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それから20分間、智樹は地下の遺体安置所をはじめ3階の各部屋まで見て回っていた。


だが、やはり智樹の喜ぶような物はまだ見つからない。


珍しかったので患者のカルテを12枚ほどポケットに詰め込んだくらいである。



この病院は地下1階から地上4階まであり、3階まで既に見終えた智樹は半ば諦めかけていた。



照明1つ点いていない暗い階段を上がり、1番に目に付いた部屋の扉を開ける。

部屋の番号は401。





だが、ここに来てようやく智樹の期待に副った展開となった。




室内にはベッドが4つ置いてあるのだが、一番左端のベッドにかかっているカーテンが風もないのに動くのが一瞬、ほんの一瞬だったが見えた。



智樹はよく見ようとベッドに近づいて行った。


一歩一歩ゆっくりと近づくにつれて、智樹は何か得体の知れない恐怖を感じ始めていった。



だが、やはり好奇心には勝てず智樹はついにベッドの前にたどり着いた。


カーテンで中は隠されていて中に何がいるかは見た限りでははっきりとは分からない。



一息ついて心を落ち着けさせた智樹は意を決してカーテンを開いた。

シャーッというカーテンが勢いよく開く音にすら智樹は気を巡らせていた。




「・・・何だよ」



中には人どころか猫の気配すらしない。


呆れて智樹はその場に座り込んだ。




ベッドの下の女と目が合った。



「・・・うおあうおああああうおあ!!」


智樹は驚いて尻餅をついた。



智樹の奇声に驚いたのかベッドの下の女までビクッと肩を震わせた。







しばらくそのままで時間が流れた。



終始、2人とも表情一つ変えずにお互いを見つめあっていた。


こう書くとまるで2人は恋に落ちたかのような感じだが、お互いの表情はそれぞれ片や恐怖、片や驚愕の色で染め上げられている。




恐る恐る智樹が尋ねる。


「そんな所で何やってんだ?」



女は自分が滑稽な状況下に置かれていることに気づき、恥ずかしそうにベッドの下から這い出てきた。





女・・・というよりこの人物は少女と表現する方が正しいだろう。



髪は肩くらいまでの長さで、顔つきは整っており、肌は透き通るかのように白い。

白のワンピースを着ており、オレンジのビーチサンダルを履いている。


歳は智樹より2つ3つ上といったところだろうか。

だが、かなり狼狽しているようなので、智樹も年上だからとあまり壁を作らずに話せそうだと感じた。




また、室内は静かになる。



堪らなくなった智樹が出て行こうと少女に背を向けた。



「待って」


突然、沈黙を破られたのと声をかけられたので智樹の心臓は縮み上がった。

少女の声は比較的中性的なものだった。



「どこ行くの?」


「・・・外、出んだよ」



智樹は出来る限りドスを利かせた声で答えたつもりだった。

だが、少女はそんなの気にせず目を輝かせて智樹に聞いた。


「外って何があるの?外って楽しい?面白い?」

「ちょっ、ちょっ、ちょっと待て」



智樹はいきり立つ少女を一度落ち着かせる。




「もしかしてここから出たこと無いのか?」


少女はコクリと首を縦に振る。



智樹はそれを見て苦笑しつつも冷や汗を掻き始めた。




白状するならば、智樹はこの少女のことを知っていた。


といっても、昔からの知り合いというわけでもない。



こっそりポケットのカルテに目をやる。


やはり、そこには少女の顔写真があった。



ここの病院はもう潰れているのでこの少女がまだ患者であるという可能性は0だ。

そもそもそれは服装で分かる。



そう。



恐らくこの少女は俗に言う幽霊という奴だと智樹は認識した。







「どうしたの?」


少女は自分が幽霊であることを知らないのか、明るく智樹に問う。



「いや、何でも・・・ない」


智樹はさりげなく外に出ようとするがやはり少女に制された。

「ねえ、外の話聞かせてよ」



「だから何で俺がそんなこと教えなきゃいけねーんだよ、コラ」




と、いつもの智樹なら言えただろうが今の智樹にそんな勇気は残っていない。




「なら、一緒に着いてこい」



智樹にとっても苦肉の策だったが、憑り殺されるかもしらないという恐怖からその提案をした。


何なら知り合いにでも押し付けてやるという考えもあった。



だが、少女は寂しそうに俯き、返した。


「駄目。お医者さんが部屋から出ちゃいけないって・・・」



智樹はそれを承諾してここから出ていくという選択も出来た。



それが出来なかったのは少女のその時の悲しそうな表情を見て情が芽生えてしまったからというのもあるだろう。


少しくらい願いを聞いてやってもいいか。



柄にもなく、智樹は心の中でそう呟いた。




「大丈夫だ。今、医者はいないからな」



「・・・何で?」


「それは・・・そう、皆休みを取ったんだよ」

「お医者さんが全員?」

「そう!!」



流石にちょっと苦しかったかと、智樹は不安になったがどうやら杞憂だったらしい。



「んじゃ、ちょっとだけ」



少女の目は期待に満ち溢れている。


着いて来いと言わんばかりに智樹が部屋から出ると少女もその後を追ってきた。




「そういえばお前名前は?」



「私は人見ひとみ由乃ゆの。あなたは?」

「村田智樹だ」



こうして村田智樹の人生で最も長い1日は始まった。

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