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栄弥荘の魔女  作者: 石垣日暮
第1章 ファースト・ウィッチーズ
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究極の無意識


「──どうやって私が君をこの校舎に誘い込んだか、気にならないか?」


 カルロスが言った。その冷静な語り口に、イヌガミの意識が持っていかれる。


「……何のつもりだ」

「今から私に近づこうというのに、私の能力について分かっていないままで良いのかね?」


 足が止まっていた。

 くだらない時間稼ぎだ。そう思うけれども、体が動かない。ここに来て突然余裕を取り戻したカルロスを見て、何か本能的な危機感を感じ取ったのである。


 自分は何か、根本的なところで思い違いをしているのではないか、と。


「私の能力はね、イヌガミ君、人の無意識に干渉する能力だ。無意識になって隙の出来た脳機能に干渉し、その人の行動を操作する。そういう魔術だ」


 そんなイヌガミの逡巡を知ってか知らずか、カルロスが説明を続ける。


「私はこれまでに三度、君の無意識を操った……最初の二回は教会で。芳香の充満した蒸し暑い部屋で、長らく待たされた君はまんまと無意識になり、私の支配下に置かれた。私は君に祭壇の上に荷物を置きに行かせ、ついでに害虫駆除も手伝ってもらった」


 心当たりがあって、イヌガミが瞳孔を開く。一方、カルロスはニコリともせずに話を続けた。


「そして三度目。私に追いかけられている時だ。長時間にわたる全力疾走で疲れ果て、君の意識が朦朧としたところで、君が校舎に向かうように仕向けたんだ」


「ぺらぺらと、ご丁寧にどうも」


 カルロスの能力は分かった。これまでの異常な出来事の真相についても……だが。


「それで、どうする? この状況で、もう俺があの時みたく無意識になることはないぞ。お前の能力とやらで、俺を操作することは出来ない」


 結局、今の説明で分かったのは、彼の能力がこの状況で何の役にも立たないことだけだ。


 鉄の棒を握り直す。そこに、カルロスが口を開いた。


「究極の無意識とは何だと思うね」


 唐突に提示される。一見これまでの話とは全く関係なさそうな問いかけ。


「究極の無意識とはね、イヌガミ君。〝死〟だ。考えてみれば当たり前の話だろう?」


 自分で答えを出して、カルロスは自嘲気味に笑う。


「人は死んだとき、完全な無意識状態になる。この状態になれば、私はその人の全てを操作することが出来る。そいつは私の完全な下僕となり、私の意のままに動くようになる」


 背筋が粟立つ。カルロスの言わんとすることを完全に理解したわけではなかったが、あるいは、臆病者の勘のようなものが働いたのかも知れない。弾かれたように、後ろを振り返る。



遅かった。



「ママァァぁぁァァァァァァァぁァァァァァァァッ!!」


 倒したはずの異形が動いていた。立ち上がり、筋肉からぎちぎちと音を立てながら、今やイヌガミの目前にまで差し迫っていた。


「吐キマセン!! 吐キマセン!! 吐キマセンンンンンンンンン!!」


 咄嗟に身を翻すが、避け切れない。異形がイヌガミの肩に食らいついた。


「ううっ、ぐ……あああああああああああ!!」


 メキメキと骨の砕かれる音が頭に直接響いてくる。迫りくる激痛と恐ろしさで絶叫した。


「そいつらは死体だ。過去に死んだ魔術師たちを、私が貰い受けて傀儡化した。それを今まで操っていたんだよ。私の霊媒師という肩書もなかなかダテではなかっただろう」


 そして、槍女も立ち上がる。破裂して跡形もなくなったはずの頭部は、既に骨格や目玉が復元されており、あとは肉と表皮の回復を待つのみであった。


「お前の方はまだ時間が掛かりそうだな」

 剥き出しの目玉をギョロギョロと回す部下を見て、カルロスが苦々し気に笑う。


「そういうわけで、こいつらに外傷は意味がない。そいつらの血液は、私の魔力が循環して代用しているし、内臓も筋肉も、私の魔力ですぐに回復する。そいつらを止めたいのなら全身を細切れになるまで切り刻むか、灰になるまで燃やし尽くすくらいしか方法はないが……」


 言いながら、イヌガミを見る。食らいつかれてもう為す術もなく、ただ小鹿のように体を震わせていた。

 ゴリゴリと骨の削られる音がする度、絶叫が辺りの空気を揺らす。


「残念。今の君には、そんなことができるだけの力も、余裕もないようだ」


 耳元で怪物が、うじゅるうじゅると口の端から音を立てていた。イヌガミの肉を啜りながら、「吐キマセン、吐キマセン」となおも唱え続けているようだった。


 今までに感じたこともないような激痛。胃酸が込み上げて、イヌガミの口内を濡らした。喉が締まって息が出来ないのに、悲鳴だけはいくらでも出てきた。


「しかしまあ、明君はとんだ犬死にだったな。今頃草葉の陰で泣いているんじゃないか」


──早乙女……。


 早乙女も、こんな感じだったのだろうか。薄暗い構内で、体から血を流して、悶えるような痛みと、果てのない孤独に身を包まれながら、最後は死んでいったのだろうか。


 本当に、悪いことをした。自分の小心のために、彼女を死なせてしまった。彼女は今、どんな死に顔を晒しているのだろう。もう体の原型も留めていないのかも知れない。

 それでも、弔ってやりたい。でなければ、天国にいる彼女に顔向けが出来ないじゃないか。


 考えろ、考えろ。


 この状況をひっくり返し、くそったれのカルロスを地獄に落とす方法を。


 異形の横顔を睨む。イヌガミの鎖骨をしゃぶる巨頭は、フスッ、フスーッと鼻息を荒げながら、イヌガミにとどめを刺す指令が下るのを今か今かと待っていた。


 そんなことまで指示してやらないといけないのか。朦朧とする意識の中、不意に湧いたその言葉は、先にイヌガミが奇襲を仕掛けた際、カルロスが口にしたものと同一であった。



………………ああ、そうか。


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