双璧
「アスタンバード王子……!!」
再会に目を潤ませる二人が、フレッドに駆け寄る。
「プレグムンド、ウェアフリス…!無事で何よりだ…!よくぞ生き延びてくれた」
「こうしてまたお会いできる日が来るとは……幸運この上なしですぞ…!」
「王子こそ、よくぞご無事でお戻りになられました…!」
「実は…リメナ島でしばらくの間、囚われていたのだ。みなには迷惑をかけてすまない」
「迷惑だなんてとんでもない!!………して、どのように島から逃れられたのでしょう?」
フレッドは、一瞬視線を落とし、言葉を選ぶ。
「……実は、助けてくれた者がいたんだが、先ほどはぐれてしまった。」
「…なんと…!……それは、とんだ災難でしたな…!」
「ああ。………みなには悪いが、早急に立て直しの準備に入らせてくれ。」
「立て直し…ですか?」
「……チパン村に、悪しき者が現れた」
フレッドの口から出た言葉に、村人たちがどよめき、ざわめきが広がる。
「チパン村にいるところを急襲され、逃げてきたんだ」
「あやつらめ……もうそんなすぐ近くまで来ておったか………!!」
プレグムンドの顔に、恐怖と怒りが浮かぶ。
「とにかく、これは一刻を争う事態だ。皆に少し話がしたい。」
「承知しました。すぐに村の者たちを広場へと集めます」
「ありがとう。………」
「こうしてまた皆の顔を見ることができ、非常にうれしく思う。よくぞ無事に生き延びてくれた。」
フレッドの言葉に、民衆は安堵の表情で王子を見つめた。
「……皆も知る通り、ピラミディアを滅ぼした悪しき者たちがチパン村に現れた。だが、我らは後退ばかりしてきた結果、もはや後がない。……このアゼルニ村こそが、我らピラミディア王国最後の砦となってしまった……!」
王子が口調を強めると、民衆の顔から笑顔が消え、真剣な表情に変わっていく。
「—— つまり、我々の仲間は、おそらく今ここにいる皆だけだ。」
「………!!」
広場全体がどよめき、絶望的な状況に不安が広がる。
「——だが………皆は必ず、私が守り抜いてみせることを約束する。」
フレッドは力強く断言する。
「彼らの特徴は…奇襲攻撃と圧倒的な個々の力。我々はそれが原因で深刻な被害をもたらされ、王国存亡の危機に立たされている」
「だが、その特徴は敵の奇襲攻撃が成功してこそ成り立つ。……つまり、我々からの奇襲、もしくは準備を整えた上での合戦となれば、その効果は半減させることが可能だと考えている」
「…………!!」
民衆の間にも、希望の囁きが広がる。
「幸いにも、我々はまだこれほどの兵が生き残ってくれた。全員で団結すれば、敵を倒すことも決して夢ではない。陣形の再編、そして私が考え抜いた戦術の実践と浸透、これを残り一週間で徹底的に教え込む」
民衆は不安を抱えつつも、兵士たちはフレッドの言葉に希望を見出した。
「時間は短くとも、一週間徹底的に行えば、必ずや敵に打ち勝つことができる」
「やりましょう!!!」
一人の兵士が叫ぶ。その声が、場の空気を一変させた。
「我々の国をヤツらから取り返すんだ!!」
「そうだっ!俺たちが力を合わせれば恐れるものは何もない!!」
「俺も戦う!!もうヤツらの好きにはさせない!」
次々と飛び交う兵士たちの声は、人々の心を奮い立たせる。
「がっはっはッ!いいじゃねェかこいつら…!!貴族の野郎どもよか遥かに気に入ったぜ。」
バニルダスが笑い声が響く中、フレッドは大きく息を吸った。
「今こそ団結の時だッ!悪しき者たちを徹底的に叩き潰し……我らピラミディアの栄光を再び取り戻すのだッ!!!」
「おおおおおぉぉぉぉおおッ!」
その場にいた全員が、フレッドの言葉に呼応し、拳を天に突き上げて高らかな声を上げた。
勝利への熱狂が、広場全体を包み込む。
演説を終えたフレッドのもとに、プレグムンドが近づいてきた。
「さすがですな、王子。見事な演説でした」
「からかうのはよしてくれ、プレグムンド修道院長」
「どこから手をつけるおつもりでしょう?」
「本来であれば、この砦の強化と要塞化を最優先したいところだが、それでは間に合わない」
「こちらが敵に見つかるのも時間の問題ですからのぅ…」
「ああ。まずは軍議を開き、上官に今回の作戦と戦術の浸透を図る。それが血となり肉となるほどに浸透すれば、我々ピラミディアの苦境を覆すことができるかもしれない。」
「承知しました。すぐさまこの村の2名の上官に声をかけてまいります。」
「ありがとう。」
プレグムンド修道院長の呼びかけにより、村にいた2名の上官が招集され、緊急軍議が開かれた。
「お待たせしました、アスタンバード王子」
「構わない。こちらに通してくれ」
「承知しました」
プレグムンドが手招きすると、二人の男が現れた。
「こちらは、弓兵隊を率いておられる『クレイン・ラインハルト』弓兵隊長」
「お会いできて光栄です」
「ああ、よろしく頼む」
「そしてこちらが、弓兵以外の全てを率いておられる『ロイド・ライグル』総隊長です」
「アスタンバード王子、お初にお目にかかります」
「二人とも、感謝する。どうか、これから私に力を貸してほしい」
「恐悦至極にございます。何なりとお申し付けください。」
「さっそくだが、現時点での兵の状況を聞かせてくれ。」
「はい。我々の兵の数は現時点で460名程度。内訳として、まずクレイン隊長率いる弓兵が30名、そして斧・槍の歩兵が計300名程度、剣兵が30名、棍棒兵が60名、槍・剣騎兵がそれぞれ20名の計40名で構成されています。実は先ほど偵察兵より報告がありまして、悪しき者たちの軍勢も同程度の数の兵を有しているとのことです。」
「偵察もすでに回していたとは、さすがだな。…500名程度で互角か。だが、数が同じでも、悪しき者たちは1人あたりの強さが圧倒的だ。」
「はい。ですので、実質的には戦況はこちらが不利です」
「…ありがとう。手短に話そう。一週間後、最低限の兵を残したうえで、我々は挙兵し、ウィルスター州にある『エザルドン』へと進軍する。」
「エザルドン…!?」
両隊長は驚いた様子でフレッドを見る。
「エザルドンと言えば、ピラミディアすぐ近くの丘陵地のはず…!現時点で奴らが本拠地としている、ピラミディアからの増援が来る可能性も拭えません」
「…ああ。エザルドンで仮に我々が優勢となった場合、増援が来るだろう」
「それでは連戦となることが予測されますゆえ、ますます状況は厳しいものになるかと…」
「だが、彼らが逆にピラミディアへと下がれば、我らの勝利の可能性が拓かれる」
「………!!」
「彼らがピラミディアを襲撃したのはおよそ一か月前。ピラミディアが襲われた際、彼らが王都を炎に包んだ中には兵糧庫もあった。私の見立てが正しければ、エザルドンで勝利することができれば……ピラミディアを奪還できる」
「……それは一体…?」
「…彼らの強さは奇襲の一点突破であると私は踏んでいる。二度の戦闘に巻き込まれているが、敵の統率力や戦略については疑問点も多い。そして、初めてピラミディアで彼らを見たとき、ピラミディアの四分の一程度……つまり、500名程度だったと考える。」
「でしたら、かなり危険では…!」
「ああ。危険だ。……しかし、危険を知らねば、敵の急所を知ることもできない。そして、彼らは我々一国だけでなく、七王国のあちこちに点在して侵略を続けている」
「……それは…」
「つまり、彼らは我々一国に対して使えるリソースが限られていると考える」
しばしの沈黙が流れ、ロイドが口を開く。
「………作戦を、お聞かせください」
「…彼らはおそらく、我々がまずチパン村奪還に向けて動いてくると考えているはずだ」
「しかし我々はチパン村には攻め込まずに、直接ピラミディアまで進行する、と。」
「いや、囮としてここに本隊460名のうち50名の小隊をチパン村へと先に送り込み、さも彼らの読み通りに動かす。その間に本隊はピラミディアへと行軍する。」
「しかしそれでは、あまりの規模の小ささに敵もすぐに騙されていることに気づくのではないですか?」
「ああ。そうなれば、よりこちらが動きやすくなる」
「………?!」
「これは私の見解だが、まだチパン村に悪しき者たちの軍勢の一部でも配置されていれば、気づいた後にすぐさま我ら本隊へと向かわせるはずだ。そして、我々本隊から50名をチパン村から来る軍勢が通るであろう林に配置し、ゲリラ攻撃を仕掛ける」
「そこへチパン村に送った50名も向かわせて……挟み撃ちにする……!」
「そういうことだ。そして、本隊へと合流させ、ピラミディアへと進軍を続ける」
「しかし、ピラミディアで敵は悠長に待ち構えますかね?」
「いや。待ち構えずに仲間を救出するため、本隊ごと潰しに必ず攻めてくる」
「………!!! なるほど、それでピラミディアとチパン村の中間地点である『エザルドン』で迎え撃つ体制をとれば、彼らの強みである奇襲攻撃を打ち消し、むしろこちらの戦い慣れた地形を活かして、ある種の奇襲攻撃という形でアドバンテージを取るということですね!」
「ああ。つまり、今回の作戦で最も重要なのは"タイミング"だ。どちらの本隊が、先に気づかれることなく敵本陣近くまで行軍できているか……そこで勝負が決まると言っても過言ではない。」
二人の隊長は、作戦の結果次第で国を滅ぼす可能性もあるという重責を噛みしめ、思わず息をのんだ。
フレッドと二人の隊長との軍議が終わると、さっそくフレッドは軍の様子を視察し、戦術を練った。
「……よし、これでいこう。手短にするつもりが小一時間を要してしまったな。すまない」
「いえ、国の存亡が関わる一大事ですから、我々でもお力になれることが光栄です」
「ありがとう」
三人で話し合うこと小一時間。
ついに六日後に控える決戦の日の作戦と戦術が確定した。
隊長二人は、運命の六日後に向け、兵士たちへの戦術理解と浸透を目的とした特訓を重ねたのであった。




