居酒屋
映画は二時間弱で終わった。普段あまり映画を観ないカズにとっては若干長くも感じられたが、話の展開が早く、飽きるということはなかった。
それにこの手の映画は、ストーリーよりも視覚や音に脅かされてばかりで、退屈する暇がない。
「怖かったぁ」
美和は満足したようだ。
「今日は付き合ってくれてありがとね」
え?もう帰るのか?
一瞬そう思った。
まだ何にも聞いてないのに…
雨が二人の傘をたたく。
お互い黙ったまま少し歩いた。
カズは思い切って切り出した。
「美和さぁ…」
「カズ、お腹空かない?」
「え?」
「ねぇ何か食べに行こ。ね。お店はカズに任せるから」
話の腰を折られた。
カズは少しムッとしたが、悟られないように正面を向いたまま言った。
「居酒屋でいいか?」
「そこってカズの行きつけとか?」
「ああ」
「じゃあそこで決まりね」
なぜか嬉しそうにはしゃぐ美和を見て、カズもなんとなく嬉しくなった。
カズの行きつけの居酒屋は、とても女性を連れて行くような洒落た店ではなかった。ただ、魚は美味い。それだけが売りの、いかにもオヤジ受けするような店だ。
「こんなとこで悪いな」
「何で?」
「洒落た店とか知らないから」
「いいよ。だってカズの行きつけなんでしょ?」
美和はあまりアルコールが得意じゃないのか、アルコール度数の低い甘そうなカクテルを選んでいる。
こんな店にもカクテルがあったのか。
ビールと焼酎しか飲まないカズには、なんとなく新鮮に感じられた。
少し酔いが回ったところでカズは思い切って聞いてみた。
「美和って高校卒業してから今まで何してたんだ?」
美和は少しだけ目を伏せて言った。
「聞きたい?」
カズはドキッとした。
「まぁ、言いたくないならいいけど…」
失敗した。
「なら教えなーい」
やっぱり。
なんとなくそう言われると思った。
ただ、遠くを見つめている視線が少し気になった。
結局何も聞けないまま店を出た。
まぁいい。またいつか会えるだろうし、無理に聞いて美和の機嫌を損ねるのも嫌だ。
そんなことを考えながら駅まで歩く。
そういえば、美和はどこに住んでいるんだろう。
「これからどうやって帰る?」
「帰らないよ」
「あぁ?」
「カズんちに泊まっちゃおうかなぁ」
何言ってるんだ?
「ウソだよ。バーカ」
美和は「またね」と手を振って、カズの前からいなくなった。
カズは美和がどっちへ行ったのか、なぜかわからなかった。
雨はいつの間にか止んでいた。




