美和
家に居るときはパソコンに向かっていることが多い。といっても別に仕事をしているわけではなく、インターネットやゲームで遊んでいるわけでもない。基本的にパソコンには興味はない。音楽を楽しむツールとして使っているだけである。好きなCDを借りてきてパソコンに取り込み、デジタルオーディオプレーヤーで聴く。あるいは好きな曲だけを集めて、オリジナルのCDを作る。
このパソコンは、そのためだけに買ったようなものだ。
今はダウンロードが当たり前の時代だが、カズはずっとCDにこだわっている。ずっと音楽を演っていたからか、CDのジャケットや、アルバムに参加しているスタジオミュージシャンにも興味があった。
そして何より、CDの方がネットよりも音が良いと感じていた。
今日は久しぶりに休暇が取れたので、朝から近くのレンタルショップでCDを一枚借りてきた。五年ほど前に発売されたもので、たぶん誰も知らないようなロックバンドだが、まるで誰かに強烈にプッシュされているかのようにずっと前から気になっていた。
まだ昼間だが、暑いことを理由に缶ビールのタブを引く。
いつものようにパソコンに取り込んだ後、ビールを飲みながら、一度じっくりと聴いてみる。
初めて聴いたとは思えないくらいしっくりきた。そしてどこかで聴いたような、そんな懐かしい気さえした。
なかなかカッコイイやん。
気に入った。
カズは、二本目の缶を開けた。
ビールのせいか少しウトウトしていると、テーブルの上の携帯が鳴った。画面には知らない番号が表示されている。いつもは知らない番号には出ないのだが、誘われるようについ出てしまった。
「もしもし…」
少し声のトーンを落とす。
「やっと繋がった。もしもし。カズ?久しぶり」
「…?」
対照的な明るい女性の声が耳につく。
悪戯か?
「もしもし。カズ、聞こえてる?」
聞こえてはいるが、誰だ?
「あの…」
「私。忘れちゃった?美和だよ」
美和?
そうか、思い出した。
小学生の時に北海道から近所に引っ越してきて、中学、高校と同級生だった。高校を卒業してカズは隣街に就職し、美和はたしか北海道の大学に進学したはずだ。
それ以来、美和とは会っていない。
「おーい。もしもーし」
電話の向こうで美和が叫んでいる。
「あぁ、聞こえてるよ」
カズは平静を装った。
「久しぶり。急にどうしたんだ?」
突然の同級生からの電話に、懐かしさと照れくささが入り混じる。
「なんか急に声が聞きたくなって電話しちゃった。別にいいでしょ?」
一方的な言い分は昔と変わらない。
「ところで今どこにいるんだ?」
北海道から戻ってきたのか。
「今?カズんちの下にいるよ」
カズは慌てて部屋の窓から外を見た。
雨が降っている。
「ウソだよ」
美和はいたずらっぽく笑った。
「ねぇ、来週会わない?」
来週か。土曜日なら別にこれといって用事はない。
「土曜日なら空いてるけど…」
「土曜日ね。じゃあまた連絡するね」
「わかった」
電話を切るとき、遠くで救急車のサイレンの音がした。カズはその音が家の外からと電話の向こうの両方から聞こえていたことに気付かなかった。