クラクションを鳴らしすぎた男の末路
クラクションとは、神の鉄槌だ。
ひとたびこれを鳴らせば烏合の衆どもは怯え、逃げ惑い、雲散霧消する。
神のゆく道を愚民が遮ることなどあってはならないのだ。
前をチンタラ走ってる車があったら即鳴らす。
道をチンタラ歩いてる奴がいたら即鳴らす。
奴らがどいたらアクセルだ。
ああ、気持ちいい。
この時の全能感ったらないぜ。
もちろん、ちゃんと相手は見る。
俺がクラクションを鳴らすのは、見るからに弱そうな男、大人しそうな女、あとは老人やガキどもに限る。
怖そうな男やうるさそうな女に鳴らすと、それこそ後が怖いからな。
神は裁く対象もきちんと選別するものなのさ。
これが俺――沢木騒也の日常だった。
***
休日なのに、どんよりとした曇りの日だった。
朝から気が滅入る。
こういう日にこそ、ドライブに出て、クラクションを鳴らすに限る。
あえて狭い道を通り、神の鉄槌を喰らわす。
「あー、うざってえ! どけ!」
「はしゃいでんじゃねえぞ、ガキども!」
「ジジイ! 邪魔だ! 轢き殺すぞ!」
罵声を吐きつつクラクションで雑魚どもを散らすと、ストレス発散になり、日常生活や仕事でもミスが少なくなる。まさに一石二鳥。こんなに生産性のある趣味もないぜ。
だが、そんな俺の前に――
「……ん? なんだあれ?」
道の真ん中に一人の女が立っていた。
さすがに轢くわけにはいかないので、俺はブレーキをかける。
長い黒髪で、白い肌、真っ黒なブラウスとスカートの不気味な女だ。不思議と今日の天気とマッチしている。
だが、腕っぷしは弱そうだ。俺は神が裁く対象と判断し、さっそくクラクションを連打する。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
クラクションの音が鳴り響く。
いつもならこれで相手は逃げるようにどく。俺の胸はいくらかすっとする。そのはずだった。
なのに、どかない。なんなんだ、この女は……。神の怒りを無視する気か。なんという罰当たりだ。
(なんで、どかねえんだこの女……。耳ついてんのか!?)
人の目もあるし、このまま立ち往生するわけにはいかない。
俺はドアの窓を開け、顔を出した。
「おい! なに突っ立ってんだよ! さっさとどけや! このクラクションが聞こえねえのか!」
俺は再びクラクションを鳴らしまくる。これでどかなきゃマジで轢いてやろうか。
すると、女は俺の方に近づいてきた。
「あなた……」
「あ?」
「クラクションは注意喚起のためのものであって、威嚇の道具じゃないわよ」
人間の分際で神に意見してきやがった。
俺も頭に血が上る。
「黙れ! さっさとどかねえとマジで轢き殺すぞ!」
俺はさらにクラクションを鳴らす。
「……分かったわ」
女は観念したようだ。
「じゃあ、あなたには“音”の怖さを教えてあげる」
「あ?」
女は窓から顔を出していた俺の両耳に、自分の両手をかざした。
「……!? ――な、なにをしやがった!」
「それじゃあね」
そのまま女は、まるで舞台から退場するように去っていった。
耳をほじってみるが、特に異常はない。爪にちょっと耳クソがついただけだ。
舌打ちしつつ、俺もそのまま車を走らせた。
***
……異常が現れたのはこの日の夜からだった。
「……ん?」
頭の中で「ビー、ビー」というかすかな音が鳴る。
だが、この時は気にも留めなかった。
ただの耳鳴りかなにかで、きっと寝れば治るだろうと思った。
翌朝目を覚ますと、治ってなどいなかった。
むしろ、音が大きくなっている。
ようやくこの音の正体が分かってきた。
これは……クラクション音だ!
俺の脳内でクラクションの音が延々と鳴ってるんだ!
なんというか、脳の中に車があって、それがひたすらクラクションを鳴らしているような感覚だ。
時間が経てば経つほど音はでかくなっていき、耳を塞いでもなんの役にも立たない。
「うるせええええ!!!」
叫んでもなんの効果もなかった。
これでは仕事どころではない。職場に電話して今日は休みを取ることにした。
だが、休んで横になっても音は改善しない。大きくなるばかりだ。
俺は近くの耳鼻科に向かった。
診察室で、俺は医者に懇願する。
「耳鳴りがひどいんです! なんとかしてください!」
「しかし……いくら検査しても異常がないんですよ」
「なんだと!? このヤブ医者がっ!」
俺は医者の胸ぐらに掴みかかった。
「や、やめてください! 警察を呼びますよ!」
「くっ……!」
一応耳の中に垂らす薬を貰ったが、なんの役にも立たなかった。
こうしている間にもクラクション音のボリュームはますます上がっている。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
うるせえ……。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
うるせえ……!
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
うるせえんだよおおおおおおおおおおおお!!!
こうなると、もう仕事どころか、まともに日常生活も送れない。
俺は自宅に引きこもり、うずくまり、ほとんど食事も取らなくなった。
それでもクラクション音はやむことはない。
……症状が出てから一週間ぐらい経っただろうか。
クラクション音はますますひどくなり、俺はもうまともに物を考えることすらできなくなっていた。
だが、俺はようやくこの音を消す方法を思いついた。
これしかない。
思いついたら、すぐ実行だ。
「これで音を消せるッ! これで――」
***
朝、黒のブラウスとスカートに身を包んだ、黒髪の女性――黒条真紀は、クロワッサンとコーヒーを嗜みながら、テレビのニュースを見ていた。
『男性がビルから飛び降り……、男性は近隣に住む沢木騒也さんと見られ……』
真紀はつぶやく。
「一週間か。案外、早かったわね」
食事を済ませ、支度をすると、真紀は家を出る。
電車をいくつか乗り継ぎ、職場へと向かう。
彼女の行き先はとある中学校。
真紀は中学の音楽教師なのである。
今日は一時間目から授業があり、音楽室には生徒たちが集まっている。
「お、先生来たぞ」
「美人だよな……」
「ちょっと雰囲気怖いけどね」
そんな声は一切気にすることなく、真紀は生徒たちに向き直る。
「それでは授業を始めましょう。今日も音楽についてしっかり学んでちょうだいね」
完
お読み下さいましてありがとうございました。
小説家になろう夏のホラー企画参加作品となります。




