【痴漢編】痴漢と変態
各駅停車なのでいちいち止まり、いちいち扉が開く。だが降りてくれる人は二、三人で十人以上の新参者が、毎回の様にやってくる。
おかげでたっぷり詰まっていた俺達ご飯粒は、さらに細長く変形し、ご飯潰に進化していた。
さっきもこの車両だけで六人の新参者が入ってきたばかりだ。
その直後だった。突然俺の胸ポケットから白い光が溢れ出してきたのは。
ポケットの中で飴玉ンが直視できないほどの小さな太陽と化していたのだ。
ナンジャコリャーー!
ここで話すと、周囲の視線がより鋭さを増し、完全に押し潰されてしまいそうだったので、人混みの中どうにかこうにかトイレに避難した。
そして、とりあえず便座に座った、考える人スタイルだ。
「どしたんで、なんで光っとん?」と俺は下を向きながら言った。
「ワシの体はレーダーの役目をしてくれておるのでな、光が強いほど、悪が近いという事を示しておるのじゃ」
「て事は」
俺はもう一度、胸ポケットを覗いた。相変わらず眩しかったが、直視出来ないほどではなく、豆電球程度に落ち着いていた。
「さっき電車に人が乗ってきた、すぐ後に光ったじゃろ、恐らくその六人の中に悪者がおる」
「ホンマに〜!?」
半信半疑を装いながら内心は、ビビリまくっていた。
だって俺はただのオッサンだぞ。
「よし行くぞ!お主今すぐ変身じゃ!」
おそらく悪者退治とやらは久しぶりなのだろう、飴玉ンはえらく張り切っている。それが伝わってくるほど飴玉ンの声は滑舌が良く、そしてうるさい。
逆に俺は空気の抜けた風船の様だ。
「はぁ? なんで俺が」
何となくこうなる事は予想はしていたが、冗談じゃない、あんな変態じみた格好は二度と御免だ。
「悪がはびこる世の中でいいと言うのじゃな」
「そりゃあおえんけど、俺じゃなしに他の人がすりゃあ」
「お主、それでも英雄か」
「ちゃうわ!勘違いすんな、英雄じゃ」
「うるさいわい。同じ字じゃからよかろうが、それより断るなら、ワシは一生、お主に付きまとい続けてやるわい」
その言葉を聞いた俺は折れるしかなかった。
お前のほうがよっぽど悪だろ。
「キャアアァ−−−!!」
いきなり若い女の悲鳴が鼓膜を突き刺してきた、ここからでもうるさい位に響いている。
それを聞いた俺は、全身から急に冷や汗が吹き出してきた。
やべぇ怖気づいてきたかも。
「ちょっと腹が痛くなってきた」
と言いながら、俺は物凄くゆっくりとズボンを下ろしていく。
「助けに行きてぇんじゃけどばぁごぉふぉ」
またもや飴玉ンは俺の口内に不法侵入してきた。
「早く行くのじゃ!」
「バァガァギワヒィハ」(分かりました)
芳香剤のきつい臭いを、初めて名残惜しく感じた。
1「キャ」 2「えっ?」 3「うわぁ」
トイレから出て、元いた車両に戻っている間、振り向き様に俺を見た人は、上記三種類のどれかを選択し実行している、そしてその後は皆一様に、俺から離れる。
本当は十人に十色もなく、十人三色なのではないかと思ってしまう。
ぎゅうぎゅう詰めだったはずの御飯潰も不思議と俺の周りだけ、スペースが生まれる。行きとは偉い違いだ。
まさしく奇跡、さすが英雄! なんて喜べる訳も無かった。
「この格好、どうにかならんの?」
今の俺は、昨日と同じく全身白タイツに派手な覆面を被っている。
「ならぬ、それがどうかしたのか?」
飴玉ンは不思議そうな声で答えた。俺にはそれが不思議でならなかった。
ちなみに飴玉ンは今、俺の左手に握られている。正直、ベタベタして気持ちが悪い。
「もうちょいマシなカッコはねえん?」
「何を言っておるのじゃ、ヒーローと言えば全身タイツにマスクと決まっておる!」
この頑固爺には何言っても無駄だと悟った俺は諦めて質問を変えた。
「で、前は青だったのに、なんで今回のマスクは黄色なん?」
「そのマスクは飾りではない、色によって異なる様々な特殊攻撃を使う事ができるのじゃ」
「じゃあ、今、被っとる黄色は何ができるん?」
「それはやってみてのお楽しみじゃ」
顔は飴玉だから無いが、あったとしたら今、得意気にほくそ笑んでいるに違いない。
ついに最後の扉が開き、目的地に着いた。
「この人です。私のお尻触ってきたんです」
と必死に周りの乗客に訴えていたのは、トイレに行く前まで俺の隣にいた女子高生二人組の内の一人だった。集団に埋もれながらも、あの腹立つ顔が少し見えた。
それを見たらやる気が、急降下を始めた。
「敵は痴漢か、お主の敵では無いな」
飴玉ンはまた、かつての輝きを取り戻し、俺の左手を黄金の左へと変えていた。
俺の敵じゃねえんなら、俺は関係ねえな。
もはや、俺のやる気は着地寸前だった。
とはいえ助けないとこの後が怖い、仕方なく彼女に近付いていく。その間、周りの乗客はやっぱり十人三色の反応を見せる。
しばらく行くと彼女に腕を掴まれ、顔を真っ赤にして眉間にしわを寄せている男がいた。彼が痴漢らしかった。
その痴漢を見て一言。
「おめえかよ!」
さまーずの三村風突っ込みを俺にさせたのは彼のせいだった。
彼の名前は小山宏、ニ十八才。百八十二センチ、七十キロ。
モデル顔負けのナイスガイで年下ながら俺の会社の上司だ。
「違う! 僕じゃない、僕は痴漢なんてしてない」
宏はこの格好の俺を見ても驚かない、何故だ?それどころじゃないからか。
「ゴマカす気ね、アンタさいって〜」
あっ女子高生の片割れ、そこにおったんか。ってお前も俺無視か!
「次の駅で警察につきだしてやるわ」
おいっ待て! 十人三色理論が崩れるじゃねえか。
結局、本当にそのまま宏は女子高生二人組に連れられて電車を出て行った。
俺は何も出来ず、ただの気持ち悪い野次馬だった。
「何しておる、早く付いて行くのじゃ」
「え、なんで? もう」
「つべこべ言わずに早くせんか!!」
急いで宏と女子高生達の後を追った。
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