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栄弥荘の魔女  作者: 石垣日暮
第1章 ファースト・ウィッチーズ
5/9

二つの心臓

 連れてこられたのは校舎二階にある表札のない教室である。


「何ですかこの大量の……」


 中を見ると、机や椅子、そして大量のビニール袋が、足の踏み場もなく散乱していた。


「使わなくなった教材? とか、学園祭の備品とか、片付け場所がよく分かんないものをとりあえずここに置いてたんだって。で、とうとう満杯になって、生徒会に緊急要請!」


 我が校ながら間抜けな経緯である。物置と化した教室の片づけ。それが今回の任務らしい。


「これ、一日じゃ終わらないでしょ……」

「すごいよね~! もしかしたら、とんでもない掘り出し物があるかもよっ?」


 目をキラキラさせる会長と対照的に、イヌガミは悄然とした足取りで部屋に入って行った。

 かくして作業は始まった。イヌガミが袋を取り、会長が中身を分別するという流れである。


「これは来年の体育祭のために保管。ケッペンの気候区分はもう入試に出ないし、この地図は廃棄……うわっ、見て見てイヌガミ君! 短周期型の元素周期表だよ! 記念に取っとくか~」


 ……何言っているのか全然分からん。


 天真爛漫という言葉がよく似合う人であったが、実際、会長に選ばれるだけの切れ者ではあった。イヌガミが持って来た袋の中身を即座に、そして正確に分別していく。


 廊下で分別を続ける会長を置いて、イヌガミが次の袋を取りに教室へ入る。


「……?」


 黒色のビニール袋まみれの部屋で、一瞬、やけに鮮やかな物体が視界に入った。


 目を凝らす。積まれた袋の合間を縫うように、赤に近い桃色の何かが顔を覗かせていた。

何だ、これ。何かの拍子で袋から飛び出したのだろうか。近づいて、その正体を確認する。


「────うぎゃあああああああああ!!!」


 ドンガラガッシャン! と、イヌガミの叫び声とともに机がいくつか崩れる音がする。


「ど、どうしたのイヌガミ君!」


 顔を真っ青にしたイヌガミが教室を飛び出す。そのまま会長の小さな背に隠れ、叫んだ。

「か、かか顔が! 人間の首が! あ……あそこの中に!!」


 回らぬ舌でかろうじて絞り出したという具合であった。


「え……えぇ……? も、もしそうなら大事件だよね~……」


 苦笑いしながら、会長が教室に入って行く。その背中に張り付いてイヌガミも入場した。


「イヌガミ君、歩きにくいよ~。というか、女子を盾にするとか、流石の私もドン引きだよ~」


 会長の緩い糾弾に、イヌガミは「すみませんすみません」と、早口で謝り倒しながらも、自分よりも頭一つ分低い会長の背中から離れられなかった。


「あ、あ、あれ! あれです、会長! 死体! 死体!!」


 イヌガミが指さした先に、件の物は確かにあった。

 ビニール袋の隙間。筋繊維の剥き出しになった顔が、虚ろな目でこちらを見つめていた。


「…………」


 戦慄いた声を上げるイヌガミとは対照的に、会長は眉根を寄せてそれを凝視していた。

 しばらく観察した後、会長は無表情で生首を掴み、袋の山から引っこ抜いた。


「うひゃあああ!? 会長っ、何をやって……………………」


 そして死体の全貌が露になる。明らかに無機質な光沢を持つ頭。きっちり顔の半分で剥ぎ取られた皮。腹には大穴が空いて、そこからプラスチック製の内臓がパズルのように並んでいた。


 紛うことなき模型であった。科学の生物分野の授業で扱う、人体模型。


「……いっ、いや~流石会長! 速攻で正体を見破りましたね! 僕は会長はやる女だと……」


「イ・ヌ・ガ・ミ・君」


「……はい、すみません」


 会長が人体模型を傍らに立たせる。じっとりとした視線で、イヌガミを見上げた。


「すみませんじゃないよ~。イヌガミ君の臆病癖には困ったもんだよねっ!」


 すみません、すみません、と赤べこのように頭を上下させながら、会長の糾弾を躱す。そんな小癪な処世術の甲斐あってか、会長がこれ以上説教を飛ばすことはなかった。


 イヌガミが顔を上げる。見ると、会長は顎に手を当て、何か考えごとをしている風だった。


「……な……何ですか」


 イヌガミが控えめな声で訊ねると、会長は首を傾げて言った。


「いや、君のその臆病な性格って、もしかして心臓が二つあることに関係してるのかなって」


 ドキリ、と。淡々と言い放たれたその言葉に、イヌガミが目を剥く。


「何ビックリしてんの。心臓が二つあるってイヌガミ君が教えてくれたんじゃない。この間の学校検診、君がレントゲン検査をスルーするために私が協力したの忘れたの?」


 イヌガミには、限られた人間にしか伝えていない秘密があった。


 心臓が二つあること。どのような仕組みになっているのかイヌガミ自身にも分からなかったが、通常一つだけであるはずの器官が、とにかく二つある。いわゆる特異体質であった。


「ほら、心臓が二つあるってことは常に心臓バクバクってことでしょ? だから、日常のちょっとしたことでも過剰にびっくりして、逃げたり叫んだりしちゃうんじゃないかなーって」


 どうやら、これが二つの心臓と臆病性を結び付けた論理らしい。イヌガミが苦笑する。


「それはないですよ。いつもは、心臓は片方しか動かしてませんから……」


 会長が「ふうん」とつまらなそうに鼻を鳴らす。傍らに立てた人体模型に目を遣った。


「じゃあ単なる臆病ってわけ。なっさけないんだ~。というか人体模型君に失礼だよ。よく見てみなよ、この愛らしい笑み! 彼こそ我が校のアイドル! 人体模型の……リョウ君だよ」

「今名前考えましたよね。ナチュラルに俺と同じ名前にするのやめてください」

「そうかー、同じ名前は嫌かー……じゃあ、イヌガミ一世」

「いやいや、ヨーロッパの王族みたいな分け方しないでください……紛らわしいんですよアレ」


 そこまでツッコんで、とある重大な事実に気づく。


「……あれ? い、一世!? そっちが一世!? それじゃあ俺が二世じゃねえか!! 何でこんなポッと出の雑魚に初代の座を譲らねばならんのです!?」

「おい、言葉を慎めよ。三世」

「に……二世ですらないのかよ……」


 二世の座はいったい誰の手に。どうもしっくりこないまま、三世は作業へと戻った。


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