのかいつもより背筋が伸びているように見える。きょろきょろと、目だけが辺りを見渡していた。
車はゆっくりと摩湖斗の邸宅まで近づくと門がゆっくり開き、ここで敦志が"げっ、マジかよ"と小声で呟いたのを摩湖斗は聞いた。
摩湖斗はわざと敦志に話しかける。
「なぁ~摩湖斗~。この辺から歩かねぇ?俺~座ってるの超~飽きたぁ~」
大きな声で話しかけられ、敦志は摩湖斗を睨み、小声でぼそぼそと言った。
「ばかっ、おまっ、俺の真似すんなよ…摩湖斗…」
それでも摩湖斗は敦志になりきって大きな声をだした。
「摩湖斗~久々だから緊張してるのかぁ~?なぁ、運転手さぁん、摩湖斗が疲れたって言ってるから、この辺で降ろしてくれませぇん?」
「まこっ、つっ…」
敦志は咳払いをし、摩湖斗の口調を真似た。
「ん、んん。あ~おい。もうここでいい。あとは、歩いてく。荷物だけ運んでくれ…」
「はい、かしこまりました。ここからですと日よけがございませんので日傘をご用意いたします」
「えっ?ひ、日傘?」
「なぁ、摩湖斗~日傘なんていらねぇよ~日焼けしにきたんだし~」
「摩湖斗様、ゴルフ場でお使いの大きめの日傘をご用意いたしますがどうされますか?すぐに他の者に持たせますが…」
運転手は真顔で敦志に目を向ける。敦志は戸惑い視線を泳がした末、摩湖斗に視線を向けた。摩湖斗は敦志に顎で合図を送る。運転手はいつまでも摩湖斗のフリをする敦志の指示待っている。
「んっ。い、いらねぇ。日傘、いんねぇわ。勝手に歩くから…ドリンク用意しといてくれ…」
「はい、かしこまりました」
摩湖斗扮する敦志が指示をしたとたん、左右のドアが開き二人は外に出た。晴天に身をかざし二人は同時に深呼吸をした。そして庭を10分ほど歩き玄関に近づくと待っていたかのように扉が開き、シルバーグレーの紳士の案内で、今、ソファに座っている。快適な室温に敦志は手足を投げ出しソファに寄りかかった。
敦志は我に返ったように小声で摩湖斗に耳打ちをする。
「なぁ摩湖斗、すっげぇなお前んち。ちょっとビビる…」
「何言ってんだ、お前が伊澤摩湖斗だろ?しっかりしろよ。そのメッセージカードお前に任せるから。よろしくな…」
シルバーグレーの紳士がトロピカルジュースをトレーに載せスマートに運んでくる。摩湖斗に扮した敦志はいつもの摩湖斗のようにずっしりと貫禄をだし座りなおした。
「お待たせいたしました。良く冷えております。ご一緒に甘いものをご用意させて頂きました。ごゆっくりお召し上がり下さい。これからのご予定はいかがされますか?」
敦志は摩湖斗を横目でチラッと見た。摩湖斗は敦志になりきる。
「摩湖斗~お前んちプールあんだろ?入ろうぜぇ~」
「えっ?プール?」
「なぁ、いいだろ?摩湖斗~早く焼かねぇ~?」
「う、ううん。そうだな…じゃぁ、プール入るから用意頼む」
「はい、かしこまりました」
紳士がその場からいなくなると、敦志は摩湖斗にしがみつく。
「なぁ、摩湖斗?お前んちプールもあんの?海入らねぇの?っつうか、俺これからどうしたらいい?なんか次元違い過ぎなんだけど~?やばくね?俺?」
「何言ってんだ、お前の好きなようにすればいい。別に伊澤摩湖斗になりきる必要もねぇし…ここにいる連中は伊澤家に使えるためだけにここにいる。だからお前は自分ちにいるみたいに好きなようにすればいい。そんだけだ。その代わり、そのメッセージカード頼む」
摩湖斗は再度メッセージカードを敦志に託し席を立ちあがった。窓からプライベートビーチを眺め煙草を銜え、敦志がメッセージカードを読むのを確認すると、煙草に火をつけた。
「うっ。これっ…」
何枚かあるメッセージカードを敦志は固まったまま見つめている。
「どうした?摩湖斗く~ん?」
摩湖斗はわざと敦志に近づいた。
「おい、摩湖斗、お前これがあるから俺をお前に成りすませようとしたんだなぁ~!どうすんだよ!ホテル王の娘とディナーって…それにこっちのメッセージ…土地買い取りってなに?」
「俺の仕事…。っつうか…まぁ、そんなとこだろうと思った…そうゆうことだから。お前がその娘といい感じになって手~付けちゃったらお前ホテル王になれるぞ?そんでコッチのメッセージカードの会社の土地買ってそこにまたホテル作れば娘のお父さんに褒められんぞ?どう?こんな感じ?羨ましいんだろ?伊澤摩湖斗が!」
「ばっ!なにそれ?お前…」