レギオンの救世主
【条件達成。因果スキル "レギオンの救世主を習得しますか? はい/いいえ】
「………は?」
天を仰ぐユキの頭上にホログラムが浮かび上がった。
不気味な笑みを浮かべながら、バニルダスが近づいてくる。
「ガーッハッハ!こいつァ傑作だぁッ!嬢ちゃんを助けた上に炎で自分もろとも閉じ込めたか。」
ユキは全身の感覚がなく、逃げようにも脳が筋肉へ信号を伝達してくれない。
「なかなか良いモン見させてもらったぜ。だがあいにく俺はこんなヤワなもんじゃ死なねェよ。」
バニルダスがユキを見下ろし告げる。
「………ユキ、だったな?」
「……そうだ」
「………最後に、"言い残すこと"はあるか…?」
「………"ない"………」
ユキは映画でしか耳にしたことのないセリフを、まさか自分が受ける日が来るとは予想だにしなかった。
「……ッハ!気に入った!…このバニルダス・レオンガルド!最大級の敬意を持って貴様をあの世へ送ってやる!」
バニルダスが大槍を持ち上げた途端、ユキの左腕に全神経が集中するのを感じた。
「…さらばだ、勇ましき者ユキよ!…この神槍の下で安らかに眠るがいい…!!」
ユキは意識が朦朧とし、視界が徐々に白くなっていくのを感じる。
ヒュゴオォォォォッ!!
【因果スキル "レギオンの救世主" を習得しました。】
『おめ…、…キ。レギ…ン…の……は……即……し、……上さ………』
コアはユキの瀕死状態に連動し、ノイズだらけでもはや聞き取ることができなかった。
【プレイヤーHP残量5%以下を確認。これによりスキルの自動発動を適応します。】
ドクンッ!!!!
「ぐぁッ!!!」
(…か、体が……熱い!)
体の奥底から突如として湧き上がる、燃え上がるような感覚 ———
ズゴオオオォンッッ!!!!!!
槍の衝撃波により床が崩壊し、大量の瓦礫と粉塵に包み込まれ、燃え盛る炎が一瞬にして鎮火される。
静寂の中、バニルダスが槍を引き抜いた。
「………なに!」
槍は実体のない空気と床を突き刺し、そこにユキの姿はない。
粉塵が徐々におさまった時、それは男の前に姿を現した。
メラメラと炎のような赤い闘志に包まる影…それは紛れもなくユキだった。
「……小僧、あの状況で避けるか…!…クックック…ならば、次こそ完膚なきまでに叩き潰してやろう!」
『ユキ、おめでとうございます。因果スキル"レギオンの救世主"は一度の戦闘でHPが5%を下回った際に自動発動し、HPとSPの70%即時回復と微量の継続回復に加え、3分間全ステータスが150%向上します。』
バニルダスの神槍が再び振り上げられる。
だが今度は、ユキの目に迷いはなかった。
「"空間操術"!」
瞬間、崩壊した城の瓦礫が宙に浮き上がり、光の結界が展開される。
床の大理石、倒れた柱、散らばった石材が空中に浮遊し、まるで意志を持つかのように再配置されていく。
「……なにィ!?」
バニルダスが驚愕の声を上げる中、ユキは冷静に戦場を見渡していた。
(3分間...この"レギオンの救世主"の効果時間で、必ず活路を見出す!)
「"鷹の目"!」
視界に立体的な情報が浮かび上がる。
バニルダスの筋肉の動き、重心の偏り、周囲の地形の脆弱性…全てが手に取るように見えた。
「ウォォラァァッッ!!!」
ゴォオオオッ!!
バニルダスが神槍を横薙ぎに振るう。
その一撃で浮遊していた石材を粉砕する。
だが、ユキはすでにそこにはいなかった。
「…"攪乱"!」
「ぅぐぉッ…!」
複数の光点が四方八方に散らばり、バニルダスの視界を混乱させる。
同時に、ユキは浮遊する石材を足場にして空中を駆け回る。
「チッ、ちょこまかとォ…!」
バニルダスの槍が石材を次々と破壊していくが、ユキは既に次の足場へと移動する。
「……"単縛結"!」
光の縄がバニルダスの足首に絡みつくも、バニルダスの圧倒的筋力の前では完全な拘束にはならない。
「フンッ!こんなもので、俺を止められると思うなァ!!」
ブチブチブチィッ!!
バニルダスが力任せに光の縄を引きちぎる。
だが、その一瞬の隙を、ユキは見逃さない。
「…"火起こし"!」
先ほどまき散らしていた油の残滓に火花が散る。
炎が一筋の線を描いてバニルダスの足元に向かう。
「次から次に、こしゃくな真似をォ!!」
バニルダスが慌てて跳躍しながらユキへと視線をやり…周囲が光のドームに包まれていくことに気づく。
それこそがユキの狙いだった。
バニルダスもすぐさま気づいたが、すでに遅かった。
「…!…小僧ォ!」
「……"縛鎖領域"ッ!!」
空中のバニルダスに向けて無数の光の鎖が襲いかかる。
地上にいれば力で引きちぎることも可能だが、空中では踏ん張りが利かない。
「ぅぐオォォッ…!」
光の鎖がバニルダスの四肢に絡みつき、その巨体を空中に拘束する。
自力で抜け出すのは厳しいと直感したバニルダスは、体の底から地響きのような唸り声を上げた。
「ハア"アァ"ァァア………!」
バニルダスと槍にとてつもない黄色い稲妻が帯び始めた。
(………今だ!)
「"封鎖領域"ッ!!!」
ガギイィィィンッ!!
光の鎖で拘束されたバニルダスと槍が纏った光は徐々に薄まっていく。
「ぐオォッ!」
ユキはバニルダスのスキル使用を未然に封じた。
「クソォ…小僧…まさかこんな戦い方を…!」
バニルダスが歯噛みする。
だが、ユキの表情に油断はない。
相手は"海の怪物"とまで呼ばれた男。
これくらいで終わるはずがない。
案の定——
「グアアアアアッッ!!!」
バニルダスの全身から爆発的な魔力が噴出する。
ミシミシッ…ビキ! バキバキバキィィッ…!!
"縛鎖領域"の結界が軋み、ひび割れが走る。
「…まさか!……くッ!結界が!」
「ククク、小僧よ…俺を甘く見すぎたなァ…!この程度の縛りで…俺が止まると思うかァッ…!」
バキィィィンンッッ!!
「……!!」
結界が完全に破砕され、バニルダスが再び地上に降り立つ。
「今度こそ…貴様を完膚なきまでに…!」
その時、ユキの脳裏に警告音が響く。
【"レギオンの救世主" 残り時間:30秒】
(…マズい…時間がない…!)
「"感覚遮断"!」
バニルダスの視覚を一時的に奪う。
だが、数秒後には効果が切れてしまう。
「そんな小細工はもう俺に通用せんぞォ…!」
バニルダスが神槍を構える。
その時、槍の穂先が異様に輝き始めた。
「ガハハッ!久しぶりだぜェ…。…小僧、喜べ!これを使うことになったのは、お前を含めこの世に2人しかいない!」
「…!」
ユキの肌が目の前の圧倒的な威圧感を前にして逆立つのを感じた。
「この一撃で…この城もろとも…消し飛ばす…!」
バニルダスを起点とし、空気と大地の震動が波及する。
「……"神槍滅却"ッッ!!!」
ギュィィンッ!!!!
ッボゴォォォォォンッッッ!!!
槍から放出される魔力は、これまでとは比べ物にならない。
空気が震え、石材が共鳴して砕け散っていく。
「ぐぁッ!!!」
ユキは直撃を間一髪のところで免れたが、衝撃波で吹き飛ばされる。
ボゴォォォォォン!
「ゴフッ…!」
キィーーーン……
壁との衝突により、ユキは意識朦朧とする。
「ほう…?!あれを受けてまだ生きているか。……やはり、面白いやつだ…!」
そう言うと、バニルダスは最後のとどめを刺すべく槍を構える。
【"レギオンの救世主" 残り時間:10秒】
まさに絶望的状況————
だが、ユキの目にはもう諦めの色はなかった。
「…だが、これで終いにする…!」
キュィィィン…! バリッ…バリバリッ!
音を立て、バニルダスの槍の穂先に稲妻が現れる。
その時、ユキの脳裏に一つのアイデアが閃いた。
(…そうだ。…戦いに勝つ方法は ——— "アイツを倒すことだけじゃない"…!)
「終わりだァ!!童ァァァッ!! "雷槍"ッッ!!」
「…"時空結晶"ッッ!!!」
————戦場はなぜか静寂に包まれた。
そして、ユキの狙った対象はバニルダスではなかった。
神槍から放たれようとしている破滅的なエネルギー……
それ自体を結晶化させていたのである。
「なに……!?」
バニルダスが驚愕する。
神槍の穂先で渦巻いていた稲妻とエネルギーが結晶となって固定され、放出されることなく宙に浮いている。
【"レギオンの救世主" の効果が終了しました。】
ユキの全身を包んでいた赤い闘志が消失する。
再び激しい疲労感が襲いかかるが、ユキは立ち続けていた。
「小僧……貴様、まさか俺のエネルギー自体を…!」
「ああ。 —— だが、これで終わりじゃない」
ユキが微笑む。
「…………!!」
その瞬間、結晶化された稲妻やエネルギーがゆっくりと回転し混ざり始めた。
「"空間操術"で制御した空間内で、"時空結晶"によって固定されたエネルギーは…俺の意志で方向を変えることができる ——!」
結晶化されたエネルギーの砲口が、バニルダス自身に向けられる。
「貴様…まさか…!」
「これが俺の答えだ、バニルダス。」
その瞬間、ユキの内なる何かが覚醒したようにホログラムが浮かび上がった。
【条件達成。スキル "絶対掌握"を習得しました。】
「"絶対掌握"!」
制限空間内にある全ての物質、位置、運動、接触、エネルギーなどがユキの完全な支配下に入る。
バニルダス自身の動きすらも、ユキがわずかに制御できるようになった。
「…なにィッ…!!! こんな…こんなことが…!」
バニルダスが抵抗しようとするが、男の動きは徐々に鈍くなっていく。
「俺は…あんたを殺すつもりはない」
ユキが静かに告げる。
「でも、みんなを苦しめ続けることは…もうさせない」
ユキに操られたバニルダスのエネルギーが神槍を包み込む。
拘束力が強大化された槍は形を変え、バニルダスに巻き付いた。
「…ぐゥッ!!!神槍が…!!?」
「…武器とスキルを失った。俺にはまだスキルが使える。…あんたの負けだ、バニルダス。」
ユキの巧みな合わせ技により、バニルダスは抵抗することができない。
「…ククク……俺の力を逆に利用し、それを御したか。…クックック…ガーッハッハッハ!!」
バニルダスは次の一手が消え、深いため息をついた。
「……認めよう!………俺の、完敗だ!」
【エリアボス撃破確認。 因果スキル "尊厳の継承" を習得しますか? はい/いいえ】
「…!」
ユキは疑問を感じつつも、"はい" に指を置いた。
彼の巨体がゆっくりと制限空間外へと押し出される。
ドスンッ
「…ん…なんだァ?…俺の神槍は外れないのか?」
槍に巻き付かれたままのバニルダスが問いかける。
「悪いが、この槍の拘束を外せば…槍はもう使えなくなってしまう。」
「…! 外さなければ?」
「あんたはずっと、そのままだ。」
「なにィ!?それじゃあ俺がいずれ死ぬじゃねェか!!」
「…ああ。だから結局のところはその槍を…壊すつもりだ。」
衝撃を受けた様子だったが、すぐさま表情を戻す。
「そうか…。これが運命というヤツか…。俺の行動が、神槍のソレを変えちまったのか…。」
しばしの沈黙の後、ユキが口を開いた。
「…どうする。……このまま、その槍と沈むか?」
バニルダスが顔を曇らせたことで、ユキはこの男と槍との絆の強さを窺い知る。
「……出会いもあれば別れもある。俺ァ…神槍と出会って、いつしか傲慢になっていたのかもしれん…。…盛者必衰の理だ。」
少し涙を浮かべながらも、バニルダスは神槍を壊す選択をした。
「………だが、その前に…」
ユキは槍のもとへと近づき、手をかざした。
「…"|尊厳の継承"《インヘリタンス・ディグニティ》"…。」
ユキが声を発した途端、神槍は光を纏うと元の立派な槍の姿へと戻り、ユキの前にホログラムが浮かび上がった。
【"神槍"に提案しますか? はい/いいえ】
「………!……提案?」
ユキは不思議に思いながらも、 左手で "はい" にそっと触れる。
シュゥゥゥゥン…!
【"神槍"が提案を了承しました。】
次の瞬間——
宙を舞う光の神槍がバニルダスを一瞬包み込み、男から離れるとユキの体へと入り込んだ。
「…………!!」
【因果スキル "神槍滅却"を継承しました。これにより、"神槍"召喚後、スキルの使用が可能となります。召喚後の三分間、光の像が味方として指示に従います。】
(………!!……因果スキルの継承だと…!?)
ユキが驚きを隠せずに唖然としている中、バニルダスが涙を浮かべながら口を開く。
「…ありゃァ、もしや俺への最後の挨拶だったのか…?…クックック。こんな俺でも、一応は認めてくれてたのか…。…ありがとうな、"神槍。またあの世で会おうや。」
バニルダスは涙を拭い、ユキに問いかける。
「……おい、俺をどうするつもりだ?……牢獄に入ればいいのか?」
「…俺は、あくまでリミナルズ。この星の者ではないただの境界者であり、旅行者だ。」
「…お前が…!あの…リミナルズ…だと……?!」
「つまり…俺にあんたを罰する権利もなければ、この島の王になるつもりも侵略するつもりもない。」
「…! じゃあ、なんで俺たちを…!」
「メルたちのように奴隷にされた人たちの力になりたい、ただそう思っただけだ。」
すると、ユキの仲間たちが駆け寄ってきた。
「ユキさん!!!まさか……本当に……勝ったんですね!!」
「…ええ。…なんとか、勝てたみたいです。」
ユキの言葉を聞き、その場は歓喜に包まれた。
「うおおおおッ!!!!!」
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「うおおおおッ!多村さんが、なんとラスボス撃破しちゃいましたよーー!!」
三井は少し涙を浮かべながら叫ぶ。
「信じられないわね…。まさか、本当に一度も死なずにクリアしちゃうなんて…。」
諸菱も高校生ゲーマーの底力を目の当たりにし、驚嘆する。
大門は静かにガッツポーズをしながら、画面越しにユキを祝福した。
しかし、その瞬間。
ジジッ…!
「…! …伏せてください!」
大門が叫び、三人はすぐさま地面に伏せる。
バチバチバチッ!
数台のモニターが過電流でショートし、様子が見えなくなった。
「うわーッ!なんだ急に!!やばいやばいやばい…!」
三井が明らかにパニックに陥っている。
「三井くん落ち着いて…!今は多村くんのテレポーターを確認するのが先決よ!」
「は、はいッ!!!」
三人はかがみながら急いでテレポーターへと向かった。
ユキの座るテレポーター第一号機だけでなく、すべてのテレポーターはまだ被害を受けておらず、中に座る者たちにも影響は及んでいなかった。
「不幸中の幸い…とでも言うべきかしら…。」
諸菱は珍しくかなり動揺している。
「ほっ……」
三井は緊張から解放されたせいか、力が抜けたかのように座り込む。
「…とにかく、全員を今からログアウトさせていったん避難しましょう。」
大門が冷静に伝える。
「そんな、無茶ですよ!強制ログアウトをしたらテスターの脳への深刻な損傷が発生する危険性があります!」
「…ぐっ!…であれば我々はどうすれば…。」
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サイバープラネットのユキが仲間たちの歓喜に包まれる中 ——
現実の世界では恐ろしい事件の前触れが始まっていた。




