【ストーカー編】再戦
「遥ちゃーんどこにいるのー」
ベットルームを見回している様子の偽エビス。警官の格好はしておらず私服で部屋を徘徊していた。
「あの時はよくもやってくれたよね、おかげで僕は仕事を辞めさせられて妻にも逃げられたんだよー」
それはお前の自業自得だろ。
「でも神様はいるもんだね、君が生徒手帳を落としていくんだもの。変装してたのには驚いたよ。けど甘いね。これは神様が復讐しろって言ってるんだよ」
それは逆恨みだろ。
俺は玄関で寝そべったまま動けないでいた。だが偽エビスの声は部屋中に響いている為、玄関からでも十分聞こえる。気絶した振りして騙されてくれたから俺は助かったが、これでは逆に遥がピンチにさらされ、守ると言った約束を破棄する事になる。
俺は考え込んでいた。
『全くワシの言う事を聞かぬからこうなるんじゃ』
『おお、説教は後にしてや、それよりも早く』
目の前にはいつの間にか飴玉ンがいて、それを見た俺は口を大きく開けた。
『洞窟に入るみたいじゃの』
飴玉ンはゆっくり口内に入ってきた。その感触がくすぐったくてくしゃみが出そうになるのを必死で堪えていた。
『変身完了じゃ』
すぐに唾液まみれの飴玉ンが出てきた。不思議と焦りはあまり無い。チュッパマンになったからかもしれない。
『よいしょって痛! 変身したからって動けんと意味ねえな』
起きようとお腹に力を入れると背中がまだ痛む。
『大丈夫じゃ、軟弱なお主のため今日は青のマスクにしておる』
『青ってそんなにすげえん?』
『いちいち聞くでない。百聞は一見にしかずじゃ』
『言っとくけど黄色みてえなのはゴメンじゃけんな』
『気にするな、あれは悪ふざけじゃ』
『はああああああぁ!』
露出魔に仕立て上げられた俺にとってこれ以上の侮辱は無いと思った。青のマスクが赤になりそうだ。
『馬鹿者! こんな時に大声を出す奴があるか!!』
俺の反応に驚いている。
『いやアンタの方がうっさい』
「ん、二人の男の声? あのハゲ親父が助けでも呼んだか」
やべえばれた!
(ドスドスドスドス)
偽エビスが戻ってきた。
必死の匍匐前進ですぐ横の洗面所に身を隠した。
「いない、逃げた? これはやばいね」
何とか間に合ったが、まだ危機は去っていない。
『あ奴がここを通りかかったら、すぐさま(コーラ)と言いながら足をかけるのじゃぞ、分かったな』
『わ、分かった』
偽エビスが玄関に続く三メートル程の廊下を走ってきているのを耳で感じ取っていた。
俺はその廊下の途中から枝分かれした場所にある洗面所でうつ伏せのまま床を見つめていた。
(ドスドス)
視界の裾から片足が出てきた。
「よし今じゃ」
「コォーーラァ!」
(ゴスッ)
見事両足を捕らえた。
「なっ君はあの時の変態君」
偽エビスの足は強制的に阻まれ、残った上半身は慣性の法則に従い、頭から突っ込んでいく。向かった先はコンクリの床だ。これはやりすぎたと思ったその時。
(ゴロッ)
偽エビスは瞬時に顎を引き背中を丸めてジャンプ前回りをした。これはこれでやばい。
「甘いわ!」
(ドオォーン)
が距離が足りず背中を玄関のドアに思い切りぶつけ、そのままドアにもたれかかる形で動かなくなった。
「が、背後を襲うとは卑怯、も…の…」
……俺が倒したって事でええんかな?
なんか前回といい今回といい倒し方が姑息過ぎてヒーローより悪者って感じがしてきた、それも黒幕じゃなく下っぱ。
でもま、ええか。
何はともあれ危機は去った。俺は痛みの引いてきた背中を押さえながらゆっくりと立ち上がった。
「遥ーもう倒したけん、出てきてええでー」
(ガチャ)
真後ろから音がして、振り向いていたら、突如背中に激痛が走る。
「が、背後を襲うとは卑怯、も…の…」
(バタ)
病み上がりの背中がトイレのドアに攻撃され、うつ伏せに倒れたまま動けなくなった。
「あっゴメンねー」
黒幕強し。
「お主にしてはよくやった」
「素直に褒めろや」
「ごめんね♪」
会話を遮って謝る遥、そんな遥をスルーする俺。俺はまだ洗面所でビーチフラッグのスタート位置に着いたままだ。スタートの邪魔した遥をまだ許していない。
「そういやさ、青マスクの特殊攻撃って何だったん?」
「ああ、今回は使った意味無かったのー。口で言うよりも見て欲しかったんじゃが、まあよい、それはの」
「ホントーにごめん」
また謝る遥をスルーする。
「それは?」
『よっこいしょ』
「よっこいしょ? 何それ」
「ワシは言っておらんわ!」
「ん? でもアンタしかおらんが」
「ホントごめんなさい」
みたびスルー。
「…ああ、なるほど」
遮る奴はここにおった。
「え〜と悪いんじゃが遥ちゃん」
「えっ? ナニナニ」
遥の食い付きようは腹をすかした雛鳥の様。
「少し静かにしてもらえんじゃろうか」
「ひどっ、キャンディまで私をのけ者にするー」
あっふてた。でもそれには俺も同意見だ。
「ち、違うんじゃ」
「ええけん、青の力、はよう言ってや」
「あ、ああ、(コーラ)と言って相手に触れると相手は触れられた場所がシュワシュワになる、つまりは痺れると言う訳じゃ」
「すげえ、まともにすげえ」
「そうじゃろまさにスタンガンいらずじゃ」
『こんな変態にこの僕が倒されるなんて』
「遥、いちいちうっさい」
「何よ! いくらなんでもひどすぎー私じゃないわよー、私そんな低い声出ないし」
「じゃあ、さっきの声は誰?」
…………………………
「「「うわーーーー!」」」
絶対絶命!俺は寝たまま、遥は戦力外、こうなったら。
「行けっ飴玉アターーック」
「……」
「あれ? キャンディどうしたの」
「……」
コイツただの飴玉のフリしてやがる。
「二人して何に話かけてるんだい?」
偽エビスは俺達を見下ろしている。相変わらず口調と顔つきは穏やかだがやっている事は正反対だ。
「イヤーー離してってば」
遥の手を掴み無理矢理ベットルームまで連れて行っている。このギャップが彼の不気味なオーラの元だ。
「ちょっと何すん、んーー、んー」
「遥ちゃんごめんねー後でゆっくり遊んであげるからね」
おそらくベットのシーツでも使って縛ってるはずだ。
「んーー、んーー」
「そんなに喜んでくれるとわ、分かったよ。急いでお邪魔虫を退治してあげる」
「んーん、んんー」
「分かってるって待ってて」
「んーー」
全く噛み合わなかったであろう話を終え、彼だけまた戻ってきた。
「変態君、また会うとわね。ハゲのオジサンはどこ?」
どうやら同一人物とは気付かれてない様だ。
「知らん」
俺は前とは打って変わって強気に出てみる。
「君、立場分かってるの? 温厚な僕も流石に怒るよ」
相変わらずの笑顔だが目が笑っていない。どうやらそうとうムカついたらしい。
俺は偽エビスのモノマネで返す事にした。もっと怒らしてみようと思う。
「こーらー、こんな事しちゃあ駄目でしょ」
すると俺の腹を踏み潰す様に蹴ってきた。にも関わらず俺は一瞬顔を歪めただけで、その後すぐに不敵に笑って見せた。
「殺すよ、君」
偽エビスの顔は、もはやエビスの雰囲気は皆無だ。その眼光でいつもなら背筋が凍りついていただろうが勝利を確信した今は違った。そんな俺にさらに腹を立てた偽エビスは、また足蹴にしようと足を後ろに振り上げた、その時。
「…うぎゃー」
中年男の聞くに堪えない悲鳴が部屋中に響いた。だが俺はまだ不敵に笑っている、そう、悲鳴は偽エビスの口から聞こえ、そして彼は今、苦悶の表情で壁にもたれ掛かっていた。
「何をした」
俺を見る眼光は鋭さを増すばかり、しかし恐れている場合でない。形勢は俺に傾いている。
休む間を与えず、一気に畳み掛けるべく偽エビスの足元に手を伸ばす。
「さあ?もう一丁、コォーラ」
「何を!」
(ガシッ)
俺は蹴っていた足とは逆の足を掴んだ。偽エビスも避けようとしたみたいだったが動くと一層、眉間の皺を深めた、避けるどころではないみたいだ。
「ぎゃーー」
なんとか支えていた最後の柱も痺れてしまい、巨体が崩れ落ちた。
その後は、念のため全身痺れさしておいて、遥を縛っていたシーツで彼を縛った。
「やっと終わったー」
変身を解き、汗を流して風呂から上がり、トランクス一丁で出た。
「お主見直したぞい」
「俺はアンタを見損なった」
「まあそう言うでない、それより背中はもう大丈夫なのか?」
「話変えんな」
「いやいや違う、本気でお主の体が、ってそうじゃ遥ちゃん、こ奴にマッサージしてあげてくれんか」
「えーーめんど…嘘嘘、やらせてー」
「ええで」
そのままベットにうつ伏せになった俺に遥が馬乗りになってマッサージをしてくれている。最初は渋々受けていたが、思いのほか気持ちが良くノリノリになっていた。それがまずかった。
「あーーいい、気持ちええ、遥はテクニシャンじゃなー」
「ちょっとその言い方やらしー、チョーシに乗ってるとミカッチに言いつけるよー」
しばらく至福の時を過ごしていた。しかし不幸は突然やってきてしまう。
「お父さん最低! やっぱり浮気してたんだ」
意外な人の声だった。
「えっ! 美華なんでここに!?」
「えっ! ミカッチどーして!?」
俺と遥、二人同時に玄関の方を向いた。そこには仁王立ちで俺を睨み付ける般若の様な美華がいた。
「えーーー! ハルちゃん!? そんな、あなたが浮気相手だったなんて」
「ちょっと待ってよ、違うわよ、なんでこんなハゲ親父と」
「そう、なんで俺みたいなハゲ親父と、っておい!」
「黙れ! 言い訳なんか聞きたくないわよ、クソ親父」
「ちょ」
「お前なんて死ね、ハゲ!」
また美華に新たなトラウマを刻み込んでしまった。俺も同じくだ。
チャラリ〜♪鼻毛はボ〜ボ〜♪
チャラリ〜♪尻毛もボ〜ボ〜♪
チャラリ〜♪だが毛はス〜ス〜♪
所詮俺なんてただのハゲだもの、他人どころか、家族どころか、自分の頭も満足に守れないダメ人間だか、えっ頭、頭?
「……なあ」
「なんじゃ?」
「青の力を頭に使うと記憶も消せる?」
「やった事ないが出来るかもしれんのう」
「何一人でブツブツ喋ってんのよ!」
美華が不信そうに言ってくる。
「ふーん分かった。遥、お願い」
「りょーかーい♪」
(タッタッタ、カチャ)
「ハルちゃんあなた何してんの? なんで鍵閉め、え? なんでここに変態が、ちょっ、こ、こ、来ないでー」
「ミカッチごめんね♪」
「キャーーーーー!!!」
※記憶隠蔽は成功したけど、美華はその日から変態に襲われる夢を毎晩見るようになったそうな。千恵子もなんとか分かってくれました。
ちなみに後日、KBCと着うたは美華に「キモイ」と言われ、やめました。