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【ストーカー編】依頼

 「お主がエビス警官を倒した後ワシを置いて会社に行ったのを覚えておるか」

「ああ、うん」

「……それで美華の持っていた手さげカバァ、ンドバックに潜り込んで、安心したら眠くなっての、気付いたら遥の家におったという訳なんじゃ」

「ああ、うん」

「本当に分かっておるのか」

「ああ、うん」

気の抜けた返事を繰り返す俺。

まさに心此処にあらずだ。

「それでワシの事もばれての、開き直って遥には洗いざらい全てぶちまけたのじゃ。もちろんお主の事も含めての」

飴玉ンの声をBGM程度に聞き流しながら俺の神経は風呂にいっていた。

(シャーーーーーー)

微かに聞こえるシャワーの音を必死で拾っている。あそこには脱ぎたてのパンツが横たわっていて、さらに奥には遥が生まれたままの姿で水と戯れているはず、これは別におかしくなった訳ではなく男として成すべき事を成しているだけ、逆に邪まな考えを持たないほうがおかしい。だってここはラブホテル。ラブホテルで成すべき事は一つだけではないか。 

 俺はベットに座って大きくなったチョコバナナを隠しながら、遥が準備を終えるの楽しみに待っていた。

「…おいっ、どうじゃと聞いておろうが」

「はっ? ああ、うん」

なおも水を差してくる飴玉ンが鬱陶しくてたまらなかった。もはや何故遥が俺の事を知っていたかなどどうでもいい。

「聞いておらぬじゃろ?」

「ああ、うん」

「やはり」

「え? いやっ間違えた。ちゃんと聞いとったで」

「本当か、それならばワシの言うた事もう一遍言うてみい」

さっき流れていたBGMを思い出そうと頭をフル回転させたが、所詮は毛もまばらな俺の頭。ポンコツなのでいらない物まで思い出し、しかもそれをBGMとブレンドしてしまった。

「あれじゃろ、アンタが美華の手さげ鞄を伝って、遥のバック(後ろ)からパンツに潜り込んだら眠くなって、気付いた時にはもう遥にばれとって、開き直ったアンタは自分のチョコバナナで遥にぶちまけたんじゃろ?」

「はーーーあ?」



 オレンジのライトが部屋中を夕日色に染めている。だがその色は夕暮れを連想させるというより情熱的なオーラが充満している様だ。部屋の作りは、造花でなく造葉が部屋の至る所にちりばめられてあり、部屋のど真ん中にあるベットは丸い形でシーツは薄い水色、おそらくこれがオアシスなんだと思う。

そんなオアシスで今まさに、甲子園並に熱い熱戦が始まろうとしていた。

「プレイボール」

どこからか聞こえてくる審判の声。

「ピッチャー振りかぶって、第一球、投げました」

(ビュッ)

風を切る音が凄まじい威力の程を伝えてくれる。その時速はなんと百五十km以上。

(ドンッ)

「ストラーーイク!」

耳をつんざく審判の鬱陶しい存在感。

ストライクはねえわ、バットに当てたが。

と審判に抗議しに行きたくても俺はうずくまっていて何も出来ない。

俺は今、下腹の辺りを中から蹴られている様な耐え難い痛みに襲われている。

それは松坂級の剛速球が俺のバットを折る勢いで突撃してきた為に起こった事だった。

本当はストライクでもヒットでも無く死球であった。

その名の通り俺はそのまま死んだ。


キャスト

打者=下村英雄、球=飴玉ン、投手=蜃気楼、審判=蜃気楼&英雄の妄想。



 「何してるの?」

その声で俺は目を開けた。

視界に映るのは遥の顔。

なんでここに遥が! あれっ、俺生きとる?

周りは三途の川ではなくオアシスだった。

いつの間にか遥は風呂から上がってきていて心配そうに俺を見ていた。

そえいえばこいつ、なんで着替えがあったんじゃろう?服買いに行ってねかったのに。

「キャンディは?」

少し間が空き俺は答えた。

「さあ、そこらへんに転がっとんじゃねん?」

「ふーん」

何故か納得してくれた。

心身共に冷静になった俺は当初の目的を果たすべく、質問をした。

「なんで俺や飴玉ンの事知っとん?」

「オジサンに助けてもらった日ね、学校から帰ったら私のバックの中にキャンディが何故かいたの、後で聞いたらーキャンディ、ミカッチのバックと勘違いしてワタシのバックに入っちゃったみたいなの。チョーまぬけでしょ!でね、最初はただの飴だと思ってたから気持ち悪くて捨てたんだけど。そしたら『痛っ』て声がしたの、それでその後色々事情を聞いたって訳」

「そうだったんじゃ。あと聞きたいんじゃけど、遥は家の娘と友達なん?」

「そう、ミカッチとは学校も一緒で同じクラスよ」

「嘘っ……娘にはこの事話したんか?」

「ううんまだ」

「言うなよ」

「……」

「おいっ!」

「それは人に物を頼む態度じゃなくない」

「お願いです言わないでください」

「大人の誠意ってそんなもの?」

そう言いながら遥は右手の人差し指と親指で輪を作り、輪の継ぎ目を上に向けた。

「金とる気か!俺恩人なのに」

「冗談だってオジサンが変態って事は黙っててあげる。それよりこれ見てー」

遥は携帯電話を俺に見せてきた。

「ガ?$×ボ∞%△チュ!」

画面に映っていたのは俺とバスタオルを巻いただけの遥がオアシスベットで並んで寝そべっている姿だった。

「この写真、いい感じでしょ♪」

天使のような微笑みの裏にある悪魔の顔がかいま見える。

「なんぼいるんな?」

「さっすがオジサン、物分かりいい、大好き」

もう見た目に騙されるか。

「でも、お金じゃないの、私をまた守って欲しいの」

さっきまでのおちゃらけた顔が急に真剣な顔に変わった。決意が早速揺らぎそうになった自分に自己嫌悪した。

「はいはい、冗談はもうええから」

「これは冗談なんかじゃない」

本気で怒ったらしく携帯電話をいじりだした。俺は焦った。

「ちょっと待て! 守るけん、その写真送らんでくれ」

「違う、このメール見て!さっききたやつ」

俺はメールを送っていた訳でないと分かりほっとした。

「何? えーと、『僕の事は散々無視しておいて、あんなハゲ親父とラブホテルに行くなんて許さないよ。ハゲ親父と遊ぶ暇があるなら僕と遊ぼうよ。じゃあこれから迎えに行くから待っててね』…これってやべえが」

「……」

遥を見るとブルブル電気ショックをうけた人になっていた。あまりの変わりようとハゲ親父呼ばわりされた事にに驚きを隠せない。

他にもたくさん同じアドレスからのメールが届いていて、そのどれもが背筋に蒟蒻を貼りつけた感覚を味あわせてくれた。

「ちょうど一週間前から届きだしたの」

「じゃあ痴漢事件が関係しとる?」

「分かんない」

「警察には?」

「言ってない」

「なんで? って恐いんか」

遥は小さく頷いた。

本当にさっきまでの遥と同一人物なんだろうか?

今のほうが容姿にはマッチしているが前のイメージが拭いきれないため気味が悪い。

「じゃあ飴玉ンには?」

「言ったけどほっとけって」

「ホンマに?、俺には偉そう言うとったのに」

公務員気質の正義の使者に呆れ返っていた。

「お願い助けてオジサン」

助けをすがる子猫の様な目。

その目で見るな!

俺を面倒に巻き込むんじゃない。

今、あの子を救えるのは自分だけ。

良心と自己愛の狭間に立っている俺はどちらに行くか定めれず長い沈黙が続いていた。


(コンコンッ)


「本日特別サービスになります。お飲物をお持ちしました」

予想外なボーイの来訪にすぐに反応し、遥は玄関へ向かって行く。

そんな何の躊躇もない様子の遥を見て俺は言った。悪い予感がしたからだ。

「いらないです。」

驚いた遥は足を止めた。

「なんで?」

俺の予感は見事的中し、その声を聞いたボーイは途端に豹変した。

「遥ちゃん?約束通り迎えに来たよ出ておいで」

丁寧な口調が馴々しくなりドアを強く叩きだす。

「キャーーー」

聞き覚えのある悲鳴と一緒にドタドタと足音を響かせながら遥が俺に抱きついてきた。その遥の顔もよくよく見れば前に見覚えがある

今の彼女を見ていると、こっちは落ち着きを取り戻せてきた。そしてようやく覚悟が決まった。

「分かった、助けるわ。まあもう逃げれんけど」

「ありがとオジサン」

初めて〈ひでお〉から〈えいゆう〉になった瞬間だった。

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