干支達の夢 その十b 【在北鶏心男】
干支に関するショートショートです。今回は とり その2です。鳥と言っても様々なものがあります。今回はチキンハートの持ち主の、狂気に満ちたお話です。
今、オレの目の前にあるボタン。妖しげな光を放つ、朱色の丸い
ボタンだ。
フフン、こうしてこれが現実になった今でも、オレは半分夢を見て
いるようだ。
もしかしたら、これは夢なのか? いいや、そこに転がっている参
謀長が、これは現実なのだとオレに教えてくれる。畜生! 陰でオレ
の事をバカにして笑っていたヤツらめ、今からオレがしようとしてい
る事を知っても笑っていられるのなら、笑ってみやがれ! ついに決
行の時だ!
生まれた時から自分の行く道は決められていた。オレだって好きで
今の自分になった訳じゃない。本当はハリウッドに行って映画監督に
なりたかった。
けれどオレを取り巻く状況はそれを決して許してはくれなかったの
だ。
父親の強い権力。父親一人に何人かの母親達。そう、実の母親の望
むままにこうして今に至ってしまっただけだ。オレは実の母親の事が
好きだった。母親の泣く姿は見たくなかった。ただ、それだけの事だ
った。
「お前は優しい子だよ。けれど女々しいところもある。そんなんじゃ
ダメさ。もっと強い心をお持ち! そう、恥ずべきは臆病者、という
事をお忘れでないよ」
母親は口癖のようにそう言っていたっけ。だからオレは臆病者と見
られないように行動した。真の臆病者だからこそ、余計にだ。母親の
笑顔が見たい、その一心がオレをより過激にさせた。
その母親が亡くなってからは、参謀長がオレの後ろ盾になった。
けれど、オレは心の底から安らぐ事が出来なくなっていた。母親の
笑顔、それがもう無かったからだ。だが、オレはいつでも母親の言
葉を思い出しては、臆病者じゃないんだ! という事を証明し続け
た。それが唯一の母親孝行だと信じたからだ。
ふと気がづけば、オレに面と向かって逆らうヤツはいなくなって
いた。だけどオレは知っている。陰でヤツらがオレにどんな事を言
っているか。よその国がオレをどんな風にコケにしているのか。け
れどオレは何も知らない裸の王様を演じて見せている。母親が死ん
だ時にそう誓ったのだから。
ねえ、オモニ? オモニ以外はみんな敵なんだよね? 無くなっ
ちゃえばいい!
手を伸ばし、人差し指でボタンに触れた。けれど、ああ、と思い
返し
「イエ~イ」
そう言いながら親指に変えてボタンを押した。思いの外、軽い感触
だった。
自然に笑いが込み上げて来た。チキン野郎じゃこんなコトは出来
ないね? オレ、臆病者じゃないよね?
白く輝く光の中、母親の笑顔が見えた気がした。
政治的思想はありません。あしからず。