表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
栄弥荘の魔女  作者: 石垣日暮
第1章 ファースト・ウィッチーズ
13/19

ロスタイムメモリー


(こんなもんか……)


 だだっ広い生徒用玄関の鉄扉を、椅子やら机やらをありったけ持ってきて塞いだ。

 即席のバリケード。それを背に、イヌガミが座り込む。背後を守られたことで、張りつめていたイヌガミの心がいくらか落ち着いた。


 しばらくここにいよう。


 ふいに、そんな考えが頭を満たし始める。カルロスたちが別の入り口から入って来ても、その時はこのバリケードをどかして入れ違いに逃げればいい。

 そのうち、槍女を下した明が助けに来てくれるかもしれない。それまで耐えればいい。このまま──


──ドガシャアアアアアンッ!!


 背後から轟音が響く。あまりの激しさに、腹の底が液状化したような不快感を覚える。


 戦慄して振り返る。土やら埃やらが宙に舞い、そのせいで視界は薄白く染まっていた。

 目を眇める。つい先ほど自分が並べたはずの机や椅子が、無秩序に地面に横たわっていた。


「まさか……」


 直後、ヌルリと。


 土煙の中から、青白い掌が飛び出して、その掌に首を掴まれた。ガチンッと後頭部で火打石を打たれたような音がして、体が壁に叩きつけられたのだと気づく。

 そして、その腕の主の顔が、イヌガミの顔の正面に来る。


「……ハキマセン」


 白い顔は異常なまでに腫れあがっていた。鼻や唇は形を成しておらず、水風船のように腫れあがった瞼が眼球を隠している。頭部には短い毛がポツポツ生えていて、無秩序な生え方は、一瞬カビが生えているのかと錯覚させた。


「ハキマセン。ワタシ、吐キマセン」


 そんな得体の知れない何かが、片言で意味の分からない言葉を溢している。


「ぁ……ぁぁぁ……!」


「アナタ食ベテモ、ワタシ吐キマセ~~~ンッ!!」


 化け物が口を開く。ぬちゃぬちゃと音を立てる巨大な口腔を見て、嫌な予感がした。

 食いつかれる。そう思って咄嗟に掴んだのは、すぐ傍に散乱していた椅子だった。それを、渾身の力で手前に引きずり出す。化け物はイヌガミより前に椅子の足に食いついた。


 防いだ。安心したのも束の間。


「吐ぎゅましぇん。吐キマしぇんカラァァ~~~!!」


 目を剥く。椅子の足がバリバリと、化け物の口の中でかみ砕かれていた。


「うわあぁぁ!」


 不細工な悲鳴を上げる。


 一瞬、化け物の自分を押さえつける手が緩み、その瞬間に思い切り体をよじる。コルク栓が瓶口から取れるように、イヌガミの身体が解放された。


 校舎の奥に向けて走り出す。振り返ると、化け物はなおも椅子を咀嚼し続けていた。


*    *     *     *     *


「──ハッ、ハッ……ハッ……!!」


 自分の激しい息切れの音だけ空間に響く。


 考え得る限り最悪の状況だった。バリケードは壊され、化け物に校舎内への侵入を許した。

 こうなると、校舎ももう安全ではない。一刻も早くここから脱出しなければならなくなった。


 走りながら、不意に自分の手元を見る。化け物に食い破られた椅子の足の切れ端を、無意識にずっと握りしめていた。化け物にねじ切られた鉄棒の先端が、鋭く尖っている。

 生物の為せる業ではない。あの時、食らいつかれていたら。想像して背筋に冷たくなる。


 明はまだ助けに来ないのか。


 苛立ち交じりに呟いた、その時だった。見えて来たのは渡り廊下への扉──出口だ。


 フラフラと近づいて、鉄扉に手を当てる。しかし、力を込めても扉は開かなかった。今度は背中を押し当て、全体重を以て扉を開けにかかるも、やはりビクともしなかった。


「くそ……ッ!! 何で……ッ!!」


 汗を滲ませ喚く。その直後、扉が一瞬、風船のように膨らむ。あり得ない映像に目を瞠った。


~~~~ッドォン!!


 全身を切り裂く轟音とともに、扉を突き破って何かが突っ込んできた。


 吹き飛ばされる。そのまま、背中が壁に勢いよく叩きつけられた。背中の皮が全て剥がされたかのような激痛に顔を歪ませながら、無我夢中で上を見上げた。


 そして視界に入って来た映像に、頭がフリーズする。


 黒い槍。

 それが、イヌガミの横たわっているすぐ隣の壁に突き刺さっていた。


 ゆっくりと目線をずらし、扉の方を見る。イヌガミがどれだけ頑張っても開かなかった渡り廊下への入り口は、今は内側に捲れ上がるような形で大口を開けていた。


「…………?」


 ここで、槍の端に何かの布が結び付けられているのを見つけた。恐る恐る手を伸ばして、結び目を解く。いやに暖かいそれを目の前に広げた。


「あ……」


 ズタズタに引き裂かれ、穴だらけになったブラウスだった。


 明が身に付けていたものだ。気づいて、膝から崩れ落ちる。ブラウスから鉄の匂いがした。掴んでいた手を離すと、ねちょりとした生温い液体がイヌガミの掌を覆っていた。


──ありがとうね。


 明の顔が再生される。水中にいるみたいに息が苦しかった。自分は何かとんでもない思い違いをしていたのではないかという思いが、冷たい痺れとともに足元から這い上がってくる。


 真顔のままで立ち上がる。何かから逃げるように、イヌガミはすぐ脇の階段を駆け上がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ