村上
カズは気になっていた。
美和は今までどこで何をしていたのか。いつ北海道から戻ってきたのか。そして、なぜカズの携帯番号を知っていて、カズに連絡を取ってきたのか。高校を卒業してから十五年もの間、連絡はおろか年賀のやりとりさえしていない。
週末、カズは高校の同級生で、バンド仲間だった村上を呼び出した。
「久しぶりに飲まないか?」
村上は二つ返事でOKしてくれた。
村上に会うのは五年ぶりだ。最後に会ったのは村上の結婚式で、それ以来なんとなく疎遠になっていた。
村上の奥さんは小学校からの同級生で、美和の親友でもある恵理だ。村上も美和のことはよく知っている。
村上には悪いが、本当の目的は美和のことを聞くためだ。
「ごめん。待ったか?」
「いや。俺も今来たとこだ」
待ち合わせの場所に行くと、村上はもう待っていた。約束の時間より少し早い。
カズは村上に会ったとたん、純粋に嬉しくなった。
村上はバンドではドラムを叩いていた。ベースのカズとはいわゆるリズム隊で、お互い何も言わなくても理解しあえるほど一緒にいることが多かった。
ドラムの腕は、カズが知る限り、同世代のバンドの中では間違いなく一番だった。
バンドを組む場合、目立つボーカルやギターの希望者は多いのだが、ドラムはそう簡単にできる楽器ではない。だから、同じクラスに村上がいたのはカズがバンドを組むにあたって、このうえない幸運だったといえる。
それに、村上のおかげで、リズム隊がしっかりしているバンドほど軸がブレないということが、痛いほどわかった。楽器はテクニックだけではないのだ。
カズは、村上のレベルに届けとばかりに練習を重ねた。
村上と二人で飲んだのは何年ぶりだろう。
やはり古い友達とはいいものだ。仕事の愚痴、高校時代の友達のこと、そして多くの時間を共にしたバンドの話。何の遠慮もなく好きなことを言いあえる。どんなバカな話でも時間が惜しいとは思わない。
カズはすっかり美和のことを忘れていた。
ふと時計を見ると、そろそろ終電の時間が近づいていた。
店を出ようと席を立ったとき、雨が降っていることに気付いた。
マジか。傘は持ってきてない。
「よかったら泊まっていけよ」
村上が言った。
「いいのか?」
「恵理が実家に帰ってて、家に俺一人なんだよ」
村上なりの気遣いだと思った。
「何だ、一人で淋しいのか?」
「そんなんじゃねぇよ」
村上をからかいながらも、カズは村上の好意に甘えることにした。
居酒屋の近くのコンビニまで走り、ビニール傘とビールとつまみを買った。
そこから少し大きな通りまで歩いてタクシーを拾い、村上の家に向かった。
雨が少し強くなってきた。
「だいぶ降ってきましたねぇ」
タクシーの運転手が言った。
忙しなく動くワイパーを見ながら、カズは大事なことを思い出した。
そうだ。美和のことを聞かなければ。