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調理と素材錬成


国立電子科学研究所 モニタールーム —————


「…あれ?多村さん、寝ちゃいましたよ。」

モニターに映るユキが枝葉に横たわる様子を見て、三井は驚きの声を漏らした。

「当然よ。あれだけ動いたうえ、向こうはすでに夜なんだから。」

諸菱はやれやれと肩をすくめながらも、真剣な眼差しで映像を見つめ続ける。

「そういえば、こちらよりも向こうの世界は時間経過が早いんですね。」

「ええ。観測した限りだと、現実の数十倍のスピードで進んでるわ。」

三井は時計を確認しながら首を傾げる。

「こちらではまだ映像が映って30分程度しか経っていないのに…。」

「何はともあれ、今のところは問題なく動いているようですね。」

大門がホッと胸をなで下ろす。

「ええ。映像に関しては、ひとまず一安心ですね。…あとは音声さえ繋がれば。」

諸菱の声にわずかな安堵が混じった。

「音声のエラーについて、ちょっと確認してきます!」

三井は勢いよく席を立ち、隣室へと駆けていった。

残された大門は静かに画面を見つめる。

「…それにしても、多村さんの適応力には驚かされました。」

諸菱も頷く。

「私も正直、不安の方が大きかったのですが…彼はすでに環境へ馴染みつつあるようです。」

(でも…ライフ・コアにあんな機能はあったかしら? 私の知る仕様とは明らかに違う…。まさか、隠されたプログラムが作動している…?)

諸菱は眉間に少し(しわ)を寄せる。

「…おそらく、悠都が何かリアルタイムで介入しているのかもしれません。」

「悠都が…ですか?プレイヤーの状況を直接操作するのは少し考えにくいですが…。」

「残念ながら、私にも確証はありません。」

大門の質問に、諸菱は唇を噛む。

「ただ一つ言えるのは —— 悠都の言う"ベータテスト"は、この孤島で完結する可能性が高いということです。」

「つまり…この孤島で、何らかの任務が多村さんに課される、と。」

「ええ。…おそらくは。」

諸菱の瞳がわずかに揺れるのを見て、大門は静かに言葉を添えた。

「諸菱所長。多村さんは我々以上に不安を抱えているはずです。だからこそ —— 信じましょう。彼の選択を。」

「……!そうですね…信じましょう。」

諸菱は一瞬はっとした表情を見せ、そして柔らかく微笑んだ。

モニターの向こうで眠るユキ。

その寝顔は、無数の謎を背負いながらもどこか安らかに見えた。


——————————————————————


ザザーッ、ザザーッ……。

渡り鳥の鳴き声に混じって、潮騒が静かに響く。ユキは大きく伸びをしながら目を覚ました。

「……寝心地は最悪だと思っていたが、意外に悪くなかったな。」

ユキは"素材吸収マテリアル・ボルテクス"で大量に集めた枝葉を重ねた簡易ベッドに視線を落とす。

『おはようございます、ユキ。よく眠れたようですね。』

「おはよう。コアも休めたみたいでよかったよ。」

『私は眠ることはありません。』

「え、そうなのか……。じゃあ、ずっと起きて見張ってくれてたのか?」

『はい。私は睡眠を必要としません。もし“眠る”という表現が当てはまるとしたら、それはあなたが消去(デリート)された時でしょうか。』

「…物騒なこと言うなよ……。」

『冗談です。私は常に稼働し、ユキが眠っている間も周囲を確認していました。』

「冗談って……。まあでも、見張ってくれてたおかげで安心して眠れたよ。」

『当然のことです。どうか安心してお休みください。』

「ありがとう。 —— さて、今日はいよいよ森に入ってみようと思う。」

『はい。マップ更新は私にお任せください。』

「よし、行こうか。」

ユキは未踏の地へと足を進め、目の前に広がる鬱蒼(うっそう)とした森へ踏み込んだ。


「……近づくと、思った以上に不気味だな。」

昼なお暗い森を前に、不安が胸をかすめる。だがすぐに自分を奮い立たせた。

「謎を解き明かすためだ。行くしかない。」

森に入った途端、砂浜の熱気とは一変し、ひんやりとした空気に包まれる。

「これがマイナスイオンってやつか。明らかに涼しい。」

『木々の呼吸活動によるものです。副交感神経を刺激し、ストレス軽減やリラックス効果をもたらします。』

「ああ、…なるほど。」

ユキはステータスモニターを開き、自身のバイタルサインが“リラックス状態”を示しているのを確認して頷いた。


「あれ…俺のステータス、上がってるように見えるぞ。」

『はい。"基礎性質" —— HP(ヒットポイント)SP(スキルポイント)、スタミナのほか、筋力、反射速度、魔法適性、状態異常耐性などは、普段の行動に応じて自動的に上昇します。上昇値は保持しているスキルにも影響を及ぼします。』

「そういう仕組みか。でも“普段の行動”って、例えば?」

『歩く、走る、泳ぐ、登る、跳ぶ、水を汲む、流木を拾うといった肉体活動や、発想・思考・創造・学習・対話といった精神活動を指します。』

「なるほど。スキルとは別に、生活や鍛錬そのものが成長につながるってことか……。ますます現実みたいだな。」

感心した表情を浮かべながら、ユキは考え事をしつつ歩を進めた。


「……結構歩いたな。少し休むか。」

木々の切れ間から陽光が差し込む場所に出ると、ユキは倒木に腰を下ろした。再利用した大きなサザエの殻に汲んだ水を口に含む。

「ふぅ……生き返る。—— そろそろ朝ご飯の準備でもするか。」

喉を潤したユキは立ち上がり、手をかざした。

「"素材吸収マテリアル・ボルテクス"」


シュゥゥゥゥ……。


「出てきたのは……どんぐり、たけのこ、しいたけ、自然薯(じねんじょ)、そしてヤマモモか。これならしばらくは食材にも困らなそうだな。」

表示された素材リストを眺め、ユキは小さく頷いた。

「コア、これらで何か作れそうな料理はあるかな?」

『アレルギーがなければ、どんぐりと自然薯のガレット、ヤマモモのジャムはいかがでしょう。』

「おお、いいな…!アレルギーはないだろうし、それに決めるよ。」

レシピが目の前に表示される。

「……木の器が必要か。そりゃそうだよな。また数時間かけて作るのか……まあ、仕方ないか。」

ユキは思わず肩を落とした。

『キササゲの木でしたら、クヌギより柔らかく加工しやすいです。あそこの倒木がキササゲです。』

「よし、それで作ってみるか。」

ユキは倒木の繊維に沿って石を差し込み、手で慎重に引き剝がしながら、ボウル大の高さに揃える。


ゴツッ、ゴツッ —— 。


石で叩き込むたび、粗い窪みが現れていった。

「よし……雑だが、使える器にはなったな。」

傷だらけの手で汗を拭った。

その瞬間 ——


ピロリロンッ!


【条件達成。スキル "素材錬成(マテリアル・フォージ)"を習得しました。

"叡智の瞳(オラクル・アイ)"との相乗効果により、木材アイテム/建築レシピをすべて開放しました。】


「……来たか!木材アイテムと建築まで!」

『おめでとうございます、ユキ。さっそく確認してみましょう。』


ヴゥン……!


ユキの前に、木材で作成できる家具や建材が図鑑のように一覧表示される。

指でスクロールすると、膨大なアイテムや家具、形状の異なる建材の数々に目を奪われた。

「まさに、圧巻とはこのことか…。とりあえず器をもう一つ作ってみよう。」

『このカタログから素材に合うアイテムと形状を選んでコールすれば、自動生成できます。熟練度が上がれば、思い描いた形を直接生み出せますよ。』

「さすがゲームの世界だな。」

ユキは木の鍋を選択し、声を放つ。


「"素材錬成(マテリアル・フォージ)"」


ズズズッ…シュパッ!


インベントリの原木が一瞬で木の器へと変わる。

「こんな一瞬で…!」

今までの苦労が無駄に思えてしまいそうになったが、すぐに首を振った。

「…いや、あれだけ苦労したからこそ、このスキルを得られたんだ。」

『その通りです、ユキ。行動あってこその成果です。決して無駄ではありません。』

「…心を読まれたな。……でも確かに、苦労した経験のおかげか、便利なスキルや物に対する感動と感謝を今までとは比べ物にならないほどに感じるよ。」

『ユキは内面的にも成長していますね。私も同感です。』

「ありがとう。—— じゃあ、次は炭か。……これも作れるのか?」

『はい。カタログをご覧ください。』

「お、あった。—— "素材錬成(マテリアル・フォージ)"」


ズズッ……シュパッ!


黒々とした木炭が手元に現れる。

「……っはは…。こりゃ本当に便利だ。」

『通常は一つずつ作って登録する必要があり、膨大な時間がかかります。"叡智の瞳(オラクル・アイ)"との相乗効果が大きいですね。』

「ああ、間違いない。………ところで、この木の器で煮込むことはできるのか?」

『いえ、そのままでは燃えてしまいます。炭化加工が必要です。』

「なるほど。じゃあ木の器を炭化させればいいんだな。—— 素材錬成(マテリアル・フォージ)

木の器が黒く炭化し、耐火性を帯びる。

『ただし、使いすぎるとSP(スキルポイント)が底をつきますので注意が必要です。』

「確かに……結構減ってるな。」

『SP回復には睡眠や専用アイテムなどが有効です。活動経験を積めば上限値も上がり、より多く使えるようになります。』

「わかった、常に意識しておくよ。……ところで、この素材錬成って調理にも応用できるのか?」

『残念ながら食材は対象外です。』

「そうか……いや、それでいい。何でも簡単になると、人として大事なものを失う気がするからな。むしろ、ちょうどよかったよ。」

『殊勝な心がけです。ただし調理スキルを習得すれば、熟練度に応じて高速調理が可能になります。』

「……なるほど、それもいずれは、か。」


便利さと不便さの狭間で、ユキは複雑な表情を浮かべた。

「炭もできたし次は…って、重曹…?……何か代替できないかな。」

『焚き火の灰を使ってあく抜きするのはどうでしょうか。アルカリ分が渋みを中和します。』

「…それならすぐに手に入るね。……"素材錬成(マテリアル・フォージ)"」

炭の一つが一瞬で灰へと変わり、準備が整った。


「 —— よし。全部揃ったことだし、調理開始するか。まずは…ヤマモモのジャムからだ。」


ユキはレシピに従って食材の調理を始めた。

洗ったヤマモモと飲用水を炭化させた器に入れ、火にかける。

鮮やかな赤い果肉が煮崩れ、次第にとろみが出てくる。

「この果肉がほぐれた種を木で作ったスプーンで取り除いて…あとはじっくり煮詰めたら完成か。」

ほんの少しだけ甘い香りに包まれながら、ユキは次の調理に取りかかる。

「よし、次にどんぐりと自然薯のガレットだな。」

ユキはおもむろにインベントリから昨日拾った少し角のあるチャート石を取り出し、どんぐりを叩いて殻をはがし始める。

硬い殻が砕け、内側の淡い色の実がのぞいた。

水を入れた炭から錬成した灰をふりかけ、その上澄みと殻を外したどんぐりを炭化させた木の鍋に移して煮沸した。

アルカリ性の灰水が、どんぐりに多く含まれる渋み成分であるタンニンを分解していく。

煮立つ水面には茶色い色素が浮き出し、苦味が抜けていくのが目で見て分かる。

「煮沸している間に…っと。」

ユキは自然薯を取り、軽くあぶってヒゲを落とし、すぐ横を流れる川の水で洗った。

「本来なら地中深くに伸びているはずの自然薯を掘り出すのは至難の業だが、"素材吸収マテリアル・ボルテクス"のおかげだな。」

自分が初めて作った少しデコボコした木の器を取り出し、洗い終えた自然薯をデコボコした側面ですりおろす。


しばらくすると、握っていた手にかゆみが現れ始めた。

「痒みもリアルだな…。こういう感覚は鈍いと助かるんだが…。」

自然薯の皮に含まれるシュウ酸カルシウムの微細な結晶が、皮膚を刺激していた。

『自然薯の痒みによって、耐性値が少しずつ上昇します。』

「ほんとだ…!上がってる。」

ユキはステータスモニターで基本性質の一つ"状態異常耐性"が上昇していることを確認した。

そうこうしているうちに、すりおろした自然薯はきめ細かくふんわりとしていた。


「もう大丈夫そうだな。」

ちょうどジャムが煮詰まり、鍋を火からおろして川の流水で冷やす。

煮沸後のどんぐりのお湯と浮き上がった渋皮を捨て、川から木のバケツで汲んだ水を何度か入れ替えてさらした。

透明な水が保たれるようになり、渋みが抜けきった。

「よし、あく抜き完了。」

炭化した木の器に柔らかくなったどんぐりを広げ、木のスプーンで押しつぶす。

そこへ、すりおろした自然薯を投入し、かき混ぜたあとに手でこねる。

「これくらいか…?」

耳たぶくらいの固さになったところで、炭化させた薄い器に移して生地を伸ばし、火にかけた。

少しずつ表面に焼き色がつき、香ばしい香りが漂ってくる。

「これで、完成だ…!」


ピロリロン!


【条件達成。スキル "調理(ガストラ)" を習得しました。"叡智の瞳(オラクル・アイ)"との相乗効果により、すべてのレシピをスキルによって調理できます。】


「やったぞ…!」

『おめでとうございます、ユキ。ついに調理スキルを手に入れましたね。』

「ああ。ジャムだけでは経験値が足りなかったようだな。」

『どんぐりと自然薯のガレットは難易度の高い料理でしたから、それでかなりの経験値を得たようです。』

「…そうだろうな。色々あったが、ようやく食べられそうだ。」


まだ温かい出来立ての香ばしいガレットに、みずみずしいヤマモモのジャムを塗る。

甘酸っぱい香りと香ばしさが調和し、食欲をそそる。

ユキはそのひと口をゆっくりと口へと運んだ。

「…お腹がすいていたからか、想像以上においしい…。」

『それは何よりです。』

生活に直結する調理(ガストラ)素材錬成(マテリアル・フォージ)を手に入れたユキにとって、それは最高の朝を迎えることになった。






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