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栄弥荘の魔女  作者: 石垣日暮
第1章 ファースト・ウィッチーズ
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Ebi Sukui

「ふん……」


 脅威がなくなったことを確認して、カルロスは最初イヌガミだと思いこんでいた目の前の人影に手を伸ばす。それが身に纏っていた学ランと仮面を勢いよく剥ぎ取った。


 衝撃でボトボトと、プラスチック製の内臓が二、三落ちてくる。


「盲点だったよ。日本の学校にこんなマネキンが備えられているなんて」


 人体模型──イヌガミ一世のありのままの姿を見て、カルロスの顔が忌々し気に歪む。


「……マネキンを囮役に使うのはなかなか良い思い付きだったね。これだけ暗いんだ。仮面を付け、学生服を羽織った人影が立っているのを見れば、誰でも君だと思うだろう」


 よろよろ立ち上がるワイシャツ姿のイヌガミと、その背後、半分開いた教室の引き戸を見た。


「……人形はダミー。本物の君は、そこの教室の中に隠れて攻撃のタイミングを虎視眈々と狙っていたわけだ。素人の奇襲作戦にしてはなかなかに秀逸だ。素直に賞賛するよ」


 カルロスが手を打ち鳴らす。気分はさながら、生徒のテストの採点をする教師だった。


「……しかし、問題はそこまでして我々の背後を取った後の行動だ。花火で攻撃とはなかなかロマンチックで楽しめたが、いかんせん決定打に欠ける」


 槍女が立ち上がった。壁に手をついて足取りは覚束なかったが、今後の戦闘にそれほど支障はないように見える。カルロスが内心胸を撫でおろして、


「真っ先に彼女に襲い掛かって行ったのは……髪を燃やそうとしたわけか」


 考えたねえ、とカルロスが鼻を鳴らす。槍女は髪の毛を槍に変形させる。そんな彼女が髪を失えば、もう攻撃手段がなくなる。自分はまんまと部下を一人無力化させられるところだった。


 しかし、結果は失敗。女の髪は所々焦げて縮れているものの、それ以上ではなかった。


「ふふ、残念。髪ってのは花火程度で燃えるものじゃない。本気で燃やすつもりなら別の火種を用意するべきだったね。そもそも、音と光をまき散らす花火と奇襲攻撃は相性が悪い」


 やはり素人だ、こいつは。


「そして今、再び窮地に追いやられたのは、君の方だ」


 カルロスがイヌガミを指さした。一瞬、イヌガミの体がびくりと震える。そのたどたどしい反応にすこぶる愉快な気分になりながら、カルロスが続けた。


「君は自分で選んで学校に逃げ込んだのだと思っているのかも知れないが、実際は逆だ。君がここに逃げ込むよう、私が仕向けたのだ……イヌガミ君、実はもう勝負はついているんだよ」


 イヌガミが目を見開く。そのまま弾かれたように顎を引いて、足元に目線を落とした。

 気が付いたかい、とカルロスの鼻の穴が膨らむ。


「この廊下には既に、この女の息を吹きかけた髪の毛をいくつも配置しているのだよ」


 槍女の魔術は、息を吹きかけた自身の髪を槍に変形させるもの。


 であれば、何も弾き飛ばすしか能がないわけではない。あらかじめ息を吹きかけた髪を戦場に仕掛けておけば、遠隔操作のトラップとして使うことも出来る。


 つまり、カルロスが合図を出せば、配置された髪の気はすぐさま槍へと変貌し、イヌガミは全身を串刺しにされて死ぬ。


「今更取り除こうったって無駄だよ。この暗さで全部見つけるなんてまずもって不可能だ」


 設置したのはここだけではない。出入り口や階段、教室……至る所に仕掛けてある。

 万が一にも、イヌガミを逃がさないために。


「ま、素人の割にはよく頑張った。一瞬とはいえ肝を冷やしたよ。明君を殺されて、一矢報いてやろうと思ったのかね。もしそうだとすれば、イヌガミ君のガッツに拍手だ。とはいえ、私には及ばなかったかな。いやいやいやいや! 何も貶しているわけではない。褒めてるんだ」


 勝ちを悟ったカルロスは饒舌だった。得意満面の笑みで、勝利の余韻に浸っている。カルロスが薄闇に眼を凝らす。イヌガミの絶望の表情を一目見てやろうと思った。


「……?」


 しかし、イヌガミは何の感情も湛えていなかった。ただ無表情にカルロスの語り口に耳を傾けている。


 状況を解していないのか。ならば、もう一度説明してやろうと、口を開きかけた時。


「……ふ」

 イヌガミが鼻から息を漏らした。


 相変わらず表情だけは無感情のまま、一人盛り上がるカルロスを小バカにするように、鼻で笑ったのだ。聞き間違いを疑うカルロスに、イヌガミが口を開く。


「ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ…………御託が長いな、霊媒師」


 カルロスの顔が歪む。頭に浮かんだのは、憤りよりもまず困惑だった。

 本当に理解できていないのか、と。そう尋ねようとするより先に、イヌガミが続けた。


「良いからやって見ろよ。試してみようぜ。次の瞬間、体をズタズタに切り裂かれんのが」


 イヌガミが顎をしゃくる。


「本当に、俺なのか」


 カルロスが眉を顰める。


「そうか……」 ゆっくり呟いた。


「それならば仕方ない。試してみることにしよう」


 カルロスが片手を上げる。上司の合図を受け、槍使いの女が静かに魔力を回し始める。


「残念だよ、イヌガミ君。君とはもう少しお話が出来そうだったのに」


 瞬間、槍が伸びた。イヌガミの四方を囲む。壁の隙間や床の木目など、狭いところからめいめいに生えて来た黒槍は大きくしなり、イヌガミの心臓めがけて飛び込んできた。


 次の瞬間、槍はイヌガミの皮膚を突き破り、彼は八つ裂き死体になって倒れる。はずだった。


──グポ……


 イヌガミの体を抉る直前、槍は成長を止めた。


 目を剥く。カルロスの耳元で「グポグポ」と聞き馴染みのない、それでいて腹の底をまさぐられるような音が鳴り続けていた。恐る恐る目線をずらす。その先には、


「な……に……」


 頭部の破裂した槍女の姿。


 グポグポと音を立てて滴り落ちていたのは槍女の脳味噌。全身を激しく痙攣させながら、残った下顎の上には頭蓋と眼球と脳がスクランブルエッグみたいになって乗っている。


 女の頭部からは、自分で発現させたと思しき無数の黒い槍が飛び出していた。


「お前たちが仕掛けた髪の毛だ」


 少年の低い声に、カルロスの顔の顔が歪む。「まさか」と小さく呟いた。



「お前たちが仕掛けた髪を数本、もみ合いの時そいつの口にねじ込んでやった」


 階段で手に付いた異様な量の髪を見た時点で、トラップには気づいた。

 気づいて、それを逆に利用した。


 イヌガミは、廊下に落ちていた女の髪をもみあいのどさくさに拾い上げ、槍女の口に突っ込んでやったのだ。槍女の喉奥に挟まった髪の毛は、彼女の能力使用と同時に長槍へと成長し、勢いそのまま女の体を内部から突き破り、


 そして──。


 女が膝から崩れ落ちる。地面に散ったスクランブルエッグは、月明りで黒々と反射していた。

 死してなお死にきれず痙攣を続けている女の姿を、イヌガミは冷たく見下しながら言った。


「どうやらお前のお仲間の方だったらしい。体ズタズタに引き裂かれて死ぬのは」


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