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息を切らしてへタレこんでいる智樹を由乃が心配そうに覗き込んでいる。
「・・・大丈夫?」
どうやら由乃は自分の正体に気付いていないらしい。
すると、智樹も安堵した。
「おう・・・」
智樹はふと時計に目をやった。
まだ30分しか経っていない。
「・・・そういえば、由乃はどこか行きたいところとか無いのか?」
自分でももうどこに行けばいいか分からなかったのもあり、話を由乃に振ってみた。
「・・・ちょっとお金がかかるんだけど」
智樹は自分の財布の薄さをよく分かっているつもりだった。
が、一応聞いてみた。
「どこだ?」
「プロレス見に行きたい」
智樹は思わず苦笑した。
この平成のご時世において、しかも一昔前のものを見たがるとは随分と滑稽である。
だが、どう考えても今からそんなもの見に行けるとは思えない。
「・・・って、いつの間にか俺は何を必死になって考えてるんだ」
智樹は小声でそう呟くと冷たく続けた。
「んな物、見れるわけねーだろ」
「えっ・・・そっか」
由乃はそう言うと今にも泣きだしそうな表情を作った。
これでまた智樹の心を動かすことが出来る。・・・などということは勿論、由乃は分かっていない。
「分かった分かった・・・見せてやるからちょっと待ってろ」
智樹は携帯の電話帳を開き、片っ端から電話をかけ始めた。
街を歩くは3人の僧の格好をした男たち。
とはいえ、流石に人目を気にして人通りの多いところは避けている。
3人とも、急いでいるようであり、心なしか速足である。
一番左端の背の高い僧が口を開く。
「武田和尚、例の少年はどこに?」
真ん中の一番の年長者である僧が和尚であるのだが、代わりに右端のがっしりした体格の僧が答えた。
「そんなこと分かるわけないだろ。ただ、この辺りであることは確かだ。静かにしてろ」
背の高い僧は和尚に軽く頭を下げると、また黙って歩を進める。
それからすぐ和尚は足を止め、口を開いた。
「おそらく・・・河原の辺りじゃ」
男たちは更に歩みを速めた。
「で、これはどういうことなんだよ、智樹」
先述した智樹の数少ない友人の一人桐谷が文句を言う。
目の前には智樹の通う中学と敵対関係にある別の中学の制服が3つ。
3人ともこちらを睨みつけている。
対するこちらは智樹と桐谷、そしてもう一人の友人市橋。
3対3でお互い向き合っている。
「いや、お前らには助っ人として登場してもらおうと思ってな」
そこで、初めて市橋が口を開いた。
「それは分かる。・・・だが、この格好とリングは何だ!?」
先述した通りの状況だったら人はヤンキー同士の喧嘩と思うだろう。
相手側のヤンキーは学校の制服姿。
だが、智樹たちの格好は珍妙なものだ。
まず、桐谷は赤のマスクを着用している。
そして、上半身裸でマスクと同じ色の赤のパンツを穿いている。
続いて市橋はアフロのかつらを被り、何故かそこから2本の牛の角が生えている。
彼も桐谷と同じく上半身裸で、パンツは黒。
そして、智樹はどこで買ったのかホッケーマスクを被り、何故か彼だけ上下黒のジャージ姿だ。
「・・・お前らふざけてんのか?」
相手のヤンキーがそう問うのも納得である。
「えー、ではこれから3vs3のトリオプロレスを始めます」
「おい智樹、プロレスって何だ?」
市橋が詰め寄ってきた。
「そうかそうか。じゃあ、こっちはバッファロー市橋を一番手に出そう」
「は?ちょっと待て。おい!」
市橋改めバッファロー市橋は智樹に何事か喚いていたが、智樹と桐谷は彼を残してリングを降りた。
「バッファロー頑張れ!!」
市橋に由乃からの声援は届いていない。
もうお分かりだと思うが、智樹は友人たちを使ってこの場で簡易プロレスをしようと考えているのだ。
友人たちは携帯で呼び出し、ライバル校のヤンキーたちはコンビニでたむろしているのを上手く誤魔化して連れてきた。
そして、現在に至る。