戦いの記憶
「ごちそうさまでした。」
手を合わせた後、ユキはスッと立ち上がり、自分の食器を持って洗い場に向かった。
「いいよ~。私があとでまとめて洗うから、その辺に置いといてちょうだい。」
「あぁ…じゃあ。ありがとう。」
「はいはい、たまには母に任せなさい。あんた、今の会見見てどうせゲームしたくなったんでしょう?」
イロハはしたり顔で息子の顔を見つめた。
「…ただ、やることがあるだけだよ。」
「へぇ~そうですか。ま、正月なんだし、好きなように過ごしてくだされ。」
「…お気遣いどうも。」
クルっと母に背を向け、ユキは自分の部屋へと歩き出した。母はその様子を温かいまなざしで見届ける。
パタンッ。
自分の部屋に戻ったユキは、母親の言葉通り、無意識のうちに先ほどの番組に感化されてオンラインゲームを起動させていた。
~♪
懐かしいゲームのBGMがヘッドセット越しに流れる。ユキは起動画面を感慨深げに眺めた。
ログインボタンを押した瞬間――
ユキのアバターがゲームの世界に吸い込まれていく。
フィールドに降り立つと、倉庫には“おかえりログインボーナス”のアイテムが大量に届いたという通知が表示された。
「…この景色、久しぶりだな。」
左下のチャット画面を拡大すると、ゲームを始めた当初に自分が立ち上げたギルドのメンバーたちが自分のログインに気づいたのか、怒涛のようにメッセージが飛び込んできていた。
『わあ!ユキさんだ!』
『え!!!!!ユキ団長だ!…ほんとにいたんだ!!!!』
『まじかまじかまじかまじか…!やばすぎんだろッ!』
『ええええええーーーー!!!!お帰りなさいです!団長!!!』
『うへぇ!ユキさん!?!?新年早々ラッキーすぎる!』
『【速報】ユキ団長、復活!!!!】』
『ユキちゃんおけーーり!!』
ログインと同時に気づいたことだが、少数精鋭を売りにしていたユキのギルドは、いつの間にか巨大化し、サーバートップのギルドへと成長していた。
「さすがに古参メンバーは…やっぱりいないか。」
ユキはギルドの急増したメンバーリストを眺めたが、立ち上げ当初の初期メンバーはログアウト中か、アカウント自体が削除されていた。
『皆さま、はじめまして。…の人が大半っぽいので。少し前まで団長をしていたユキです。いつの間にかこんなにたくさん増えていて嬉しいです。今日一日だけになるかもですが…お手柔らかにどうぞよろしくお願いします。』
久しぶりのプレイで、思わずワールドチャットに送信してしまったユキ。
『ぎゃーーーー!リアルユキさんじゃん!』
『まじすか。こちらこそよろしくお願いしまっす!!!』
『何言ってるんですかユキさん!まだ団長ですよ!っていうか永遠の団長です!泣』
『ユキ団長!!ワールドチャットになってますよww』
『立ち上げ当初は一人でギルドを潰してたとか…。存在自体が運営か、もはや伝説だと思ってました。』
『ユキさん長文w かわいいw』
『ユキ団長!おかえりーーー!』
『勝負だテメェ!何回お前に拠点潰されたことか…!ぜってぇ許さねぇぞオラァ!!』
『おいおい…お前が相手してもらえるようなお人じゃねえよ…ユキ団長は。』
『ユキさん!おかえりなさいませ~~~!』
ユキは届くメッセージをすべて読むことはせず、広大なフィールドを駆け巡り、それぞれの場所での思い出に浸った。
アバターは、幾多の死闘をくぐり抜け手に入れたレアアイテムのひとつ、“球状のターボチェア”に腰を下ろす。
「やっぱりいいな、ここは。」
懐かしい風景と共に、様々な記憶が胸を熱くする。
最後の思い出の地に向かう途中、ユキは何かに気づき立ち止まった。
「…あれ。こんな場所、あったっけ?」
視線の先、洞窟の入り口からは、このエリアレベルには不釣り合いな禍々しい妖気が漂っていた。
妖気に吸い寄せられるように近づくユキの背後から、少女の高く澄んだ声が響く。
「ユキさん見つけた!!!」
振り返ると、少し息を切らしながら、こちらをじっと見つめる少女――ユウナが立っていた。
「…こんにちは。えっと…」
困惑するユキに、ユウナは話し始める。
「はじめましてです!ユウナって言います!さっき街中でユキ団長が現れたって噂を聞いたので、もしかして…と思って探してました!お会いできて光栄です!」
「そうでしたか。でも、よくこの辺りだとわかりましたね。」
「いえ!勘です!」
フッと笑うユキ。緊張がほぐれた気がした。
「はじめまして、ユウナさん。改めまして、ユキです。」
「はい!存じ上げておりますとも!」
「あはは…。ところで、ユウナさん。」
「は、はい!私、何か失礼なことでも…?」
「あ、いえ。そういう話ではなくて。その……ユウナさんは、いつからこのゲームを始めてますか?」
「このゲームですか?うーん…始めたのは確か4か月前です!」
(4か月前…ちょうど俺がこのゲームから離れたころか。)
「…あそこの洞窟、こんな禍々しい入り口でしたっけ?」
「え?あの洞窟ですか?」
「はい。このエリアには不釣り合いな禍々しさがあるような…」
「へ…?そうですか?ゲームを始めてからよく行ってますが、普通の洞窟だと思いますよ。」
(………!)
ユキは自分の仮説を確かめるべく、質問を続けた。
「ユウナさん、今この洞窟の入り口は何色に見えますか?」
「えっと…土色?赤レンガみたいな色です!」
(やはり…青白い光は俺にしか見えていないようだ。)
「…ありがとうございます、ユウナさん。」
「へ…?あ、はい!!お役に立てたなら光栄です!」
ユウナは状況を飲み込めない様子だったが、やがて口を開く。
「そうだ!私、これからあの洞窟に行こうと思ってて、よければ一緒にパーティ組んでくれませんか?」
ユキは一瞬戸惑う様子を見せる。
「……いや、もちろん!…無理にとは言いませんし、こんな私ごときが急に伝説級プレイヤーのユキさんとパーティ組むとか何言ってるんだって思われるのは理解してますし……」
ユウナはブツブツつぶやく。
「行きましょう。」
「え?」
「行きましょう、ユウナさん。自分も洞窟に向かっていたところですから。」
ユキの意外な回答に固まったユウナだが、状況を理解すると喜びを爆発させる。
「やったーーー!ユキ団長はどんな戦闘スタイルなのかとか、技を使うところとか、興味津々だったんです!」
「そんな…。でも嬉しいです。じゃあ、早速行きましょう。」
「はい!」
洞窟に近づくにつれ、ユキに武者震いとも恐怖ともつかぬ感覚が広がる。口元には不敵な笑みが浮かぶ。
「………久しぶりの感覚だな。」
「へ?何か言いました?」
「あぁ、いや。気にしないでください。」
不思議そうな様子でユキを見つめるユウナの背後に、青白い光が揺らめいた。
それは、距離を詰めるごとに徐々に形を帯びていった。
「気を付けてください、ユウナさん。ここからは何が起きてもおかしくありません。」
「なんでそんな怖いこと言うんですか!私にはいつも通りの洞窟にしか見えないのに…!」
ユウナがユキを振り返って言い放った
まさにその瞬間 ——
ヒュン……!
青白い光がユウナを包み込む。
(……ッ!!速い!!)
「ユウナさん!!!!伏せ…」
言い終わる前に、青白い光が完全にユウナを包み込んだ。
「キャァッーーーー!伏せたいけど動けないです!!!!」
ユキは久しぶりのゲームで判断力と反射スピードが鈍っていた。
「くそッ!」
シュゥゥゥーッ…!
助けようとユキが身構えた瞬間、光が消えた。
ヴゥゥン…!
残像が揺らめく中、人型の青白い影が現れる。
「………!……あんた、いったい何が狙いだ…!」
ユキは警戒し問いかける。
影は沈黙している。
口を開く素振りすらない。
ユキが必死に思索を巡らせようとした
その一瞬 ——
ガキィィィンッ!!!
影は猛スピードで突進してきた。
「ぐはッ…!」
受け止めた腕の感覚がもはや失われたかのような強烈な衝撃。
次なる攻撃を前に、ユキは咄嗟にバリアを展開する。
だが、影は手を緩めずに畳みかける。
ドゴォォォンッ!!!
上級魔物の攻撃にも耐える強化バリアが、一撃で粉砕された。
(…………!!…ありえない…!なんなんだ、コイツ…!)
「グオォォォォォッ!!!!」
ユキの首を取った。
そう言わんばかりに勝ち誇った咆哮が大地を震わせた。
だが、次の一撃を受け止める力はもはや残されていない。
—— ユキは悟り、静かに目を閉じ呟いた。
「腕が鈍ったか…。」
ギュイィィィンッ!!!
三発目の拳が迫る。
息が止まる刹那 ——
ユキに刻まれていた記憶が口を動かした。
「—— ”クロノ・サイト” 」




