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栄弥荘の魔女  作者: 石垣日暮
第1章 ファースト・ウィッチーズ
18/19

およげ!いぬがみくん


「──うぐああああああああああああああああああ!!」


 残された気力の全てを振り絞って、イヌガミはその場から立ち上がった。


「何……ッ!!」


 異形に食われた部分からは血が泡となって滴った。全身の血が逆流するような感覚を覚える。

 体が熱い。全身の穴という穴から高熱の蒸気が溢れ出ているようだった。


 イヌガミがまさか動くとは思わず、カルロスは呆気に取られていた。それが良かったのだろう。イヌガミは異形の巨体を持ち上げると、そのままよろめく様にして横に向けて倒れ込んだ。

 倒れ込んだ先には、先ほど槍女が出してそのままになっていた槍の先端が突き出していた。


 ぐしゃり、と、鋭い衝撃が心臓まで伝う。黒槍は、異形の後頭部を貫いていた。


「マママママママママママママ」


 イヌガミに食いついていた異形の顎がパカリと開いた。その隙に、イヌガミが肩から異形の口を引き剥がす。そして、ぐちゃぐちゃになった肩を庇いながら、教室の中に逃げ込んだ。


「ああ、くそ! 追え! 追え! 絶対に逃がすな!!」


 カルロスがワンテンポ遅れて指示を飛ばす。全快した槍女が、一足先に駆けた。


「ウスノロがぁ!! 何をやってる! 私の手を煩わせるな!!」


 槍に突き刺さって藻掻いている異形をカルロスが助け起こす。

 相変わらず意味をなさない言葉を唱える異形を連れ、カルロスが教室に入って行った。


「……何だと」


 が、教室に入っても、そこにイヌガミの姿が見当たらなかった。


「探せ!」

 そう叫んで、掃除用具入れや教卓などに一通り目を通したが、イヌガミの姿は見当たらなかった。ふと、教室のカーテンがたなびいたのを、目の端で捉える。


 まさか、とカルロスが窓に近づく。窓は開いていた。


「バカな。ここは三階だぞ」


 ここから飛び降りたとでもいうのか、あの満身創痍の体で。カルロスが窓から頭を突き出して地上を見下ろす。想像通りなら、頭の潰れたイヌガミの遺体が見つかるはずだったが。


「そういうことか……」


 巨大な水たまりが、月明りを映してゆらゆら揺らめいていた。

 備え付けのプール。イヌガミは、ここに飛び込んだのだ。


 そして、プールの中央。水を搔き分けてたどたどしく移動するイヌガミの姿が見えた。


「おい!! お前たちも飛び込め!! 追え! 絶っ対に逃がすな!!」


 言うが早いか、二人の部下が窓際に足を掛け、順番に飛び降りた。巨大な水柱が聳え立つ。


 あの体だ。そう早くは移動できまい。思いながら、自分も追いかけるべく階段を目指した。


 そこで、プールの中のイヌガミと目が合った。


 異様な光景だった。

 目の前には不死身の怪物たちが差し迫っているというのに、イヌガミは三階の窓のカルロスを凝視していた。

 亡霊のような立ち姿に、カルロスが引き込まれるように見入っていると、しばらくして、イヌガミの姿がプールの中に沈んでいった。


「プールの中に潜ったぞ! 探せ!! 逃すなよォ!!」


 全てを見届けた後、我に返ったカルロスの絶叫が、夜の校内に響いた。


*    *     *     *     *


 水の中は静かで、暗かった。


 冷たい水が火照った体に染みこんで心地いい。ここで一生暮らすのも悪くないな、なんてぼんやりと考えていると、暗い水の中から黒い影が二つ、こちらに迫ってきているのが分かった。


 異形が、その丸太のような両腕をこちらに伸ばしてくる。イヌガミはペッタリとプールの底に張り付いて、連中が近づいてくるのをただ何もせず、まるで他人事のように眺めていた。




──カルロスが言葉を失う。眼下では、信じられない光景が広がっていた。


 部下が二人、水面に浮かんで動かなくなっていた。


「ぶはっ」

 大口を開けながら、イヌガミが水面から顔を出す。小さく咳き込んでから、目の前に揺蕩う二つの死体に目を落とした。そして、にんまりと口の端が吊り上がる。


「おい、どうした、霊媒師ィ!!」


 校舎の窓からこちらを見下ろす男に向かって、イヌガミが声を張り上げる。


「お前の可愛い部下たちが、水飲んで苦しんでるぞ! 早く降りてきて助けてやらねえか!!」


 イヌガミの言葉で何が起きたのか理解する。

 ツーっと、一筋の汗がカルロスの顔を伝った。


 してやられたのだ。気づいて、カルロスはただ瞠目して夜空を仰いでいた。


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