決着
カルロスはこれまで自分が死体を操っていたのだと言った。
しかし、本当にそうだろうか?
とっかかりは、そういう小さな疑問であった。
例えば、あの死体たちはものを喋っていた。特に、異形の鳴き声は逐一意味深で、あれをカルロスが指示して言わせていたとは思えない。
極めつけは、カルロスが言った「そんなことも指示してやらんといかんのか」という言葉。
もしかしたらカルロスは人形の行動の全てを操っているわけではなく、ある程度の自立機能を持たせているのではないか、と。
対象を追いかける。
攻撃する。
そういった大まかな操作をカルロスがやっているだけで、その他は自動で行われているはずだ。
そうでないと、遠く離れた位置にいる二人の部下を同時に動かすなんてこと、一人の人間に出来るわけがない。
そして、もし自立機能が設けられていたとして、おそらくそれが最も活用されるのは、人体における生命維持の仕組みにおいてだ。
内臓を動かす、
血液を循環させる──それから、
呼吸する。
あの人形たちが、生身の人間と同じように呼吸していることは、戦っていて分かった。また、カルロスは自身の魔力で血液を代用していると言った。血液の役割は普通、呼吸して取り入れた空気を全身に循環させることだ。ならば、人形たちに呼吸が必要なのは明らかだった。
ここまで分かって、後は賭けだった。イチかバチか、イヌガミはプールに飛び込んだ。
そして、賭けに勝った。
人形たちは、プールに潜ったイヌガミを馬鹿正直に水中まで追って来た。その際、『水中では息を止める』なんて生身の人間なら当然に分かることが、人形の彼らには分からない。あまりにも初歩的な思考だから、カルロスも気づかず、特別に指示を下さなかった。
人形たちは水の中で息を吸い続ける。苦しいという感情すらないから、肺が水浸しになってもなお、水を肺胞に送り続けた。彼らは、自らの大事な生命維持機能を自らの手で破壊し続けたのだ。不死の体を持っていても、こればかりはどうしようもない。修復しても修復しても、その度に水を飲んで浸水する。この時、人形たちはその機能を完全に停止した。
「待ってろよ、クソ霊媒師」
念には念をと、イヌガミが二体の人形をプールの底に沈めた。浮袋を失った彼らの体は、もう二度と水面に浮いて出てくることはなかった。
イヌガミがプールサイドに上がる。三階教室の窓際に立つカルロスを見上げた。
傷は酷く痛んだが、あの老人を仕留めるだけの体力はある。まなじりを決し、水を含んだ靴をぐしゃぐしゃ鳴らしながら、仇のいる校舎の三階を再び目指す。
その時、カルロスが窓から離れた。建物の暗闇の中にその姿が消える。
「逃げられると思うなよ」 そう呟いて、イヌガミが駆け出した。
その時、突然何者かに背後から肩を掴まれた。イヌガミの体が押さえつけられる。
「な……‼」
振り向くと、金色の髪をした一人の少女がそこに佇んでいた。新たな敵か。直感的にそう判断してイヌガミが身構えるが、少女は対照的に、優しい手つきでイヌガミの腕を抱き寄せた。
「あなたはもう戦わなくてい~の。ほら、見せてごらんなさい。怪我の治療したげるから」
甘えるような声音でそう呼びかけてくる。イヌガミはそれを振りほどこうと腕を回した。
「は⁉ は、離せッ! 俺は‼ 行かなきゃならねえんだ‼」
「何言ってんの。あなた、その出血でこれ以上動いたら死んじゃうよ」
「俺は大丈夫なんだ‼ 頼む、離せ、離してくれ! このままだと神父が逃げる‼」
「逃がしていいじゃない」
「ああ、クソ、誰なんだあんたはッ!」
今にも発狂しそうな脳みそを、発散させるかのようにイヌガミが声を張り上げる。
「行かなきゃいかねえんだ! 俺は! 早乙女の仇を取らなきゃいけないんだッ‼」
イヌガミがそう叫ぶと、背後の少女がふぅんと鼻を鳴らす。その声はどこか嬉しそうだった。
そして少女は、プールの入り口に向かって、呼びかける。
「だってさ、明。良かったね。あんた、とっても大事に思われてたみたいよ?」
──明……?
動かない体で、必死に眼球を動かす。目の前に立つ人影を見とめた。
早乙女明は、そこにいた。
金属のような光沢を持つ黒髪と、月明りに照らされた山吹色の瞳。間違いない。服装こそ見慣れない男もののスーツに変わっていたが、正真正銘の早乙女明が目の前に立っていた。
「別に……大事に、とか……そういうんじゃないでしょ」
ブロンドの少女の言葉を受けて、明は恥ずかしそうに目線を逸らした。
一方のイヌガミは、何が起こっているのか理解できず、呆然としてその光景を眺めていた。
「……それで、どうでした? カルロスさん」
明が振り返って言う。入口から、また一人新たな人影が現れた。
禿げた頭に糸のように細い眼。神父の格好をしたその男は、イヌガミには馴染みがあった。
「カルロス……‼」
「イヌガミ、良いの。この人は敵じゃない」
「……は?」
イヌガミが目を剥く。その真意を訊くより前に、カルロスが口を開いた。
「使われた能力は身体強化のみだ。彼は、我々の探している異能力者ではない」
その言葉を聞いて、明の口から大きな息が漏れた。
同時、トン、と。天空から一人の男が、イヌガミの目の前に降り立った。
「ん、君がイヌガミ君だね」
三〇代後半くらいのだろうか。男は、人懐っこい笑みを浮かべてこちらに首を垂れた。そして、眼鏡の柄を摘まんで、目に焼き付けるようにイヌガミの顔を見つめる。
「今夜のことはすまなかったね。一度、場所を移させてもらってもいいかな?」




