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栄弥荘の魔女  作者: 石垣日暮
第1章 ファースト・ウィッチーズ
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攻勢


「ッ!」


 階段を上る途中で、段差に躓いた。床に張り付いて、車に轢かれた蛙みたいになる。脛を強打して、皮膚の突っ張るような感覚を覚えたが、不思議と痛みは感じなかった。


「……何やってんだ、俺」


 口を突いて出てくるのはそんな言葉。


 人を一人、見殺しにした。巻き込まれた側だから、逃げて良いと言われたから。

 酷い言い訳ばかり頭に浮かぶ。そんなちんけな言い訳のために、明は死んだのだ。


 ことあるごとに明に指示を仰ぎ、その通りに行動した。自分の頭で考えようともしなかった。

 そして最後、明に逃げろと言われた途端、言質を取ったとばかりに背を向け逃げ出した。

 結果、明は体中を引き裂かれて死に、自分は変わらず窮地に追い込まれている。


 何だ、このザマは。


 あそこで明と一緒に留まることを選んでおけば、何か変わっていたんじゃないのか。敵を倒すことは出来ずとも、二人で逃げ延びることは出来たんじゃないのか。


 イヌガミが床に付いた手を放す。塵に交じって、数本の髪の毛が手の中で光っていた。


「…………」


 イヌガミが、血塗れのブラウスを手に取る。それを手ぬぐい状に細長く広げた。

 そして、自身の右の上腕に巻き付けると、片端を歯で食いしばって固く引き結ぶ。


 結び目がきつかったのか、腕に血が溜まるのを感じたが、今はこの痺れが心地良かった。


 階段から出た。闇雲に上っていたので、ここが何階であるのかも把握していなかったが、突き当りを曲がって真っ先に目に飛び込んできた表札で現在地を知る。


「腹括れ、ってことか……」


 夢なら醒めた。覚悟は決めた。もう、これ以上後悔はしない。


*    *     *     *     *


「おや」

 三階廊下の突き当りで立ち尽くす人影を見つけ、カルロスが足を止める。


 辺りは薄暗く、明かりはと言えば窓から漏れ入る月の光しかなかったが、身に纏った黒い学生服を見れば、目の前にいるのがイヌガミであることくらいは分かった。


「もう、逃げるのは諦めたのかい」


 目を眇める。イヌガミの顔がいやに浅黒く見えた。やがて薄闇に目が慣れ、彼が仮面を被っているのだと知る。目玉が飛び出た、ピエロの面。判別したカルロスが、愉快気に口を歪めた。


「ふっ……はっはっは! そんな仮面をかぶって、私が恐ろしがると思ったのかね?」


 イヌガミは何も言わなかった。ただ廊下のど真ん中で目の前の虚空を眺めて突っ立っている。

 絶望しているのだろうか。まあ、無理もない。


 カルロスが背後に目を遣った。二人の部下──槍女と異形は、じっと彼の指示を待っている。


「……私が言うのも何だが…………明君は残念だったね」


 わざとらしく神妙な声を出す。目の前の人影の体が強張ったような気がして、ほくそ笑んだ。


「君があの場にいなくて良かった。彼女の断末魔を聞けば、君は気を失っていたかもしれない」


 イヌガミは何も言わなかった。挑発に反応する余裕すら、今の彼にはないのだろう。


「しかし、別に君ら、実際に男女の仲だったわけではないんだろう? なら、気に病むことはない。彼女を見捨てて逃げた君の判断は、別に間違っていなかったと思うよ」

「…………」


「返事くらいはして欲しいもんだね」

 口を閉ざしたままのイヌガミに、いよいよ苛立ちを感じ始めたカルロスが動いた。部下二人に目配せし、イヌガミに向かってずかずかと歩み寄る。


 カルロスたちが動き出しても、イヌガミはピクリとも動かなかった。

 立ったまま気を失っているのだろうか。最後の最後まで、つまらん男だった。


──バタンッ。


 瞬間、カルロスの背後から大きな音がした。首を回す。音のした方を確かめた。


 イヌガミが、そこにいた。


「………………バカな」


 廊下の突き当りで棒立ちのイヌガミの影は確かに目の前にある。しかし、それとは別にもう一人、別のイヌガミが自分たちの背後に立っているのだ。


 そして、もう一人のイヌガミの手の中で、何かが激しい音を立てて発光していた。


 着火された、手持ち花火の束。


 カルロスがそれを視認するのと同時、イヌガミが地面を蹴る。カルロスに向け、突進した。


(速い……ッ)


 迷いもなく直進し、十数メートルあった彼我の距離が一秒経たずに詰められる。間に合わない。やられる。そう判断したカルロスが、咄嗟に防御姿勢を取る。


 しかし、花火を手にしたイヌガミが真っ先に向かったのは、カルロスの方ではなく。


「…………!!」


 槍女の方だった。


 猿のように飛びかかり、頭部に絡みつく。女が堪らずバランスを崩して倒れ込んだ。頭蓋が地面に叩きつけられ、コォン、と痛々しい音が響く。


 イヌガミと女がもみ合いを始める。初め、意味が分からずに二人のやり取りを傍観していたカルロスも、イヌガミの手の中で忙しなく動く花火の光を見て、気づく。


「おい! 何やってる! あの女を助けろ! イヌガミをどかせ!」


 もう一人の部下に呼びかける。異形はきょとんとして、腫れあがった醜い顔を傾けた。


「そんなことも指示してやらんといかんのか!? 私の護衛は良いから、あの女を助けろ!!」

「ま、ママ~~~!」

 異形が駆け出す。槍女と揉み合いになるイヌガミの体を蹴り上げた。


「ぐあ……ッ!!」


 丸太のような脚に打たれ、堪らずイヌガミは空中に身を投げ出す。肺を絞られるような呻き声を上げながら、丸まった体でボールのように、廊下を二、三度跳ねた。


 手に持っていた花火は手放され、壁に叩きつけられた後、その灯火を消してしまう。


「ふん……」

 脅威がなくなったことを確認して、カルロスは最初イヌガミだと思いこんでいた目の前の人影に手を伸ばす。

 カルロスは、それが身に纏っていた学ランと仮面を勢いよく剥ぎ取った。


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