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ファンタジーもの

絶対服従

作者: 花ゆき

 群れから隠れるように生きてきた私にとって、彼の率いる群れは煩わしいものだった。私は一人で生きていける。それを、彼が無理矢理屈服させたのだ。本能が強い雄に従えと、刃向かおうとした爪を収めさせる。彼はその様子を満足そうに見ていた。私があの時油断なんてしていなければ、こんなことにならなかったのに。



 私は気配に敏感だ。一人で旅をしているせいかもしれない。物音で危険を察し、その敏感さで危機をくぐり抜けてきた。はぐれ人狼である私は、そうやって生きてきたのだ。これからもずっとそうやって生きていくと信じていた。マントのフードを被って人狼である証の耳を隠し、ウェーブがかった赤銅色の髪もフードの中にしまう。尻尾はマントに隠されている。そうやって自身の存在感を消して、旅をしていた。


 ある時、人狼の群れの気配を感じた。群れが近くに来ていると気づいた時、どんな群れなのだろうかと気になった。私がもし群れにいたなら、どのようになるのだろうと思ったのだ。だが、覗くべきではなかった。遺跡の建物に隠れて覗くと、群れの先頭を行く男と目が合ってしまう。彼の眼光は鋭く、私の存在はすでにバレてしまっていると気づいた。


 いつの間にか、私の羽織っているマントのはためく方向が西から東へと変わっている。ちょうど風向きが変わり、こちらが風上になってしまったらしい。彼が匂いで気づくのも無理はない。彼の目は獲物を見る強者の目だった。私は狩られると本能的に感じた。みっともなくていい。彼の力強い視線から無理やり目をそらし、走って逃げた。遺跡を出れば、遮蔽物は何もない。ただ平地が続く。彼の方向から複数の足音が追ってきているのを感じた。



 それから、私は逃げて逃げて逃げまくった。群れが近づけば音で察知し、早々と避ける。しかし彼は鼻が利くらしく、私の匂いを覚えているようだった。避けているのに、群れがふり切れない。とうとう足音が近くにまで来てしまった。逃げる私の腕を彼に掴まれる。あぁ、捕まってしまった。


 彼は精悍な顔立ちをしており、見たところ若かった。凛々しい眉に、暖かみのある褐色の瞳をしている。後ろで少し伸びた焦げ茶の髪を束ねていた。まるで第二の尻尾だ。


 人狼は実力主義だ。強ければ強いほど、群れで重視される。彼はまだ少年めいた顔立ちをしているだけに、相当な強者なのだろう。私を引き止める腕の力も強い。群れの長に早々となってしまうほど彼が優秀だという表れだった。


「群れのリーダーには絶対服従。分かってるな?」

「私は群れないわ」

「それは俺が許さない。首をさらせ」

「いや!」


 狼の力がセーブ出来ていなかったのか、腕を払った時彼の皮膚を爪で切ってしまった。彼の血を見て、ヤバいと思った。雄は狩猟本能が強いと聞く。それを意図せず煽ってしまったのだ。


「ハハッ、こいつはいい。さすが俺の見定めた女だ。退屈させないな」


 血を舌でぬぐう彼の目が本能に揺らめいていた。後退りした私をおさえつけ、私の無防備な首筋に噛みつく。


「リーダーには絶対服従だ。分かってるな?」


 逆らうことなど許さない強者の言葉だった。逃げ出したいのに、なぜかこくりと頷いてしまう。強者に首筋を噛まれたことで、狼の血が彼に従っていた。私は群れになんて属していないのに、本能が私の意思を凌駕する。屈辱を感じた。認めていない、知りもしない雄に押さえつけられて征服されて。腹が立つのは強者に従う喜びすらこみ上げる自分だ。私ははぐれ人狼だというのに。


 ――ふざけるな。私だって人狼だ。


 私は目に野生をたぎらせ、彼の首筋に噛みついた。どうよと反抗的に睨めば、彼はククッと体を揺らして笑った。自身の首筋から滲む血を指にとり、私の唇に塗りつける。


「お前のその負けん気に免じて、今回は逃がしてやるよ」


 それは本当かと問いかけようとした時、唇を奪われた。血の味と生々しい感覚が私を踏み荒らしていくようだった。


「今日はこれで逃がしてやる。また会うのが楽しみだな?」


 そうニヤリと笑う彼の目は嗜虐心すら滲んでいる。人狼の本能は凶暴だ。私は急いで逃げ出した。その逃げる様を弄ぶかのように彼は数日その場にとどまり、私が逃げ切ったころに動き出した。どこまでも私を馬鹿にしている。 余裕を見せつけるような態度に苛立ったものだ。逃げ切ってやると心に強く思った。



 彼は私を捕らえるたびに、お前の雄は俺だというように首筋に噛みついてきた。逃げてもその都度捕まる。彼は鹿肉や魚を私にくれた。わざわざ捕まえてきたらしく、私が美味しいと言うと珍しく少年めいた顔で嬉しそうにするのだ。私を追う時のような闘争心をむき出しにした彼とのギャップに、ドキリと胸がざわついた。だが、彼と私は追う者・追われる者の関係だ。私はその感情に知らないふりをした。それから彼の群れでもてなされて、逃がされる。この繰り返しだった。


 彼に捕まれば、彼の絶対的な強さに従わずにはいられない。強い雄に従わせられることに雌の本能が喜びを感じる。私の理性は屈したくないのに本能が折れていく。本能がこの雄に従えという。この雄に全てを捧げろと。いつしか本能だけでなく、心の底から従う日は近いかもしれない。私は理性が勝っている今のうちにと思い、彼に言った。


「もう私に干渉しないで」


 私は自分の変化が受け入れられなかった。彼の群れにふれるたび、一人に戻った時が寂しくなる。彼の群れを知れば知るほど、一人でいることの寂しさを感じた。彼の群れが楽しいとさえ思うようになっていた。彼に会うまでは寂しさなんて知らなかったのに、どうしてくれるのだろう。一人狼は孤独に慣れていなければいけないのに、群れの暖かさを知ってしまったのだ。


「こいよ」


 心の中で、彼と一緒に過ごす姿が浮かんでしまった。その動揺を察したのか、もう一度彼が言う。


「こいよ、俺の群れに」


 手を引かれ、彼の腕の中で孤独から解放されたことに思わず涙した。彼と一緒にいたいと思った。いつしか追われるうちに彼を知り、惹かれていたのだ。彼の体温を感じ、もはや感情を隠すことなどできなかった。


「伝わったか?」

「私を群れに入れて」

「……それだけじゃない。俺のつがいになってほしい」


 遠回しにつがいになってくれと言われていたらしい。直球になって、ようやく分かった。理解した瞬間、顔が熱くなる。


「お前に初めて会った時から惹かれてた。好きだ」

「私も、あなたを知れば知るほど好きになってた」


 彼の背に手を伸ばす。彼は感極まったように私の首元に頭をこしこしなすりつけてきた。私はそんな彼の甘えるような仕草を受け入れる。この日から、彼のつがいになった。



「これでリーダーも落ち着くだろ」

「つがい探すって、あちこち旅してきたからなぁ」






 彼とつがいになってから、初めての満月の夜がきた。 なぜか彼は落ち着きがない。それを他の群れの男が冷やかす。


「リーダー、そわそわしすぎてみっともないですよ」

「仕方ねーよ。つがいもちの初めての満月だもんな」

「リーダー、今日はみんな早く寝ますから!」

「うるさいぞ、お前ら!」


 なぜか気を利かせられ、いつもより静かな夜になった。彼と群れからこっそり抜けだして、夜空を見上げた。


「綺麗な満月だね」

「ああ」


 私の髪に満月花がさされた。純白の花がふわりと高貴な香りを放つ。思わずその香りに頬を緩ませた。


「お前にやる」

「嬉しい」


 純粋に喜んでいると、何故か彼はため息をつく。


「はぐれだからお前は知らないのか。満月花はお前がほしいって意味だ。受けとった場合、今夜は好きにしてという意味をもつ」

「えっ、あの、私知らなくて」

「嘘だろう? こんな体の線が丸わかりの服を着てるんだ。うすうす気がついていたんじゃないか? どうなんだ?」


 彼の体を見透かすような視線に気まずくなって、上から羽織ったガウンで体の線を隠す。前日から、今日の夜はこの服を着てくださいねと群れの女性に言われていたのだが、その時感じてたことが当たったようだ。


「……そうかなとは思ってた。でも満月花を知らなかったのは本当」

「今更遅い。お前の望み通り、今夜は好きにさせてもらう」

「そんなつもりじゃなかったのに」

「首を曝け出せ」


 彼の眼光に逆らえない。むしろ従う喜びを感じながら、彼に首を曝け出す。彼の吐息を首元に感じ、味見するようにペロリと舐められた。そして彼の牙で噛まれる。少し血が滲むくらいの強さで、肌に刻まれた。


「お前がほしい。……ダメか?」


 彼の声にたまらず抱きつく。予想したよりもか細い声が彼の耳にふきこまれた。


「……今夜は好きにして」



 つがいもちの満月の夜は甘いものだ。初めての満月の夜ならなおさら。そこからは満月だけが知っている。

『即興短編集』にある「絶対服従」を加筆したものです。 http://ncode.syosetu.com/n3680ca/19/

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