希望の夜明け
仲間たちの歓声に包まれる中、ユキは静かにバニルダスの腕に縄を結んだ。
「コア、もう一区切りはついたはずだが…まだログアウトできないのか?」
『いえ。ログアウト確認画面の表示はいつでも可能です。』
「そうだったのか…。なら、念のために一旦表示してくれ。」
『承知しました。』
ピピッ!
【本当にログアウトしますか? はい/いいえ】
(問題なさそうだな…よし。)
ザザッ…!
(……何だ?いま一瞬ノイズが入ったような…。)
「…おい、小僧!……さっきから何ひとりごと言ってんだ?」
(そうか…他人にはコアが見えなかったんだったな。)
「いや、気にしないでくれ。」
「寝不足で疲れちまったんじゃねェか?…カッカッカ。」
「バニルダス。…あんたらの処分については、王じきじきにしてもらう。」
「ああ。どのような審判が下されようが、俺は受け入れるつもりだ。」
バニルダスはどこか吹っ切れたかのような顔をしていた。
「…じゃあ、行くぞ。」
「…タムラ…ユキ」
「…?」
「俺の目を覚ましてくれてありがとうよ。…お前とはもう一度、戦ってみたかった。」
「…俺は何もしていない。あんたがすべて決めたことだ。」
ユキが告げると、バニルダスが口を開いた。
「それと………"神槍"のこと、よろしく頼む。」
バニルダスはロープで結ばれた腕を挙げると、両手の拳でポンポンと自分の胸を叩き、先ほどユキの身体へ入っていった"神槍"を示唆する動きをした。
「……行くぞ」
やがて、島には静寂が戻った。
結界が解け、仲間たちの笑い声と石材が地面に落ちる音だけが響く。
仲間の案内で、船のもとへとたどり着いた。
「……ユキ!!!!!」
「キューーーーー!!!」
メルとカーコがユキのもとへと飛び込んだ。
「…ふたりとも…無事でよかった。」
「良かったじゃないわよ!勝手に私とカーコをのけ者にして!」
「キュゥー!」
ふたりに責められ、たじろいでいたユキのもとへ、一人の青年が現れる。
「…君が、タムラ ユキ…なのか?」
「…はい。……ということは、あなたがピラミディア王国の王子ですか?」
「なんだ…もうすでに聞いていたか。」
フッと笑い、王子は続けた。
「…私はピラミディア王国国王ベオルトリッチ・アスタンバードの息子、"ウルフレッド"だ。此度の一件、心より感謝する。我々を、そしてこの島を救ってくれて、本当にありがとう。」
「…ウルフレッド…アスタンバード…王子…?」
「いや、フレッドあるいはウルフレッドと呼んでもらって構わない。そして敬称や敬語も一切不要だ。」
周囲がざわつく。
「…ありがとう。じゃあ…お言葉に甘えて。俺はユキ、多村 雪だ。よろしくな、フレッド。」
「ああ。メルたちから色々と話は聞いている。…だが、まさか君ひとりで海賊だけでなく、この男すら倒してしまうとはな…。」
フレッドは腕を縄で二重に結ばれたバニルダスに目をやった。
「…バニルダス・レオンガルド。そなたら"レオン海賊団"の此度の愚行は我々もすでに承知している。しかし、その裁定にはこの島の真の主、フォクスディアゴンの王である "レイモンド" 陛下、そして "プリストリア" 王妃にご判断を仰ぐこととする。」
ザッ、ザッ、ザッ…
足音とともに姿を現した王は、どこか見覚えのある風貌だった。
大きな狐の体に立派な鹿の角、そして大きく鋭い爪の生えた強靭な足と背中は、頑強そうな龍の鱗にしっかりと覆われている。
一方、プリストリア王妃には龍の鱗が全くないように見える。
「キューーーー!!!!」
「あ、おい…!カーコ!勝手に…!」
カーコは王と王妃のもとへ飛びついた。
「おお…!我が息子よ…!」
「…無事で、本当によかった…!」
(…?!!)
王と王妃は人の言葉を話し、カーコを息子と言っている。
理解が全く追いついていないユキは困惑した。
「…カーコがこの島の…フォクスディアゴンの王子…!……って、お前オスだったのか…!」
「キューー!」
「—— 左様。…ユキ殿、此度の話は先ほどメル殿たちから伺った。この島を、そして民と息子を解放してくれて、本当にありがとう。」
レイモンドはユキに深くお辞儀をした。
「…私からも重ねて感謝いたします。」
王に続いて王妃も頭を下げる。
「…そんな。どうか頭をお上げください。…それより、どうして言葉を?」
「…我々フォクスディアゴンは、長きにわたって人間に仕えていた種族。祖先が人から教わり、時を経て言語を操れる種族へと進化した。」
「そんな経緯があったとは…。」
「ああ。成長過程で適応していくことで、フォクスディアゴンは大人になると誰もが話せるようになる。それと…"仕えていた"というのは、ここでのような扱いではなく、互いの種族を尊重し合った"共存"という表現が適切かもしれん。」
「…なるほど。互いを認め合い、協調しながら平和な生活圏を築いていたんですね。」
「…その通りだ。だが我々はもともと、マウソリカロ王国と呼ばれる国で暮らしていてな。」
「マウソリカロ…!」
バニルダスが目を見開いて叫んだ。
「おい、お前のような罪人が口を挟むな!」
「そうだそうだ!」
ピラミディアの民たちがバニルダスを睨む。
「…皆さん、落ち着いてください。」
ユキは民を制し、続けた。
「バニルダス。あんたはその国の何かを知っているようだが…。」
「ああ。すまねェ…。昨日酒場で聞いたばかりだったから、またかと思ってよ。」
「…その国のことを俺に少し教えてくれるか?…………陛下、非礼をお許しください。」
「いや、構わない。その者からの情報がおそらく最新だろうからな…。」
ユキがレイモンドへ頭を下げ、振り返ってバニルダスに目をやる。
「—— マウソリカロ王国…いや、つい最近になって『マウソリカロ神聖王国』という名を冠してからは、どうもよくない噂ばかり流れている、という印象が強い。」
「よくない噂…?」
「ああ…。現国王は周囲から"生ける死神"と言われている恐ろしい存在だと聞く。」
バニルダスはそれを口にすることで自分が呪われるとでも言わんばかりに、周囲をキョロキョロ見渡し始める。
「…"生ける…死神"…」
「…なんでも、『マウソリカロ神聖王国』は"死霊術"と呼ばれる呪術を使い、敗戦国の兵士と国民、ひとり残らず皆殺しにして従順な"死霊兵"として復活させ、自軍の兵士に変えちまうらしい。」
(…くッ、やはりこの世界にもそうしたクラスは存在していたか…。…厄介な存在だ。)
周囲の者たちは顔を青ざめながらバニルダスの話を聞いている。
「軍勢を率いる王の名はたしか… 『セルクゼス・リッチー 死霊王』と名乗る者らしい。」
「…そやつは、初めて聞く名だ。」
レイモンドが戸惑いの色を見せる。
「ああ…。昨日入ってきた情報だからこれが最新だ。前の王はソイツにすでに殺されていると聞いた。」
「……!!」
レイモンドは明らかに動揺する。
「ウソをつくな!海賊め!!」
ピラミディアの民は腕を震わし、我慢ならぬというように声を上げた。
「…これがウソだと思うなら、これからてめェらが行って確かめてみろォ…!」
バニルダスの威圧に民が怯む。
「…ところで、マウソリカロ王国はそもそもどんな国だったんだ?」
ユキはバニルダスに問いかける。
「…ああ。もともとマウソリカロ王国は謎に包まれる部分の多い国だが、学問と宗教が発展し、古代から"英知が集いし国"とまで言わしめるほど、世界中から多くの賢者が集まる国だった。だが死霊王が現れてからは、亡霊たちが蠢く男尊女卑の国として有名になっている。」
「……聞けば聞くほど、今のそこはサイテーな国ね。」
腕を縛られたカリナが到着した。
「カリナ!?おめェ…!無事だったのか!」
「相変わらずうるさいわね…。ま、再会の前に殺されてなくてホッとしたわ船長。私も…彼もこの通りよ。」
カリナが振り返ると、そこには双剣を取り上げられ、腕に縄を巻かれた丸腰の男が歩いていた。
「ジャグ!!お前まで……!!」
ジャグはバニルダスを一瞥すると、ユキに話しかけた。
「……ユキ。オヤジを…救ってくれたんだな。…感謝する。」
ジャグがユキに頭を下げ、バニルダスとカリナが驚いた様子を見せる。
「……勘違いするな、助けてはいない。あんたらの処分は陛下が決めることだからな。」
「……それでもだ。オヤジの目に僅かながら光が戻ったように見える。」
「………ジャグ…お前ェ…」
バニルダスは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐさま申し訳なさそうな表情に変わった。
「……ところで、バニルダス。そういえばお前らはどこから来たんだ?」
「…俺らァ根無し草のようなもんさ。カッカッカ。」
「……バニルダス、こっちは真剣なんだ。」
「…まあ、俺らの故郷と言えるのかは分かんねェが、俺たちの生まれ育った地は『アルテミナ共和国』と呼ばれる国だな。」
「アルテミナ…共和国?」
「ああ。育ったとはいえ、俺は生まれてから5~6年くらいだったがな。…ほとんどは海の上かどっか停泊した場所で過ごしてきてんだ。」
「…そうか。『アルテミナ共和国』はどんな国なんだ?」
「ピラミディアの近くにある国だ。だが、今は少し揉めていると聞く。…しばらく行かないほうがいいかもしれんな。」
「…どういうことだ?」
「これは酒場で聞いた話だが…新しく選ばれた最高議長が、どうやら国民たちに圧政を敷いて反発が強まって、今あちこちで反乱が起きているらしい。初めは優しいヤツだったらしいが、次第に人が変わっちまったんだとよ。…カッカッカ。」
「欲望渦巻く政治の世界では、"意志弱き者は容易く変わる"と聞く。」
フレッドが呟いた。
「まあ、この大海原が我が家みたいな俺からすりゃァ政治なんざどうだって良いがな。…クックック。」
「そうか…。大体のことは分かった。」
そう言うと、ユキはレイモンドへと体を向けた。
「……レイモンド陛下、お話し中に無礼な行い、重ねてお詫び申し上げます。」
ユキはレイモンドに頭を下げ、レイモンドも静かに頷いた。
「…レイモンド陛下。この者たちについて、いかがお考えでしょうか?」
フレッドがレイモンドに問いかける。
「…ああ。実は、奴隷にされていた民から話を聞いたのだが、我々フォクスディアゴンにはどうやら危害を加えなかったそうだ。…つまり、件については、ピラミディア王国のご判断に委ねたいと考えている。」
「…! 私たち人間にはあれほどのことを…ッ!」
メルはバニルダスを睨んだ。
「……先住民への配慮も、俺なりにしてたつもりだからなァ…。」
「…何が……何が、先住民への配慮よ!王は囚われ、民は奴隷にしていたじゃない!しかも…私たち人間には、暴力だけでなく、…犠牲者まで…!!」
メルは悔しさと怒りが同時に爆発し、涙が頬を伝う。
「……面目ねェ。俺たちは取り返しのつかないことをしちまった。いくら謝っても決して許されねェことだ……だが、本当にすまなかった。」
バニルダスが申し訳ないという顔でメルに頭を下げる。
「…今さら謝ったって ——!」
すると、横で静かに聞いていたジャグが口を開く。
「本当にすまないと思っている。…ただ、これだけは勘違いしないでいただきたいのだが —— 奴隷についてはオヤジの意思ではない。」
(…………!!)
地面を見つめながら話を聞いていたユキはジャグへと視線を動かす。
「……てめぇ…俺らが黙ってるのをいいことに好き勝手言いやがって!」
ピラミディアの民が怒りを爆発させる。
「…ああ、これが非礼極まりないことだとはわかっている。だが、奴隷についてはオヤジの意思ではなく、処刑した幹部の入れ知恵だ。」
「今さらになって、今度はすべて処刑した幹部のせいだ?!ふざけんじゃねぇ!!」
「すまない。話せば長くなるが…レオン海賊団の幹部はもともと、俺とカリナ、そして俺たちが処刑した幹部以外にもう2人を加えた5人で構成されていた。」
「…おい、ジャグ。…その話はもういい。……理由が何であれ、全ての責任は俺にある。」
(……?)
ユキは怪訝な顔でバニルダスを見つめる。
「……分かりました。」
「いや、ちょっ、そこまで言うなら最後まで話せよ!」
若い男が割って入る。
「…とにかく、オヤジは…いや、オヤジだけじゃない。…俺たち全員が、あの一件でどこか壊れてしまった。……だが、みなが言うように、俺たちの意志の弱さが、このような蛮行を引き起こした原因であることには違いない。本当に…すまなかった。」
「…今さら謝ったって、絶対に許さねぇぞてめぇっ!」
「そうだそうだーっ!!」
「ああ。…俺は決して許しを請うために言ってるわけじゃない。せめて、処刑される前に謝罪の意を伝えたかったからだ。」
「…え、やっぱり私たち処刑されるの?」
カリナの顔が蒼白になった。
「…いや。すべては俺の統率力…そして、意志の弱さが招いちまったんだ。ジャグが言うように、幹部の入れ知恵もあったかもしれんが、それを認めたのはほかでもなく…この俺だ。」
「…ですが、これについては…あの一件で病んでしまったオヤジを見たアイツが……!」
「もういい!!!…もういい、ジャグ。…それ以上はもう…何も言うな。」
「………」
しばしの沈黙が流れ、重苦しい空気の中フレッドが口を開いた。
「…レイモンド陛下とプリストリア王妃だけでなく、私も危害を受けなかった。そして、我々は地下牢ではなくそれぞれ別の部屋に軟禁され、不思議なことに食事も毎食出されていた。」
「反乱を起こした我々は、捕らえられてからは地下牢でしたが、暴力はふるわれず、我々にも食事は毎食出されていました。」
地下牢に囚われていた男たちもレイモンドに続いた。
(………!)
「だが、ピラミディアの民に働いた蛮行を許すつもりなど毛頭ない。これは、ピラミディア国民の尊厳を大いに傷つけた醜行だ。」
フォクスディアゴンの王が口を開く。
「私とプリストリアが軟禁であったとしても、フォクスディアゴンの民を奴隷として扱い、苦痛を強いたことについては我々も看過できぬ。」
「その通りだ!こいつらは俺たちの尊厳を踏みにじったんだ!」
「そうだ!即刻死刑にすべきだ!!…ユキさんもそう思うだろ?!」
ユキは唐突に問いかけられ、皆の視線が集中した。
「…すみません。部外者の俺がこの件についてとやかく言える資格はありません。」
そんな中、フレッドが口を開く。
「ユキ、奴隷を救った君の意見も参考までに聞かせてくれないだろうか。」
「……分かった。……彼らがしてきたことは、俺も決して許されることではないとは思う。」
「ユキさんよくぞ言ってくれた!!ほら見ろ、クズども!」
ピラミディアの民が海賊たちを罵倒する中、ユキが続けた。
「…ただ、 "ピラミディアには奴隷が一人もいない" のでしょうか?」
「………!!!」
その場にいた全員が固まり、沈黙のあとフレッドが答える。
「…ピラミディアにも、敗戦国の奴隷や犯罪を犯した奴隷など数多くの奴隷が存在する。」
「……そりゃあユキさん、たしかにピラミディアにも奴隷はいますが…。それは、あくまで俺たちが生活するために必要な労働力であって…。」
「…もしかしたら、同じなのかもしれません。その処刑された幹部が考えたことも。」
皆が再び凍り付いた。
「以前…こちらの島へ逃れることができたのは、王子以外に貴族と市民だったと聞きました。」
「……!」
「それは、同じように怯えている奴隷がいたのに、"連れてこないという選択をした"…ということにもなると俺は思います。」
「そ、そりゃあ、船に乗るのは限られた人数だったんだ!…国を守り続けるためには、"奴隷よりも貴族や市民から優先的に守る必要がある"のは当然のこと…だろう。」
「…あくまで素朴な疑問ですが、海賊も"自分たちの生活や身を守るためにあなた方を奴隷にした"と言ったら、その理屈も通ることになるのでしょうか?」
「フッ…我々にはなかった、斬新な視点だな。」
フレッドが割って入る。
「ユキ。君がどのような世界で生きていたかは知らないが、奴隷制度はこの世界での常識だ。」
「ああ、それはなんとなく理解した。俺はこの世界の人間ではない。だから、これ以上の介入や追及をするつもりはない。ただの一意見だから、聞き流してくれて構わない。」
先ほどまで騒がしかったピラミディアの民がみな押し黙り、フレッドが口を開いた。
「ユキ、貴重な意見をありがとう。私だけでなく、みなにも少なからず気持ちの変化があったのではないだろうか。」
すると、一人のピラミディアの民が前に現れた。
「…僭越ながら、私からも一つだけ、よろしいでしょうか…?」
フレッドはその男へと顔を向けた。
「構わない。どうした?」
「…実は、私は以前、作業中にひとりの海賊から仕事が遅いという理由で蹴飛ばされたことがあります。」
当時その男を蹴飛ばした海賊が、遠くでこっそりと視線を落とした。
「…そんなことがあったのか。何もしてやれず、すまなかった。」
「いえ!……ただその時、泥だらけになった奴隷の私を、そちらの方が守ってくださいました。」
そう言うと、男は手のひらで近くにいた男を指し示した。
「……!!」
指し示す先にいたのは、ずっと周囲の話を黙って聞いていたジャグだった。
「もちろん、手にかけられた同胞を忘れることはありません…。しかし、あなたは処刑された幹部の一味から、我々が受ける暴力を最小限に抑えてくださった。実際、私はこうして生きていますからね。」
ジャグは無言で男を見つめていた。
「助けてくださり、本当にありがとうございました。…ずっと言えていませんでしたが、この場をお借りして謝意をお伝えします。」
フォクスディアゴンの王は静かに男とジャグを見ている。
静かになった民たちを前に、フレッドが口を開く。
「——いま一度、みなに確認を取りたい。亡くなった同胞の仇、そして我々の尊厳を踏みにじる蛮行を働いたこの者たちを、死刑にするか否かについてだ。」
みながざわつき始める。
「同調圧力を避け、公平に判断するためにも、一人ずつこれから私のもとに来て伝えてくれ。」
みなの集計が終わり、フレッドが皆の前へと近づいた。
「皆の者、辛い決断をさせてすまなかった。しかし、総意は固まった。」
バニルダスをはじめとして海賊たちは顔を青ざめて視線を落とす。
「…フォクスディアゴン族、そしてピラミディア王国の総意として、レオン海賊団による此度の蛮行に対し、死刑は適用しないことを決定した!」
「……………!!!」
バニルダスとジャグは驚きで目を見開き、ほかの海賊たちは泣きながら抱擁を交わす。
カリナは気を失ったかのように砂浜に倒れこむ。
「…しかし、此度の件について、むろん無罪放免ということではない。お前たちにはピラミディアの牢でしっかりと罪を償ってもらう。」
「…本当に、それでいいのか?」
バニルダスが目を丸くして皆を見たあと、フレッドに問いかける。
「ああ。罪を背負い続け、長い年月をかけて苦しみを知り、心の底から反省しろというみなからの慈悲だ。私は、みなの総意を甘い判断だとは決して思わない。」
「———— そして、私からお前たちに提案がある。」
「………提案…?」
「我らピラミディア王国の"兵"として彼らを守り、国全体に生涯をかけて償うのはどうだ?」
「…………!!」
「な、なに言ってやがる、あんた!俺たちはあんたらを踏みにじってきた憎き罪人だろう!?」
「………ああ。この場にいる民は決して忘れることはない。許すこともないだろう。」
「それならなおさら…!」
「だからこそだ。」
「…?!」
「お前たちが傷つけてきた彼らが見ている中で、我らピラミディア王国再建に命を懸けて力を貸してもらう。そして、お前たちは命を懸けて彼らを生涯守り続けよ。」
「なにィッ…!?」
"海の怪物" バニルダスは驚愕しながらフレッドの顔をのぞき込む。
まだ若く戦すら知らぬはずの王子は、その視線を真正面から受け止め、一瞬の怯みも見せることなく、猛々しい視線をバニルダスへと突き返す。
「クックック…!俺を破ったユキといい…王子のあんたといい…俺らを殺さない選択をしたソイツらといい……俺が忘れかけていた覚悟を宿した目をしていやがる……!」
「…………相分かったァッ!!」
バニルダスが叫ぶ。
「…"海の怪物"バニルダス・レオンガルド、そして、"海神"レオン海賊団、ピラミディアの民より受けたこの恩、俺らの命を懸け返し続けることを約束するッ!!!いいなお前らァッ!!!」
海賊たちは驚いた表情だったが、やがて表情に覚悟を宿した。
「おぉぉおおおッッ!!!!!!」
ユキはやれやれといった表情でフレッドを見ると、フレッドも不敵な笑みを返した。
「賽は投げられた!……皆の者ォッ!!……ピラミディア王国に栄光を!そして永遠の繁栄を!…我らの手で、世界に名を轟かすほどの強国をともに創り上げようではないかッ!!!」
「ゥオオオォオオォッ!!!」
若き王子、民、兵となった海賊たちの咆哮が一つとなって、天を轟かせた。
"一連の流れは全て、目の前に立つ若き王子の筋書き通りだった……"
そんな考えが頭によぎったユキはこの青年に対して僅かばかりの恐怖感を抱く。
「フッ……それは考えすぎか。とりあえずは…無事一件落着、だな。」
『お疲れさまでした、ユキ。今日はもうログアウトしますか?』
「ありがとう。…サイバープラネットではセーブしなくてもいいのか?」
『はい、この世界では必要ありません。ログアウト時にアバターと記録が自動的に転移され、再度ログインするとその情報をもとに、同じ場所と状態から自動で再開します。』
「良心的だな。転移するならログアウト中に襲われる心配もなさそうだ。じゃあ、さっそくログアウト画面を頼む。」
『承知しました。』
ヴゥゥン…!
目の前に現れたログアウトの確認画面を見て、ユキはようやくベータテストの終焉を実感したのであった。




