待ち伏せ少女2.0
今日も生徒会の手伝いをさせられ、下校する頃には辺りはほとんど暗くなってしまっていた。
通学中には明と遭遇し、あらぬ疑いを掛けられ、今日はいつも以上に疲れた気がする。イヌガミは、背中を老人のように丸めて、とぼとぼと疲れ果てた足取りで校門を抜けた。
「……まだ……何か用が……?」
ふいに、イヌガミが呟いた。
背後の人影がびくりと肩を揺らす。隠れていたつもりだったのか知らないが、この時間帯に校門の脇で蹲る女の子の姿は悪い意味でよく目立っていた。
早乙女明が立ち上がる。昼間と比べてかなりカジュアルな服装になっていた。肌色のブラウスに白のロングスカートと、かなり明るめな配色である。
明は、バツが悪そうに咳払いすると、人差し指をこちらに向け、詰め寄って来た。
「ねえ、この後、時間ある?」
「……は?」
「今朝話したこと、覚えてるでしょ? あのことで少し協力してほしいことがあるの」
「おいおい、あの設定まだ引きずってんのか? 俺はもういい加減、お前に合わせる気は……」
「協力してくれたら……」 イヌガミが呆れ顔で嗜めようとするのを、明が食い気味に遮った。
「……もう二度と、その話はしないから」
* * * * *
「遅いわイヌガミ……儂ぁもう腹が減って腹が減って……って」
栄弥荘に帰ると、案の定十国たちはイヌガミの部屋に屯していた。帰りが遅いことに痺れを切らした十国が文句を垂れようとするが、イヌガミと一緒に入って来た人影を見て目が輝く。
「早乙女さんじゃないか! どうしたんじゃそんなムサい男連れて!」
「ムサい男で悪かったな」
「いやいやいや、よく来てくれた! 汚いところだがどうぞ中へ。ささっ、ここに座ってくれ」
「汚いとかいうな。俺の部屋だ」
そもそも汚くしてんのはお前らだろうが。ブツブツ言いながら、イヌガミが鞄を下ろす。
「ごめんなさい、十国さん。私、今は長居することはできなくて……」
「おお……何だ、そうかい……」
明が頭を下げる。十国が分かりやすくしょぼくれるのを尻目に、明が振り返って、
「こんばんは、スイちゃん。学校は楽しかった?」
言うと、スイが文庫本を読んでいた顔を上げ、こくりと頷いた。心なしか頬が上気している。
「……お前、ちょっと馴染み過ぎじゃないか?」
「このくらい普通でしょ」
ケロリとして言う。嫌味に聞こえないのが不思議だ。
「……んじゃ、俺ちょっと出てくるわ」
「あ? どこ行くんじゃ」
「まあ、その辺の……公園とか?」
曖昧な返事をよこし、玄関へ踵を返す。その時だった。
「花火」
背後から声が聞こえた。振り向くと、スイが身を乗り出してこちらを見つめていた。
スイの声音はあまりにも細々としていて、一瞬それが彼女のものであると分からなかった。
イヌガミがスイに向けて首を傾げると、スイが俯いてしまう。
「あー……」 ここで十国が助け舟を出した。
「いやのう、さっきそういう話になったんじゃよ。儂らが栄弥荘に越してきてもうすぐ一年じゃろ? だから、そのお祝いも兼ねて、皆で花火がしたいってスイちゃんが」
「……スイが、言ったのか?」
スイの口からその手の提案が出たというのは少し意外だった。何をするにも大人びていて、子どもらしく自分の欲求というものを開けっ広げにしない子だったから。
同時に、それが何だか嬉しくもあった。
「……分かった。出かけるついでに花火、買ってくるよ」
振り返る。見ると、スイの仏頂面が心なしか明るくなっている気がした。
* * * * *
スーパーで花火を買った後、明に連れられて来たのは、丘の中腹にある教会であった。
薄青色の外壁に覆われたその教会は、核家族が住むような一軒家に、一〇〇平米ほどの礼拝所をドッキングしたような見た目である。
「どういうことだ? お祈りでもするのか?」
「ここに、今朝話した連続殺人の容疑者がいる」
平然とそう言った。目を点にして立ち尽くすイヌガミを置いて、明はつかつかと教会の入口に向かって行く。ほとんど反射的に、イヌガミは明の肩を掴んでいた。
「……何よ」
「ふざけんなよ!? 協力するとは言ったが、連続殺人鬼の確保なんて手伝えるか!!」
「確保するなんて一言も言ってないでしょ。今日はただの様子見。お話するだけよ」
「はあ? じゃあ俺は何をすれば……」
「何もしなくていい。ただ私に話を合わせていなさい」
明がうんざりした様子で、イヌガミの手を振り払った。そんな適当としか思えない明の指示に、イヌガミの中に鬱屈した思いが積もり始める。知らず、イヌガミの足が止まった。
「……? どうしたの?」
イヌガミがついて来ないことに気付いた明が足を止め、振り返る。
「嫌な予感がする……行くならせめて、日を改めよう」
獣の勘とでもいうのだろうか。言いようのない恐怖が、足を竦ませてしまっていた。
「……あんた本当にビビりね」
「何とでも言ってくれ。俺は、もう……降りる」
明の冷たい視線にさらされて、苦々しく視線を逸らす。しばしの間の沈黙を、イヌガミは蒸し風呂の中にいるような心地でやり過ごしていた。
「……そ。じゃあ、仕方ないか」
怖気づいたイヌガミに対して、意外にも明は食い下がらなかった。思わずほっと息を吐く。
しかし直後、明はこちらに背を向け、すたすたと教会の方へ歩き始めた。
「……は? ちょっと待てよ、お前は帰らないのかよ」
「当たり前でしょう。ここまで来て」
「何……言ってんだお前……やめとけって、本当にまずいんだ、こういうのは……」
イヌガミの必死の忠告に耳も貸さず、明は教会に吸い込まれるように歩を進める。
(ほっとけばいい。ほっとけば良いんだ、あんなやつ)
みるみる姿が見えなくなる明に対し、理性が何度も何度もがなり続ける。しかし、そのがなりの合間、しきりに想像されるたった一つの情景が、イヌガミの思考を掻き混ぜていた。
教会の中。薄暗い密室で、連続殺人の被疑者と二人きりになる、一人の少女の姿。
歯を噛みしめる。思わず視線を落とした先に、自身の拳が震えているのが目に入った。
「クソっ……たれ!」
心底忌々しそうに喚いた後、結局、イヌガミは明の後を追っていた。




