コード・レッド
国立電子科学研究所 テレポータールーム—————
バチチッ!
「…ぅぐっ!」
静電気の数倍の力が、大門の右手を襲う。
同時に所内に警告音と非常事態のサイレンが響き渡った。
「大門主計局長!!いまテレポーターに触れることは、我々はもとより、テスターにとっても非常に危険です!!今すぐそこから離れてください!」
諸菱が鬼気迫る表情で叫んだ。
「くッ…多村さん、大変申し訳ない…。こんなことに…!」
大門は、テレポーターに閉じ込められて眠ったままのユキを見て呟いた。
「で、でも諸菱所長……!」
三井は、両手を胸の前で握りしめ、うつむきながら震えている。
「このままじゃ………テスターの皆さんが……!」
「わかってる……。でも、強制ログアウトは危険すぎるわ。今この状態で強制終了なんてしたら、テスターたちにどんな被害が出るかわからない……!」
諸菱の声が思いのほか強く跳ね返り、三井が一瞬びくりと肩を震わせたが、それでも必死に言い返す。
「じ、じゃあ……ログアウトできるように安全に……でも、でも今のままだと悠都も……!」
ジジッ…!
電気の放出音が一瞬流れると、今度はテレビのノイズがかったような音声がテレポータールームに流れ込む。
ザザー…ザザッ…ザザザーッ!
「…ッ!!!なんだ!」
大門が叫びながら、天井を見上げる。
「…い、一体ぜんたい、次から次へと何が起こってるんですか~!もうぅぅっ…!」
三井はすでに涙を浮かべていた。
ジジッ!
ノイズ音が室内に流れる中、再び研究所に回線がショートしたような音が鳴り響く。
バチバチッ!
三人はすぐさま体勢を下げ、頭を両手で守る。
「…ぐッ!」
ズズッ…ズー!
ノイズ音に変化があらわれ始めたその瞬間——
『………"ヤメろォッ!!"………』
「…ッ!!?」
バリバリバリッッ……!
「…諸菱所長!!僕は何もしてないですよ!!ほら、この通り!」
三井が目を閉じて両手で頭を抱えながら叫んでいる。
しかし、諸菱の反応はない。
「…ん?……諸菱…所長…?」
「………私は、……私は、何も言ってない」
「………へ?」
三井が目を開け、諸菱のほうへと目をやると、啞然とした様子で諸菱と大門は天井を眺めている。
「…?…て、天井……どうかしました?」
「……いま話していたのは、私でも、大門主計局長でもない…。」
「………? ……それって!……まさか!!」
「……ええ、おそらくあの声は………"悠都"よ…」
「…………!!!」
すると、まるでボイスチェンジャーで加工されたような音声が室内に鳴り響く。
『………"オマエタちはイま" "ワタシをおコらせタ"………』
「…!!!」
「……あなたは……悠都……なの?」
『………"ウるサイ"…!……"ジャマを"……"スるな"…!!…』
バチバチッ!!!
「……!!!」
「もう誰もテレポーターに触れないことを約束するわ!……だから、中にいる人たちには危害を加えないで…!!」
『……"ウるサイ"!!…"ワタシに"…"めいレい"…"スるな"!!!』
「ごめんなさい……!………もう命令もしないと約束する!!」
諸菱が叫ぶと、一瞬時間が止まったかのような空気が流れた。
『……"ヤくソく"……"ダぞ"………"つギ二ふレたラ"……"いノチは"……"なイ"…!…』
ヒュゥゥン……!
先ほどまでけたたましかった室内が嘘のように静かになる。
…バタッ
「諸菱所長…!」
「所長ーーーッ!!」
極度の緊張から解放された反動で力が抜けた諸菱に、大門と三井が駆け寄る。
「……ごめんなさい。…もう、大丈夫です。」
諸菱が徐々に力を取り戻し、大門の支えを借りながら立ち上がる。
「……とんでもないことが起きてしまいましたね…。」
「ええ…。独自に電子回路を辿って機器をジャックしたものと考えます。」
「……そのようなことすら可能にするとは。……ひとまず、ここから移動しましょう。」
大門が諸菱を支えながら移動しようとすると、諸菱が何やら耳打ちをした。
「……わかりました。では、そのように。」
「…?」
三井が二人を不思議そうに見ている。
大門と諸菱が向かった先は、所長やリーダーなどではない別の研究員がサイバープラネットの様子を観察するために用意していた、サブのモニタールームだった。
「…三井くん、ごめんなさい。あそこで話すと悠都に筒抜けになるから、大門主計局長にお願いしてここに連れてきてもらったの。ここならマイクのついたデバイスも監視カメラはないからね。」
「…なるほど、そういうことでしたか!」
「それと…念のためスマートフォンや他の電子機器はこの部屋へ持ち込み禁止にさせてもらうわ。」
「所長…さすがに、そこまでする必要は…」
「いや。…いまの事例が起きてしまった以上、"全てが起こりうる"という前提のもとで動かないと、今度こそ本当に……取り返しのつかないことになるわ。」
三井と大門は押し黙った。
「…三井くん。」
「…はい!」
「…すべての研究員を退避、警備員は施設外に出てもらって壁外を厳重警備してもらうよう伝えて。それと、三井くんには悪いけどテレポータールーム以外のすべての防犯カメラの電源コードを切断してきてほしい。…つまり、"コードレッド"よ…。みんなにも伝えて。」
「…了解しました!すぐ行ってきます!!」
三井は急いで飛び出した。
「…大門主計局長にご依頼するのは申し訳ないのですが、可能でしたらテスターのご家族にすべてをご説明いただけると…。」
「…もちろんです。私にできることであれば何でもお気兼ねなく。」
「…ありがとうございます。…私はもう、大丈夫です。」
明らかに疲れ切った様子の諸菱の目は少し潤んでいるように見えた。
「…では、私もすぐさま任務にあたります。」
大門は一言も発することなく、しかし確固たる決意の表情で研究所をあとにし、SPを引き連れ車に乗り込んだ。
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静まり返った夜の住宅街 —— 。
とある一家の居間では女性が二人話し合っている。
「さすがにちょっと遅いわね…。いったいどこをほっつき歩いているのかしら…。」
声の主はユキの母親、イロハのものだった。
「もしや初詣デート!?…って一瞬だけ思ったけど、あんな人に彼女なんかいるわけないよね~。どうせむさ苦しい男友達と集まってゲーム大会でもしてんじゃない?」
「うーん…。それだと良いんだけど…。」
ユキの妹であるアカリはやれやれといった様子で両ひじを曲げ、首を左右に振りながらお手上げというような動作をしている。
その時だった。
「ねえ、みんな!…いま電話がかかって来てるみたいなんだけど、どうする?」
天井から降り注いだのは、多村家スマートホームシステムの頼れる総司令官"アマネ"の合成音声だった。
「…電話? もしかしてユキ…!」
「ううん…。残念ながらユキではなくて登録もないところからだね。」
「うわぁ…絶対怪しいやつじゃん。…イロハさん。そういうのは取らぬが吉です!」
アカリがイロハに警告した。
「…でも、もし充電が切れて違う人の端末からユキがかけてきていたとしたら………アマネ、出るわ…!」
「お母さん…!」
「大丈夫よ。出るくらいなら問題ないわよ。」
「了解!じゃあ繋ぐね!」
ピローン!
居間に通話開始の合図の音が流れる。
「…もしもし。こちらは、多村雪さんのご自宅の番号でよろしいでしょうか…。緊急事態のため、こちらのご連絡先を調べさせていただきました。」
いかにも怪しげな男の声が流れた途端、アカリが母に向けて手で組んだバツ印で合図する。
「…え、ええ。……失礼ですが、あなたは…?」
「…突然のお電話で失礼いたします。私は、財務省の主計局長をしております、大門将蔵と申します。」
「ざ、財務省の方…?!…ええと…息子が何か…ご迷惑をおかけしてしまったのでしょうか?」
アカリは財務省と大門の情報をすぐさま調べ上げる。
腕時計型の端末を通して発見した大門の顔をホログラムで映し出し、訝しげに睨んでいる。
「いえ……。完全に我々の失態です。」
「…!……それは……どういうことでしょうか?」
イロハに一抹の不安がよぎる。
「…単刀直入に申し上げます。多村さんは現在、システム上の不具合により、政府主導で開発されたゲーム世界から現実に戻ることができなくなっております。」
大門の予想だにしなかった発言を受け、居間の二人は唖然とした。
「…突拍子もない発言で申し訳ございません。ただ、これは紛れもなく事実であり、現在、多村さんたちの救出のため、研究者チームが必死に救出策を模索している段階です。」
「…"たち"っていうことは、ユキ以外にも取り残された方たちが…?」
「はい…。現時点で50名の方が同じ空間に閉じ込められています。」
「50人も…!?………それで……息子たちは助かるのでしょうか…?」
イロハはずっと頭から離れなかった直球の質問を投げた。
「……断言はできませんが、おそらくは。」
「……そんな…!!…」
イロハは力が抜けたように、床へ座り込む。
「お母さん!!」
大門の乗る車内に、アカリの声だけが虚しく響き渡った。




