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クラクションを鳴らしすぎた男の末路

掲載日:2026/08/05

 クラクションとは、神の鉄槌だ。

 ひとたびこれを鳴らせば烏合の衆どもは怯え、逃げ惑い、雲散霧消する。

 神のゆく道を愚民が遮ることなどあってはならないのだ。


 前をチンタラ走ってる車があったら即鳴らす。

 道をチンタラ歩いてる奴がいたら即鳴らす。

 奴らがどいたらアクセルだ。

 ああ、気持ちいい。

 この時の全能感ったらないぜ。


 もちろん、ちゃんと相手は見る。

 俺がクラクションを鳴らすのは、見るからに弱そうな男、大人しそうな女、あとは老人やガキどもに限る。

 怖そうな男やうるさそうな女に鳴らすと、それこそ後が怖いからな。

 神は裁く対象もきちんと選別するものなのさ。


 これが俺――沢木(さわき)騒也(そうや)の日常だった。



***



 休日なのに、どんよりとした曇りの日だった。

 朝から気が滅入る。

 こういう日にこそ、ドライブに出て、クラクションを鳴らすに限る。

 あえて狭い道を通り、神の鉄槌を喰らわす。


「あー、うざってえ! どけ!」

「はしゃいでんじゃねえぞ、ガキども!」

「ジジイ! 邪魔だ! 轢き殺すぞ!」


 罵声を吐きつつクラクションで雑魚どもを散らすと、ストレス発散になり、日常生活や仕事でもミスが少なくなる。まさに一石二鳥。こんなに生産性のある趣味もないぜ。

 だが、そんな俺の前に――


「……ん? なんだあれ?」


 道の真ん中に一人の女が立っていた。

 さすがに轢くわけにはいかないので、俺はブレーキをかける。

 長い黒髪で、白い肌、真っ黒なブラウスとスカートの不気味な女だ。不思議と今日の天気とマッチしている。

 だが、腕っぷしは弱そうだ。俺は神が裁く対象と判断し、さっそくクラクションを連打する。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 クラクションの音が鳴り響く。

 いつもならこれで相手は逃げるようにどく。俺の胸はいくらかすっとする。そのはずだった。

 なのに、どかない。なんなんだ、この女は……。神の怒りを無視する気か。なんという罰当たりだ。


(なんで、どかねえんだこの女……。耳ついてんのか!?)


 人の目もあるし、このまま立ち往生するわけにはいかない。

 俺はドアの窓を開け、顔を出した。


「おい! なに突っ立ってんだよ! さっさとどけや! このクラクションが聞こえねえのか!」


 俺は再びクラクションを鳴らしまくる。これでどかなきゃマジで轢いてやろうか。

 すると、女は俺の方に近づいてきた。


「あなた……」


「あ?」


「クラクションは注意喚起のためのものであって、威嚇の道具じゃないわよ」


 人間の分際で神に意見してきやがった。

 俺も頭に血が上る。


「黙れ! さっさとどかねえとマジで轢き殺すぞ!」


 俺はさらにクラクションを鳴らす。


「……分かったわ」


 女は観念したようだ。


「じゃあ、あなたには“音”の怖さを教えてあげる」


「あ?」


 女は窓から顔を出していた俺の両耳に、自分の両手をかざした。


「……!? ――な、なにをしやがった!」


「それじゃあね」


 そのまま女は、まるで舞台から退場するように去っていった。

 耳をほじってみるが、特に異常はない。爪にちょっと耳クソがついただけだ。

 舌打ちしつつ、俺もそのまま車を走らせた。



***



 ……異常が現れたのはこの日の夜からだった。


「……ん?」


 頭の中で「ビー、ビー」というかすかな音が鳴る。

 だが、この時は気にも留めなかった。

 ただの耳鳴りかなにかで、きっと寝れば治るだろうと思った。


 翌朝目を覚ますと、治ってなどいなかった。

 むしろ、音が大きくなっている。

 ようやくこの音の正体が分かってきた。

 これは……クラクション音だ!

 俺の脳内でクラクションの音が延々と鳴ってるんだ!


 なんというか、脳の中に車があって、それがひたすらクラクションを鳴らしているような感覚だ。

 時間が経てば経つほど音はでかくなっていき、耳を塞いでもなんの役にも立たない。


「うるせええええ!!!」


 叫んでもなんの効果もなかった。

 これでは仕事どころではない。職場に電話して今日は休みを取ることにした。

 だが、休んで横になっても音は改善しない。大きくなるばかりだ。


 俺は近くの耳鼻科に向かった。

 診察室で、俺は医者に懇願する。


「耳鳴りがひどいんです! なんとかしてください!」


「しかし……いくら検査しても異常がないんですよ」


「なんだと!? このヤブ医者がっ!」


 俺は医者の胸ぐらに掴みかかった。


「や、やめてください! 警察を呼びますよ!」


「くっ……!」


 一応耳の中に垂らす薬を貰ったが、なんの役にも立たなかった。

 こうしている間にもクラクション音のボリュームはますます上がっている。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 うるせえ……。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 うるせえ……!


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 うるせえんだよおおおおおおおおおおおお!!!


 こうなると、もう仕事どころか、まともに日常生活も送れない。

 俺は自宅に引きこもり、うずくまり、ほとんど食事も取らなくなった。

 それでもクラクション音はやむことはない。


 ……症状が出てから一週間ぐらい経っただろうか。

 クラクション音はますますひどくなり、俺はもうまともに物を考えることすらできなくなっていた。

 だが、俺はようやくこの音を消す方法を思いついた。

 これしかない。

 思いついたら、すぐ実行だ。


「これで音を消せるッ! これで――」



***



 朝、黒のブラウスとスカートに身を包んだ、黒髪の女性――黒条(こくじょう)真紀(まき)は、クロワッサンとコーヒーを嗜みながら、テレビのニュースを見ていた。


『男性がビルから飛び降り……、男性は近隣に住む沢木騒也さんと見られ……』


 真紀はつぶやく。


「一週間か。案外、早かったわね」


 食事を済ませ、支度をすると、真紀は家を出る。

 電車をいくつか乗り継ぎ、職場へと向かう。

 彼女の行き先はとある中学校。

 真紀は中学の音楽教師なのである。


 今日は一時間目から授業があり、音楽室には生徒たちが集まっている。


「お、先生来たぞ」

「美人だよな……」

「ちょっと雰囲気怖いけどね」


 そんな声は一切気にすることなく、真紀は生徒たちに向き直る。


「それでは授業を始めましょう。今日も音楽についてしっかり学んでちょうだいね」






お読み下さいましてありがとうございました。

小説家になろう夏のホラー企画参加作品となります。

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― 新着の感想 ―
大きな音、騒音というのも一つの暴力。 神を気取って自分より弱い相手にだけ音の暴力を振り撒いた愚か者には似合いの末路よな。 黒条先生は果たしてエコーズact1みたいな能力を持ってるだけなのか、それとも…
大きな音が苦手な私にとって、真紀さんは救世主(*´ω`*)ノ 真紀さんには、これからも騒音を出す者に鉄槌を下していってほしいです(。-人-。) ちょっぴり怖くて、でもスッキリするお話をありがとうご…
ヘッドホンを着けている人や何らかの事情で耳が聞こえない人が相手だったら、沢木はどうするつもりだったのやら。 マナー以前の問題を抱えた男が自業自得の最期を迎えて良かったです。
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