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反撃の狼煙


チュン、チュン――


森の仮小屋でユキは身を起こした。

外では小鳥のさえずりと、遠くで砕ける波の音が聞こえている。

『おはようございます、ユキ』

空中に淡い光がきらめき、コアの声が響く。

『メルは昨夜、一晩中ほとんど眠れていなかったようですが、無事です』

「…そうか、朝から良いニュースが聞けてうれしいよ。」

彼女がまだ不安に縛られているのは当然だった。

無理に立ち直らせるより、まず"状況を制御できる"と示すことが先だとユキは考える。

「まずは、島の情勢をもう少し詳しく知っておかないといけないな」

そうつぶやくと、足元で丸まっていた小さな魔物がもぞもぞと動いた。

茶と白が混じった毛並みの、小さな狐に似た魔物。

頭には小さな枝角、背中には竜のような鱗がのぞき、脚にも硬質な鱗が走り始めている。

可愛らしい外見だが、足に触れた時に感じる筋肉と背中の鱗の硬さは侮れない。

ユキはその魔物をじっと見つめた。

「実は君にも、お願い事があるんだ。」

小さな魔物は首を傾げた。

「その前に……名前がいるな。」

ユキはしばし顎に手を当てて考える。

「鹿の角に狐の体と竜の鱗だから…鹿狐竜(カコリュウ)?ちがうな……カコルも違和感あるし、うーん……」

 ぶつぶつ呟いたのち、ぱっと顔を上げた。

「…竜は怖い印象だからやめにして、鹿狐(カコ)……いや、カーコだ…!今日から君はカーコでどうだ?」

「キュー!」

カーコが嬉しそうにユキの肩に飛び乗った瞬間、ホログラムが浮かび上がる。


【条件達成。スキル "魂の共鳴(ソウル・リンク)" を習得しました。アニマを"カーコ"と名付けますか?はい/いいえ】


「…! アニマっていうのはカーコみたいな魔物を指すのか…?」

ユキは少し戸惑いながらも"はい"に指を重ねた途端、カーコの周囲に光が弾ける。


シュゥゥゥ…パッ!


「キュー!」

カーコが嬉しそうに叫ぶと再びホログラムが浮かび上がった。


【アニマを"カーコ"と名付けました。これにより、常時スキルは作動状態となります。】


『名付けられたアニマであるカーコは、ユキの指示や言葉を完全に理解し、従うようになります。』


ヴゥン…!


ステータスモニターが表示され、カーコのステータスも確認できるように機能が拡張されていた。

「…なるほど。アニマとどう協力していくかはこれから考えてみるか…。」

「キュッキュ!」

カーコは目を細めながらケラケラと笑っているようだった。

ユキは焚き火の燃え残りを丁寧に崩していく。

夜明けの湿気でしっとりと冷えた灰の中から、まだ赤く燻る炭片を拾い、土で覆い隠した。

「さて —— 次は情報だな。最も近くの集落は昨日確認したが、東に広がる平地のさらに先に、奴隷たちの集落が2つあると昨夜メルが言ってたな…。」

少しの間をあけ、ユキは自分の思考を整理するかのように話し続ける。

「…正面から向かうのは自殺行為に等しい。まず内部を知るための策を練らなければならない。」

『行動方針を決定しますか?』

「いや、まずはメルに会いに行く。食料、水分の追加分、木の槍と矢を補充しておく必要がある。」

コアの言葉に軽く首を振ると、ユキはカーコを肩に乗せ、森の小径を辿って歩き出した。


あらかじめ、メルの避難小屋近くに自分の小屋を建てていたため、すぐに到着した。

道を歩く音で気づいたのか、周囲を警戒する視線が一瞬だけのぞいたあと、扉がわずかに開く。

「…ユキ」

「無事で何よりです。追加分を持ってきました。」

ユキは"調理(ガストラ)"で作ったいくつかの料理、果物、木の実、水、そして木の長槍と、数本の矢を束ねて差し出した。

メルは驚いたように目を瞬かせた。

彼女の細い指が、槍をそっと撫でる。

「…あなたには感謝してもしきれない。本当にありがとう。」

「いえ、気にしないでください。」

「…それと、これから敬語は使わないで。本来なら私が使うべきなのに…。」

「それも全然気にしな…まあ…それなら、お言葉に甘えて。」

「うん、ありがとう。」

ユキは小さな笑みを浮かべたあと、少し真剣な表情へと変えた。

「実は…もう一つ、聞きたいことができた。」

「聞きたいこと…?」

「…奴隷服。あの集落に潜入するには、やはり必要だと考えている。」

メルは一瞬だけ目を伏せ、息をついた。

やがて、重い声で答える。

「…奴隷服は、すぐそこの“第一集落”で作ってるわ。海賊が使い古した粗布や網を解いて再織りしてるの。作業場と素材置き場は…確か外壁の北側にある小屋にあるはずよ。」

ユキの目がわずかに細まった。

「なるほど…ということは、そこに素材を奪いに潜り込むのが最短ルートか。」

「残念だけど、それは至難の業だと思う。」

メルは即座に首を振り、話を続ける。

「小屋には監視が交代しながら必ず一人は常駐しているの…。」

「なるほど…。」

「…交代は三回って決められてたけど、正確なタイミングはわからない…。でも、同じ道を同じ順番で回ってるはず。」

「交代を待つよりは、死角を狙うほうがよさそうだな。…ありがとう、考えてみる。」

「…気を付けてね。」

ユキは一瞥したあと、梯子を下りてすぐさま第一集落へと向かった。


集落近くの小高い岩の上に身を伏せ、微動だにせず視線を巡らせていた。

「…"鷹の目(ホーク・アイ)"」

ユキの瞳が微かに輝き、周囲の情報を確認する。

桟橋に座っている海賊、外壁を回る見張り、死角。

すべてを脳内で立体地図として再構成していく。

「…あれだな。」

集落の外壁の北側にところどころひび割れている小屋が見えた。

外壁の見張りをする四名の海賊は四方にそれぞれ一人ずつ配置されている。

ユキは目を細め、呼吸を殺したまま彼らの巡回を観察した。

足音の間隔、視線の動き、腰に提げた武器の重さ ——

"情報の不足"が行動の隙になることを、ユキはよく知っていた。


『外壁北側、小屋までの最短経路を表示しますか?』

「いや、必要ない。自分で導き出したほうが、応用が利く。」

ユキはコアの提案を今回は退けた。

自分の頭で組み立てた戦術は、状況が変わっても崩れにくい。

やがて、北側の見張りが壁の角を曲がり、死角に消えた。

ユキは小さく呟いた。

「一周に4分18秒……」

三周分の軌跡を頭に描き、海賊の動きを時間軸ごとに脳内で並べる。

桟橋の海賊は微動だにせず座り込んでいる――おそらく眠っている。

ユキは肩にいるカーコを一瞥した。

「…行くぞ。音を立てるな。」

ジェスチャーを交えて伝えるユキを見て、カーコはこくりと頷くように小さく鳴いた。

ユキは身を沈め、落ち葉を踏まぬよう重心を低く移動させる。

斜面を滑るように降り、外壁北側のひび割れた小屋へと忍び寄る。


やがて、外壁と小屋の間にある浅い窪地に身を潜めた。

「…よし、うまくいった。…"素材吸収マテリアル・ボルテクス"」

呟いた刹那、小屋の中の紐や粗布や網などが次々と吸い込まれていく。

続けてユキは口を開く。

「"素材錬成(マテリアル・フォージ)"」

奴隷服を作り上げ素早く羽織り、地面の泥で少し顔を汚した。

カーコは小さく丸まり、背の鱗を土に紛れ込ませる。

「カーコはしなくていいんだぞ…。」

カーコは死んだふりをしているかのように固まっていたが、それを聞いて飛び出した。

「…これで侵入フェーズに移行できそうだ。」

そう告げると、ユキはいよいよ集落へと動き出す。

「カーコは森の高所で合図を待っててくれ。」

「キュッ」

カーコはユキが手で示した位置へと向かい、軽やかに木の幹を駆け上り、葉陰に身を潜める。

「—— よし、作戦開始だ。」


ユキは身を屈め、集落へと足を踏み入れた。

そこは、昨日遠目に見た奴隷集落だった。

粗末な小屋が並び、あちこちに「Λ」の印が染め抜かれた海賊旗がはためいている。

広場では奴隷とされる男が丸太を運び、別の一角では海賊たちが酒瓶を手に騒いでいた。

焚き火の煙と腐敗臭、海風の塩気が混じり合い、息が詰まりそうだった。

(……酷い有様だな)

周囲を観察していると、ひときわ大柄な海賊が、作業中の奴隷を突き飛ばした。

奴隷は泥に倒れ、海賊はその上に足を乗せて嗤う。

「働きが遅ぇんだよ!」


その足が振り上げられた瞬間 ——

「—— おい。」

低い声が響いた。

海賊たちの視線が一斉に声の主へ向く。

そこには、鍛え抜かれた肉体に黒い外套を羽織った男が立っていた。

瞳は鋭く、背中には二本の短剣を差している。

ざわ…と空気が揺れ、海賊たちがみな逃げるように持ち場へと去っていく。

ユキは直感的に悟った。この男は、この集落の海賊ではない。

「あ、あんたかい……。第二集落の管理者さまがわざわざここまで何の用だ?」

「お前に答える義理などない。……規律を忘れたか?」

「べ、別に本気で踏みつけるつもりはねェさ。」

静かな声だったが、刃のような鋭さがあった。

男は倒れた奴隷を軽々と引き起こし、そのまま視線を海賊に向けた。

「無駄な暴力は資源の浪費だ。頭を冷やせ。」

大柄な海賊はバツが悪そうに奴隷の前へ唾を吐き、渋々と引き下がった。

男はそれ以上追及せず、踵を返すと奥の小道へと去っていった。

(……今の男が、第二集落の幹部か……)

ユキは胸の奥に小さな違和感を覚えた。

この集落を管理する海賊たちは、規律もなく暴力に溺れている。

だが、今の男は冷徹だが無意味な暴力はしない。

つまり —— "海賊全員が同じではない"


荒くれ者たちばかりが第一集落に集まっている…

この集落は、海賊の中でも最も規律が崩れている。

同時に、ユキの心に一つの仮説が芽生えた。


(—— "ここを最初に崩せる"。)


ユキはしばらく集落の奥に潜入し、奴隷に混ざって情報を集めた。

奴隷の中には、かつて反抗を試みた者もいたが、皆"見せしめ"として捕らえられていた。

また、理由こそ聞けなかったものの、夜に作業へ出た屈強な男の奴隷たちが姿を消した事もあるという。

少し年老いた男が、低い声で囁いた。

「…巡回は、夜明けと日暮れの前後が手薄になる。酔っぱらって寝ている奴も多い」

その情報を入手するや否や、ユキは"鷹の目(ホーク・アイ)"を発動した。

周囲の建物配置、見張りの死角、通路の脆い箇所……視界に立体的な情報が浮かび上がる。

「…十分だな。」

ユキはそのまま集落を離脱し、メルの小屋へと戻った。


メルはベッドにもたれかかりながら膝を抱えていた。

疲れた目がユキを見る。

「…無事に入れたのね。」

「ああ。いい情報を持ち帰った。」

ユキは得た情報を端的に伝えた。

巡回の隙、見張りの配置、そして ——

この集落は"規律を守らない荒くれ者の巣窟"だということ。

「………でも、それが分かったとして…私たちはどう戦うの?」

「捕縛する」

「え…?」

メルは呆気にとられた顔をした。

「攻撃じゃない。攪乱と捕縛。夜になったら、見張りの薄い区域に入り込む。"攪乱(ディスターバンス)"で騒ぎを起こし、注意をそらしている間にカーコが奴隷を森に誘導する。俺は背後から"素材錬成(マテリアル・フォージ)"で縄を作り、寝ているか酔いつぶれた海賊を拘束していく。」

「……無茶苦茶よ」

「無茶じゃない。混乱は伝播する。統率の断絶を突いて混乱を招く。それが最小戦力で最大効果を得る手だと考える。」

メルはしばし黙り込んだあと、小さく笑った。

「…やっぱり変な人。でも、ちょっと信じたくなってきた…。あなたが —— "リミナルズ" なんじゃないかって。」

「"リミナルズ"…?」

「ううん、気にしないで。……絶対に死なないでね。」

「…ああ。もちろん。」


夜になり、ユキはカーコとともに闇の中を滑るように進んだ。

見張りの一人が欠伸をしているのを確認し、ユキは石を投げた。


カンッ —— !


「だれだ…?」

見張りが音に釣られた瞬間、ユキは攪乱(ディスターバンス)を発動した。

森の奥でまばゆい閃光が点滅する。

「ありゃあ一体…何だ?」

三人の見張りたちは一斉に光のもとへ走っていく。

「今だ!カーコ」

「キュッ!」

カーコは地を駆け、奴隷小屋の裏から忍び込む。

寝ていた奴隷たちの肩を小さな前足でつつき、目を覚ました者を森へと誘導する。

ユキは"素材錬成(マテリアル・フォージ)"で生み出した縄を酔った海賊にかけ、布を口に入れて塞ぎ、転がした。


ピロリロン!


【条件達成。 スキル "単縛結(シングル・バインド)" を習得しました。】


「…新スキルか!」

『短時間ではありますが、対象の動きを50%程度遅らせ行動を封じます。ただし、強力な筋力や魔力を持つ対象は抵抗できてしまう点に注意が必要です。』


「物は試しだ。"単縛結(シングル・バインド)"…!」

寝ていた海賊たちは次々と光の鎖によって身動きがとれなくなり、その間ユキが縄で縛り上げた。


ピロリロン!


【条件達成。スキル進化 "縛鎖結界(バインド・ドメイン)"を習得しました。】


「また新スキルの習得か………いや、進化だと?」

『熟練度の基準値を超えると、強力なスキルへと進化できるスキルがあります。"単縛結(シングル・バインド)"もその一つです。今回は敵が多く、このスキルのみで対峙しているため、多くの熟練度が溜まったのでしょう。』

「進化すると、"単縛結(シングル・バインド)"は使えなくなるのか?」

『いえ、進化させても前段階のスキルの使用継続は可能です。』

「それなら…強力なスキルはあるに越したことはないな。」

『"縛鎖結界(バインド・ドメイン)"はユキから20m以内を結界化し、内部に存在する味方以外の全ての対象に対して鎖を無数に生成して捕縛するスキルです。』

「20m以内の敵をすべてだって?……一気に拡大したな。」


「誰だ貴様!勝手に俺たちの村に入ってんじゃねェ!」

遠くから怒声が聞こえ、どうやら三人の見張りが戻ってきたようだった。


「早速試してみるか……"縛鎖結界(バインド・ドメイン)"!」

ユキを中心として光のベールが空間を包みこむ。

「なんだ…?!」

三人の海賊があっという間に光に包まれた瞬間――


ズズズズッ、ジャキィィン…!


地面や空間から光の鎖が大量に現れ、空間内の3人の海賊がもがけばもがくほど絡まっていき、やがて完全に拘束された。

「…これは驚いた。」

やがて混乱の中、奴隷たちは全員森へ逃げ出し、残った海賊はすべて捕縛されていた。

焚き火のそばに海賊旗が倒れ、泥にまみれている。

暗闇の中、やはり心配になったメルは第一集落に来ていた。

メルは信じがたい光景に呆然と呟く。

「本当に……攻撃もせずに、あの海賊たちを出し抜いちゃったの…?」

メルは全身の力が抜けてしまったかのように膝から崩れ落ちる。

「…あはは。……私、あなたを信じる。—— もう逃げない。」

カーコがユキの肩に乗り、勝鬨(かちどき)をあげた。

「キュー!」

微笑みながら、ユキは視線を遠くにやる。

森の向こう、まだ見ぬ二つの集落。

次に崩すべき標的たち。


(次は……どちらを落とすか、だな。)

こうして、最初の戦いは意外にもあっけなく、そして静かに幕を閉じた。







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