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栄弥荘の魔女  作者: 石垣日暮
第1章 ファースト・ウィッチーズ
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霊媒師カルロス・ゲオルギウス


 礼拝堂の扉を開け、中に入った途端、木材とお香の甘ったるい香りが鼻腔を突いた。


 中には誰もいない。薄暗く、静かな構内に、時計の針の音だけが高く響いている。


 控えめな装飾を施された壁を、注意深く観察する。ふと、何か動くものを捉えた。幼児の掌ほどの大きさの黒い物体が、音も立てずにコソコソ動いている。


 蜘蛛だった。それに気づくのと同時、男の声が響く。


「やあやあ早乙女さん。お待たせしたね」


 見ると、祭壇の方からこちらに向かってくる人影が見えた。知らず、イヌガミが身構える。


「こんばんは、カルロスさん」

「ああ、こんばんは。さあさあ、好きなところに掛けたまえ」


 カルロスと呼ばれた男に促されるまま、二人は入って右奥、祭壇の前の席に腰を下ろす。カルロスは、まるで説法をするように、後ろに手を組んでイヌガミたちの前に佇んだ。


 こいつが、早乙女の言っていた容疑者か。強張った表情で、目の前に立つ男を見上げる。


 容疑者と、そう呼ぶにはあまりにも好々爺であった。十国よりは年上であろうか。真っ黒い、裾が踵にまで伸びた服に、首には十字架をかけており、典型的な神父の格好である。


「そちらの男の子は例の彼氏クンかな? いやあ、わざわざ連れて来てもらってすまないね」


「いえいえ~」


 そう言って、明が右腕に縋りついてくる。完全に不意を突かれたイヌガミが体を震わせた。


 振りほどこうと腕を引いたが、明はその細身からはちょっと予想できないくらいの怪力で、イヌガミの腕にワニの如く食いついて離れない。一瞬だけ微笑を止めた明と目が合った。


『ただ私に話を合わせていなさい』と、さっきの言葉がそのまま明の声で再生される。


「さて、彼氏クンの方は初めましてだね。名前を聞いてもいいかな?」


 神父服の男が問いかけてくる。ステンドグラスの光が、彼の毛根尽きた頭部を反射していた。


「イ……イヌガミ、リョウと言います」

「ありがとう。私はカルロス・ゲオルギウスという者だ」


 神父は名刺を一枚取り出し、恭しく差し出してきた。咄嗟に立ち上がり、それを受け取る。


『ローマ教会 霊媒師 カルロス・ゲオルギウス』


 さらりと添えられた霊媒師という文言に困惑し、イヌガミがカルロスを見つめ返した。


「私は見ての通り教会で神父をやっていてね。一方で、まあ……その活動の一環と言っても何だが、民間の人たちの苦痛を癒すような活動も行っている。自分の才能を活かしてね」


「才能?」 イヌガミが問いかけると、カルロスがふわりと笑う。


「霊的な才能だよ。死者と交信したり、魂を呼び寄せたり、人を蘇らせることだってできる」


「………………」


「先日、そこの早乙女さんに相談を受けてね。私が作ったお守りを彼女に売ったのだよ。そしてその時、今度は自分のボーイフレンドを連れてくると言われたんだ」


 つまり、そのボーイフレンド役が、俺か。


 明を睨む。彼女はまっすぐに前を向いて、彫刻のように背筋を伸ばしたまま動かなかった。


「……それで、早乙女さん。あのお守りを買ってみて、何か変わったことはあったかな?」

「いやぁ、もう変わりまくりですよぉ~! 今月は風邪ひきませんでしたぁ~!」


 恩恵がしょぼすぎる。


「ちゃんと効果が出てるみたいだねえ、その調子でいけば、来月には一〇キロ瘦せるよ」

「え~? やったぁ~!」


 病気を疑うんだよその痩せ方は。


 明の演技力は凄まじい。仕草や喋り方だけで、IQを三ダース分ほど下げて見せていた。


 一方、問題はこの神父である。ここまで話して、この男が単なるペテン師以上の何かとは思えなかった。ローマ教会という誰でも分かる権威を利用し、やることは胡散臭い商材の販売。


 小悪党の典型である。とても殺人なんて大それたことに手を染めるようには見えない。


「ねえねえ、ダーリン! どうしよう~!? 私もっともっと痩せるってぇ~!」


 そんなイヌガミの思いなど知らず、明がキャピキャピした声で水を向けてくる。


「め……明はもう十分痩せてるから、これ以上痩せようとしなくても良いんじゃないかな?」

「やーん、ダーリン大好きぃ!」


 引き攣る顔で何とか笑顔を作る。すると、明が首に手を回して、力いっぱい抱きついてくる。

「グェ……」 首が締まり、カエルみたいな声を出すイヌガミと、その胸板に顔を埋める明。


 おい、流石にやりすぎなんじゃないか。


「はっはっは……ところで、イヌガミ君は今悩みとかないかな? あるいは叶えたい願いとか」


 家に帰りたい……。


「……と、特に……ないでグエェ」


 ここで、この女がわざと自分の首を絞めていることに気づいた。


 自分にとって都合の良いように、この神父とお近づきになれるように話を誘導しろというのだろう。この場合、この男からお守り、ないしは詐欺商材を買う流れに持って行け、と。


……冗談じゃないぞ。


 お守りも、壺も、消火器も、英会話セットも、絶対に買ってやらないからな。貧乏学生を舐めるな、と普段なら息巻いて言うところだが、あいにく今は大事な気管を握られてグエェ。


「そうかい……特にないかい……」


「あ……グェ……いや……あのっ……グエエ」


 意識が朦朧とする。明の柔肌からほんのり漂ってくる甘い香りが、拍車をかけていた。しかも、脇の辺りに明の柔らかな双丘が当たっていて心地が良い。


 こんな時に何を考えているのか……くそ、意外とデカいな、こいつ。デカい……デカい……

「……デカい、花火が……欲しいです」


 どうだ、言ってやったぞ。最悪な連想ゲームだが、言ってやった。明の腕がやや緩くなる。


「大きな花火か。となると、打ち上げ型かな? 具体的にどのくらいの大きさなのかな?」

「Dカップ……ぐらいですかね……」

「「は?」」

「グエエェェェェ……」


 首が締まる。あと数秒この状態が続けばあわや失神というところで、ようやく解放された。

 イヌガミが苦しそうに咳き込んでいる一方で、カルロスが切り出した。


「打ち上げ花火か……実は、うちの教会にもいくつか置いてあるんだ。それをあげようか?」

「えっ、タダでくれるんですか?」

「イヌガミ君が良ければね」


 思わず舞い上がったような声を上げてしまう。法外な値段を吹っ掛けられるとばかり思っていた。


 打ち上げ花火か。そんなもの持って帰ったら、スイのやつ、びっくりするだろうな。

 イヌガミが、自分の手に持った安物の手持ち花火セットに目を遣る。カルロスに対する警戒心は依然として残っていたが、そんな風に思わずにはいられなかった。


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