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栄弥荘の魔女  作者: 石垣日暮
第1章 ファースト・ウィッチーズ
6/8

再会

 学校を出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。くたびれた足取りで帰路に就く。


 途中、道路脇から何かが飛び出した。


「うげっ」

 小さく悲鳴を上げて、道路脇の電柱の影に隠れる。

 その何かが黒猫であることを確認し、ため息を吐いた。


「……だから遅く帰るのは嫌だったんだ」


 今更言ってもどうしようもないことをぼやく。そのうちに、栄弥荘に辿り着いた。


 見上げる。部屋の電気は五号室にしか点いておらず、そこに三人分の人影が並んでいた。


「……あいつらぁ」


 最近は電気代もバカにならんというのに、あいつら自分の部屋を公共空間くらいに思っていやがる。一日の疲労も相まって、今日という今日はビシッと一言言ってやりたくなった。


 階段を上る。足を踏みしめる度、ギタンギタンと不安になるような音を立てる鉄板も、今はそれほど気にならなかった。


「くそ、シャワーまで……」


 階段を上るうちに聞こえてきたシャワーの音に、イヌガミが顔を顰める。

 多分、坤堂が愛犬を洗っているのだ。わざわざイヌガミの部屋の水道を使って。今朝の腹いせだろう、厳つい見た目をしているくせに、どこまでもケツの穴の小さい男。

 もう我慢ならん。五号室の扉を開ける。当たり前のように鍵は締まっていなかった。


「いい加減にしろお前らァ! 人の部屋を公共施設みたいに使いやがって!」


 嗅ぎ慣れないシャンプーの香り。バスルームでは案の定、坤堂が犬を洗っていた。そして、玄関から垣間見える、畳の上に散らかった漫画、雑誌、お菓子のゴミ……十国の仕業だ。

 靴を脱ぎ捨てて、ズカズカと奥の部屋に向かう。


「クソジジイ! テメエの出したモンはテメエで片付けやがれ!! いつもいつも誰が……」


 掃除してると思ってる。続く言葉は、熟れた果実のようにイヌガミの足元に落ちて、溶ける。


 目に映ったのは、お茶を啜るスイと、将棋盤の前に胡坐をかく十国。


 そして、その正面。将棋盤を挟んでちょこんと正座する、一人の女。


「おおう、イヌガミ! 帰って来たか! ほれ、お前にお客さん!」

(客……?)


 十国のやたらテンションの高い声とともに、隣の女性が立ち上がる。彼女の方から柔らかい風が吹いて、少しだけ甘い香りが鼻腔にまで伝わった。


「初めまして。イヌガミさん」


 イヌガミとちょうど同年代くらいの少女だった。丁寧な言葉遣いで、深々と頭を下げる。


「あ、はい、どうも……」と釣られてイヌガミも頭を下げる。


 しまったな。ちょっと恥ずかしいところを見せちゃったぞ。一輪の花のように可憐に佇む少女を横目に、今はまだそんなことを考えていられた。


 次の瞬間、少女の体がぐらりと揺らいだ。足が痺れたのだろうか。見たところ、イヌガミが来るまでずっと十国の将棋に付き合わされている様子だったから、無理もなかった。

 小さな体躯は風に吹かれたタンポポのように小さく揺れて、同時に髪の毛がしゃらんと靡く。

 その様に、少しだけ既視感を覚えた自分がいた。そして間もなく、その直感は確信に変わる。


「……早乙女(さおとめ)(めい)と言います。実はいくつかお訊きしたいことが……」


 少女の顔が上がる。小さいが筋の通った鼻。切れ長で、突き刺さるような山吹色の双眸。


──誰にも言うな。


 彼女の顔立ちを見て、およそこの場面ではありえない音声が脳の奥で再生される。


「……あぇ?」


 バカみたいな声。一瞬、自分のものかと思ったが、ポカンと口を開けたままこちらを凝視する少女の顔を見て、今の声が彼女の口から出たものだというのを悟る。同時に、確信した。


 夜。ネオンの街。廃ビル。落下してくる一人の少女。


 間違いない。今目の前にいるこの少女は、昨晩、イヌガミが受け止めた少女その人だった。


「「あああああああああああああああっ!!」」


 気づけば、お互いがお互いを指さしながら絶叫していた。


「……え、何? どしたのいきなり……?」

 十国が困惑して訊ねる。廊下からは、坤堂が犬を洗う音が、なおも雨音のように響いていた。


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