雨
外は激しく雨が降っている。
カズは行きつけの居酒屋にいた。
生ビールを半分ほど飲んだところに美和が遅れてやってきた。
「ごめーん。遅くなっちゃった」
「遅い」
カズは少し怒ったフリをした。
「だって…」
美和はもっともらしい言い訳を始めた。
「わかったから、何か頼めよ」
美和は言い訳を続けながら、甘いカクテルを注文した。
「で、話って何だ?」
カズはこの雨の中、さっきの電話で美和に呼び出されたのだった。
正直、カズは嬉しかった。
「うーん…」
美和はうつむいて何か考え込んでいる。
何かあったのか。
「どうした?」
美和は顔をあげて、無理やり作ったような笑顔で言った。
「やっぱりいいや」
そこへ美和のカクテルが運ばれてきた。
「ね。飲も」
今度は本当の笑顔に見えた。
「はい。カンパーイ」
半分しか入ってないビールジョッキを無理やり持たされた。
いつもの美和のペースだ。
いったい何なんだ。
美和の言動に振り回されているような気がして、何だか腑に落ちない気分だったが、カズはこの際あれこれ詮索しないことにした。
美和も言いたくなれば言うだろうし、今はこうして二人の時間を素直に楽しめばいい。
カズは残りの生ビールを一気に飲み干し、二杯目を注文した。
「ねぇ、なんとなく誰かに見られてるような気がすることってない?」
ホラー好きの美和が唐突に言った。
「振り返っても誰もいない、みたいな」
そんなことはしょっちゅうある。カズは思った。
「そういうときは、上を見ちゃダメだよ」
美和は急に真顔になった。
「上にいるんだって」
そして低い小さな声で続けた。
「目が合ったら、そのまま連れて行かれちゃうんだよ」
カズは美和の真剣な表情を見て、思わず笑ってしまった。
「何で笑うん。真面目に言ってるのに」
美和はわざと頬を膨らませた。
「ごめんごめん」
「もう。サイテー」
美和も笑った。
「美和は何で北海道の大学に行ったんだっけ?」
カズは酔った勢いもあって、とぼけて聞いてみた。
ここから話が展開できれば、美和の十五年がわかるかもしれない。
「カズが北海道に行ってみたいって言ってたからだよ」
どういう意味だ?
「そういえば、恵理と村上くんって結婚したんでしょ?」
また話をかわされた。
「今頃何言ってんだよ。もう五年も前のことだぞ」
カズは少し苛立った。
「そうだけど…」
美和は口ごもった。
カズははっとした。そういえば、美和は村上の結婚式に来ていない。
その時も美和がいなかったことに誰も触れなかったし、出席できない何か特別な理由があるのだろうと、カズもあえて触れなかったのだ。
カズは「しまった」と思った。
美和を傷つけてしまったかもしれない。
「ごめん…」
「うん…」
また一段と雨音が激しくなった。
雨はまだ止みそうにない。




