第52話 初めての実践②
「お手柔らかにお願いします。」
「私の方こそぉ。」
マルグリットとクロエは向かい合うと、笑みを浮かべてそう言った。
始まった魔法戦は、一言で言うと、泥試合だった。
「終了!」
エレオノール先生の合図で2人は動きを止めた。
「2人とも、もう少し頑張りましょうか。」
「私は指揮をかわれてSクラスに入ったので・・・。」
「光属性は攻撃手段が少ないんですよぉ。」
2人はがっくりとしながらもエレオノール先生からいくつかアドバイスを受けていた。
「では次。キリアンさん、ミレルさん。」
「お、やっとかぁ。」
キリアンはそう言いながら肩を回しつつ、足早に結界内に入る。
ミレルは面倒くさそうにしながら入っていった。
「開始。」
エレオノール先生の合図と同時に、キリアンがミレルとの距離を一気に詰める。
「先手必勝ぅ!」
キリアンの足元に帯電した風が吹き抜ける。
風属性で加速し、雷属性で身体の動きを補正しているのだろう。
しかし――
ミレルは1歩も動かない。
彼女の足元から、黒い靄が広がり、彼女の身体を包み込む。
次の瞬間、ミレルの姿が消えていた。
靄は結界内の全域に広がっている。
「なっ!?」
キリアンは思わず、足を止めた。
反射的に周囲を見回す。
「はい、終わり。」
いつの間にか、ミレルがキリアンの後ろに立ち、首元に黒いナイフのようなものを突きつけていた。
「終了!」
エレオノール先生の声で、結界内の靄が霧散する。
「キリアンさんは、踏み込みはとても良かったです。ただ、不測の事態に弱いですね。相手が視界から消えた時点で、一度距離を取る選択肢もありました。」
「けっ。」
「魔法の発動速度は素晴らしいです。ただ、奇襲が失敗した後の追撃も考えておきましょう。」
「はい。」
ミレルは素直に頷いた。
「・・・見えなかった。」
ラヴィエンヌが目を見開き、そうこぼす。
私は静かに頷いた。
闇・光属性は精霊属性の次に希少な属性だ。
私も実際に対面したことはなかった。
「では次・・・アルノーさんとノワールさん。」
「わかりました。」
のんびりと歩くアルノーの後ろにノワールが続く。
2人は向かい合うと、無言で構えた。
「では、開始。」
開始の合図の後も、2人は動かない。
先にしびれを切らしたのは、アルノーだった。
「ほんとは、先制とか苦手なんだけどね。」
そう言い、手を振りながら繰り出したのは、見たことのない魔法。
黒い糸が編まれ、黒い網のようなものが作られていく。
そして、それがノワールを捕獲しようと広がった。
ノワールは土の壁を作り、それを防ごうとした――かと思えば、その一部だけ切り取り、小さな石弾に変化する。
次の瞬間、網から棘が生えて石弾を相殺した。
そのままの勢いで網が土壁を破壊し、ノワールに襲い掛かる。
ノワールは咄嗟に後ろに飛びのいた。
「うーん、やっぱり、破壊した後が弱いかな・・・。」
アルノーは魔法を手元に回収しながらそうつぶやく。
その後もアルノーが見たこともない魔法を繰り出しては、ノワールが防ぐという動きが続いた。
ただ、ノワールが押されているというわけではない。
彼女もどこか楽しそうにアルノーの魔法を防いでいた。
「終了。」
エレオノール先生の合図で動きを止めるが、アルノーが明らかに不服そうだ。
「まず、アルノーさん、発想は素晴らしいです。ですが、訓練は実験会場ではありません。」
「・・・はーい・・・。」
一拍あき、アルノーが頷いた。
「あれは、またやらかしそうですねー・・・。」
マルグリットが苦笑する。
「次に、ノワールさんは、実践の時を想定するならば、相手を倒せるときに倒すことも考えなければいけません。」
彼女は無言でうなずいた。
「それでは最後に、リリスさん、ラヴィエンヌさん。」
「「はい。」」
私たちは同時に返事をして結界内に足を踏み入れた。
わずかにぬくもりを感じ、ふわりとそれが体中を駆け抜ける。
「手加減は、なしでいい?」
「ええ。」
ラヴィエンヌの言葉に、私は静かに頷いた。
「それでは、開始。」
どう来るのだろう。
私は足元からすっかり使い慣れたアイビーを生成し、強化しながら考える。
彼女は何を考えているのか、私をじっと見つめていた。
――かと思えば、次の瞬間、目の前に氷の針が出現する。
私は咄嗟にアイビーで受け流した。
「へぇ。」
ラヴィエンヌが楽しそうに笑みを浮かべる。
「じゃあ、次はこれで。」
今度は彼女の頭上に巨大な氷の槍が出現する。
それは勢いよく打ち出された。
「『付与・火』!」
アイビーに火を付与し、槍の下を滑るように動かした。
そのままの流れでアイビーを伸ばし、ラヴィエンヌに突き刺すように動かす。
彼女は土の盾で私が付与した火を相殺した。
盾を突き抜けたアイビーはその奥にある氷の壁に阻まれる。
それならば、と、私はアイビーを地中に潜らせようとする。
しかし、それも地表に薄く広がる氷に阻まれた。
「植物を操る程度じゃ、私に勝つのは無理だから!」
ラヴィエンヌはそう言い、先ほどからずっと練っていた膨大な魔力を放出する。
「『氷墜陣』!」
彼女が行使したのは、氷属性の上級魔法。
私の頭上には巨大な氷塊が出現し、墜落し始めた。
・・・破壊、は時間がかかる。
このまま逃げるのは間に合わない。
私はマノンさんと魔法戦をするときのように、本気を出すことを決めた。
アイビーにかけていた『鋼化』を解き、身体にまとわせる。
そして、全力で地面を蹴った。
「は!?」
一瞬でラヴィエンヌとの距離を詰め、手刀を首元に添える。
移動した時の風圧でラヴィエンヌの髪がさらさらと揺れたのが目に入った。
「終了。」
エレオノール先生の声が聞こえた。
その次の瞬間にはドンッという衝撃と共に、氷の破片が地面に散らばる。
振り返ると、地面に氷塊がめり込んでいた。
「参った、参った。」
ラヴィエンヌが両手を上げ、降参のポーズをする。
エレオノール先生がゆっくりと結界の中へ入ってきた。
「2人とも、とても良い戦いでした。」
先生はまずラヴィエンヌを見る。
「ラヴィエンヌさん。属性の組み合わせも、魔力制御も、一年生とは思えません。」
「ありがとうございます。」
「ただ――。」
ラヴィエンヌが顔を上げる。
「相手を追い詰めることに集中しすぎましたね。」
「・・・。」
「最後の上級魔法は非常に強力でした。しかし、その分だけ隙も大きくなります。」
先生はリリスへ視線を移した。
「リリスさんは、その一瞬を見逃しませんでした。」
私は静かに頷く。
「植物属性だけで突破できないと判断した瞬間、戦い方を切り替えた。」
先生は小さく微笑んだ。
「戦いでは、魔法そのものよりも判断力の方が重要になる場面があります。」
ラヴィエンヌは悔しそうに息を吐いた。
「・・・完っ全に読まれてた。」
「いいえ。」
先生は首を横に振る。
「読まれていたというより、リリスさんが最適な選択をしただけです。」
「でも、あんな動き反則じゃない?」
リュシエンヌが思わず声を上げる。
「速すぎて見えなかったよ!」
「私も途中までしか追えませんでした。」
マルグリットも苦笑する。
その横でキリアンだけは楽しそうに笑った。
「やっぱ強ぇなぁ。」
ラヴィエンヌも肩をすくめる。
「今度は負けないから。」
「ええ。」
私は短く返した。
するとエレオノール先生が、全員を見渡して穏やかに口を開く。
「今日の模擬戦で分かったことがあります。」
全員が先生へ視線を向ける。
「皆さんは、すでに十分な才能を持っています。」
少しだけ間を置く。
「ですが――まだ、自分の強みを理解できていません。」
静かな声が訓練場に響いた。
「魔法は威力を競うものではありません。」
「自分の長所を知り、それをどう生かすか。」
「それを、この一年で学んでいきましょう。」




