第3話 父さん見つかる
日が落ちてきた。オレはお腹が空いていたし不安にもなってきた。
(これからどうしよう?)
実はもう建物の中でトイレを見つけて、そこで水道水をすくって飲んでいた。この国では40年後であっても水道の水は問題なく飲めるだろうと思ったので特に不安はなかった。
ただ水だけではいつまでももたないし、まずは今夜寝るところをどうにかしないといけない。
警察に行くべきか? けど今の状況をなんと言って説明すればいいんだ。
そうだ、お金は持っていることになっていた。なんとかあれを引き出す方法はないだろうか?
(もう一度ATMに戻ってみるか。銀行残高はあったみたいだし。さっきの自動音声がAIとリンクしているなら、尋ねればウォレットデバイスの入手法なんかも教えてくれるかもしれない)
オレはまたさっきのATMのあるフロアーに戻った。
最初に来たときは周囲にほとんど人影はなかったが、今は一人の女性が立っていた。女性はATMを使う様子はなく、単に周囲を見回しているようだった。年の頃はオレと同じくらい。なんだか見覚えのある顔だ。
ここでオレはかつて経験したことのない感覚を覚えた。その人が誰か思い出すのと同時に、大量の情報が一斉に頭の中に流れ込んできたのだ。
「パパ?」
「ハンナか?」
オレは一瞬でその女性が自分の娘であることが分かった。
今までオレと同じような経験をしたことがある人間はいただろうか?
いや、戦争で離ればなれになり、何十年ぶりかで再会した家族の話は聞いたことがある。そういった人たちも一目で自分の家族が分かったのだろうか?
「ハンナ、どうしてここに?」
ハンナは「え?」という表情を浮かべた。
「パパこそどうしてたの? ずっと探してたんだよ」
ハンナの目には涙が浮かんでいた。
オレは大きくなった娘の肩を抱いて、ほんの昨日までやっていたように背中をさすって落ち着かせようとした。
「よくお父さんがここにいると分かったね」
「どうしてもパパが死んだと信じられなくて、銀行と相談して口座を一つだけ残してもらっていたの」
そうか。銀行に残していた生体認証データがそっくりそのまま引き継がれていたから、さっきATMで残高が表示されたんだ。
そういった生体認証データは歳を取ってもまったく変わらないはずだ。なんと言ってもオレは40年前とまったく同じ状態なのだから。コンピューターは正しくオレをオレと認識したのだ。
「そうしたらパパの口座にアクセスがあったという通知が来たの。私はすぐに銀行に問い合わせたわ。けどそのアクセスは『本人』からのものだって。どのATMからのアクセスか教えてもらったから、私はタクシーを飛ばしてすぐにここまで来たの」
「お父さんの中では、今日は深夜にコンビニに出かけて帰れなくなった日の翌日なんだ」
ハンナは驚いた顔をした。
「ひょっとしてお父さん、まったく年を取ってないの?」
オレは自分の手のひらを見つめた。別に昨日までと何ら変わらない。さっきトイレの鏡で自分の姿を見たときも、その姿は昨日までとまったく変わらなかった。
ハンナがまた口を開いた。
「ねえパパ、ギューッとして」
オレは小さい女の子にするときのようにハンナを抱きしめた。
「ずっと待ってたんだよ」
「ごめんね。どうしても帰れなかったんだ」
「いいよ。おかえり」
「ただいま」
終わり
最後まで書き上げて、これは死後の世界の話なのではないかと思い始めました。
自分が死に、数十年後、最愛の子どもが寿命を迎えて追いかけてくると、このような感じになるのではないでしょうか?
その割には設定年齢が若いのでちょっと怖くなってきました。
そう言えば誰かが、夢を記録し続けると気が狂うから止めた方がいい、と言っていたような気がします。
夢を元に小説を書くのは今回限りにしておこうと思います。