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  作者: zaku
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黒いスーツの男

 まだ五月半ばだというのに今日はかなり蒸し暑い。効きの悪いエアコンは七月にならないと入らない。幸いこの会社は、営業部以外はカジュアルな服装が許されている。この時期にはそれだけが救いだ。

 それにしても暑い。

 早くエアコンを入れてくれ。多少効きは悪くても無いよりはマシだ。

 カズはチェックのシャツを脱ぎ、椅子の背もたれにかけ、Tシャツ一枚になった。窓は全開だが風は入ってこない。Tシャツの胸のあたりを浮かせて、伝票を挟んだクリップボードをうちわがわりに扇ぐ。生暖かい風が汗ばんだ体の温度を少しだけ下げてくれた。


 経理課の仕事は単純作業である。

 書店などから回収された本の売上伝票を整理し、本の種類や書店別に売上部数と金額をパソコンに入力する。そのデータベースをもとに、翌月の発行部数の予定などを立てる。

 予定といっても、すでにプログラミングされているため、数字を入れれば勝手に答えは出てくるし、出てくる答えは、毎月ほぼ同じだ。

 あとは、営業部が開拓してきた新規の事業所や店舗の登録作業、営業や出版にかかった諸経費の管理。これは領収書や請求書の整理から始まるのだが、営業部が持ってくる領収書など怪しいものである。

 中には本当に経費で落としていいのかと思えるようなものもあるが、課長も、その上のもっと偉い人も何も言わないのだから問題ないのだろう。

 仕事がわかり始めたころは、上司に異を唱えたこともあったが、今ではすっかり長いものに巻かれてしまった。

 こんな仕事、真面目にやっていても楽しいわけがない。


 急に眠たくなってきた。午後二時過ぎ。昼食の後で一番眠たくなる時間だ。

 ふと窓の外を見ると、今にも雨が落ちてきそうな真っ黒な雨雲が垂れ込めている。

 蒸し暑さが更に増す。

 何だろう。なぜだか焦げ臭い。

 もう一度窓の外を眺めてみる。

 特に変わった様子は確認できない。

 気のせいだろうか。

 まぁいい。顔でも洗ってくるか。

 席を立とうとしたとき、黒いスーツの男がこっちに向かって歩いてくるのを視界の隅に捉えた。

 営業部か?


 「キーン」

 ラップ音だ。

 体が動かない。

 黒いスーツの男は、フラフラと力なく左右に揺れながら歩いている。

 誰だ。

 だんだんこっちに近づいてくる。

 焦げ臭さが鼻を衝く。

 「キーン」

 鼓動が速まる。

 「キーン」

 男の首が、ない。

 来るな!

 背中を脂汗が流れる。

 来るな!

 男の両手がこっちに向かって伸びる。

 やめろ!

 突然、カズの目の前で、それは消えた。


 呼吸が荒い。

 額に汗がにじむ。

 周りの同僚たちは、何事もなかったように暑さに文句を言いながら仕事をしている。

 「どうかしたんですか?」

 隣の席の後輩が言った。

 「雨、降ってきましたね」

 「あ、あぁ…」

 今見たものは…

 カズは黒いスーツの男が歩いてきた方をじっと見つめた。

 これが地下室の怨念なのか―



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