右隣
「誰や、あいつ」
教室に入ってきた見知らぬ女子を見て、カズは恵理に聞いた。
「坂本が休みのときに北海道から転校してきた、吉村美和ちゃん」
恵理が得意げに説明した。
「ふーん」
カズは美和から視線を外し、男子のグループの輪の中に入っていった。
美和は挨拶するタイミングを逃した。
「ねぇ、吉村さん。昨日のテレビさぁ…」
恵理が話しかけてきた。
「うん…」
美和はじっとカズの方を見ていた。
美和がこのクラスにきて、三日目のことだった。
美和がここに来るまで不安に思っていたことなど忘れてしまうほど、このクラスの人たちはみんな優しかった。
何より、後ろの席に恵理がいてくれたことが大きい。休み時間になると美和が一人ぼっちにならないよう声をかけてくれたり、他の女子も一緒に会話の仲間に入れたりと、何かと気にかけてくれた。
トイレの場所を教えてくれたのも、もちろん恵理だ。
他にもこの学校やクラスのことは、何でも恵理に聞いた。
「ねぇ、吉村さん。今日から美和って呼んでいい?」
「うん」
お互い少し照れながら笑顔で交わしたこの一言が、美和にとって忘れられないものとなった。
恵理が友達になってくれてほんとによかった。
恵理のおかげで友達も増え、男子とも少しずつだが喋れるようになってきた。
しかし、美和はなんとなくカズが苦手だった。
男子とはあんなに楽しそうにお喋りしているのに、隣の席の美和とは一言も話さない。
かといって、美和の方から話しかける勇気などあるわけもない。
カズは恵理とは仲が良かったが、ほかの女子には、なんとなく愛想が悪いようにも見えた。
私、嫌われてるのかな。
美和はちょっぴり悲しかった。
だから、なるべく右隣は見ないようにしていた。
「あっ…」
授業中、美和は消しゴムを落としてしまった。
消しゴムは二、三度跳ねて右隣の席の足元に転がった。
カズはノートをとるわけでもなく、窓の外を眺めていた。
どうしよう。
美和は焦った。
自分で消しゴムを拾う勇気もなければ、ましてやカズに話しかけることなど到底できるわけがない。
このまま休み時間になるのを待つか、それとも後ろの席の恵理に借りようか。
どうしよう―
美和はどうすることもできずに、机の上のノートに目を落とした。
すると、ポンとノートの上に美和の消しゴムが飛んできた。
美和は思わずカズを見た。
「北海道の味噌ラーメンって美味いと?」
突然、隣の席のカズが正面を向いたまま口を開いた。
「俺、とんこつラーメンってあんまり好きやないんよね」
美和は急に話しかけられて、慌てて下を向いた。
「味噌ラーメン…美味しいよ」
美和は下を向いたまま答えた。
おそらく顔は真っ赤だ。
「ふーん」
美和はドキドキした。
「一回でいいから北海道の味噌ラーメン喰ってみたいんやけど」
カズは黒板に目線を向けたまま、照れくさそうに言った。
「吉村、美味いとこ知っとぉ?」
美和はなんだか嬉しくなった。
「うん」
一度も目を合わせることはなかったが、それがカズとの初めての会話だった。
四年二組に来てから、もう一週間が経とうとしていた。