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第2話 谷間のショッピングモール

その白い建物をどのように形容したらいいのか分からない。

材質(ざいしつ)としては光沢のあるプラスチックのようだ。それが谷底から上空はるか高くまで伸びている。最も低いところは太く、ほんの少しずつすぼまりながら上空に伸び、やがてまた太くなる。さらに先に進むと、建物は二つに分かれていた。


その建物からは何本か太い管が飛び出していて、それぞれ緩くカーブを描きながら谷間を跨いでいる。管は直径20メートルほどもあり、上半分はやや半透明の白、下半分は銀色をしていた。そのうち一本は比較的オレの近くを通ってこちら側の崖に突き当たった。目をこらして見ると、その管の中を何かが通るのが見えた。


(あれは、、、車!?)


しかしその車の動きはオレが見知ったものとはまったく異なっていた。非常に(なめ)らかに、まるで空中に浮かんでいるかのような動きだった。


再び視線を最初の白い建物に向けると、こちらも表面が半透明になっていることが分かった。その向こう側で、おそらくは人が上下に移動しているのが見えたからだ。


(あれは人じゃないか。エスカレーターに乗っている? いや、それにしては角度が急だ。エレベーターともちょっと違うようだし)


オレは周囲を見渡した。周りに人はいない。けれどこの辺りはまったくの自然の森というわけではなく、なんだか人の手が入っているようにも思えた。先ほど車が通っていた管はこちら側の崖にぶち当たったあとは、トンネルになっているようだった。


(人が通れる橋はないかな?)


オレは自分がいる谷間のこちら側に目を向けた。


白い建物から伸びる管はいくつかあったが、そのうちの一つは少し小ぶりで、こちら側の崖との境目辺りになんとなく突破口(とっぱこう)がありそうな気がした。


オレは大体の目星をつけ、その方向に向けて歩き出した。

ほどなく細い小道に行き当たった。舗装はされていなかったがきちんと整備された道だ。その道を進むと先ほど見た管にたどり着いた。そこには小さな階段があった。管の中に入れるようだ。


オレは意を決して階段を上った。一番上のところは閉ざされていたが、すぐそばまでいくと、管の曲面(きょくめん)に沿って自動ドアが上下に開いた。予想外の動きに少し驚いたが、中を覗くと歩行者用の道が作られていた。


人はいない。オレは一瞬考えるために立ち止まったが、すぐに管の中に入り、白い建物に向かって歩いていくことにした。


・・・


外から見ると管は半透明だったが、中からは外がハッキリと見える。初め何もないのかと思って手を伸ばしてみたが、指がコツンと当たる感触があったので、そこにガラス窓のようなものがあることが分かった。けど当たったあとも指の(あと)が残るわけでもなく、やはり屋根のない歩道のようにしか見えない。


そこで始めてオレは人に出会った。向こう側からこちらに向かって歩いてくる。

オレはどうしようか迷ったがそのまま歩き続けることにした。

すれ違いざま、その人が会釈(えしゃく)をしてきたように感じたので、オレは慌てて笑顔を作った。


すれ違ってからその人の服装を思い出そうとしたが、身体に沿うようにピッチリしているなという印象だけが残っていた。色合いは淡いグリーンのボトムスに白のシャツ。ベルトはしていない。服の素材についてはまったく見覚えがなく、何らかの新素材のようだった。


振り返って確かめるのも妙かと思い、オレはそのまま前に向かって歩き続けた。

通路はやがて少し上り坂になった。しかし特に息が切れるということはなかった。何と表現していいか分からないが、平らな道を歩いているのと変わらない負荷しかかかっていないようだった。

通路を振り返ってみて、最初にこの通路に入った崖の反対側がかなり下の方にあることに気づいたので、この通路が坂になっていることに気づいたくらいだ。


通路の終わりまで来ると、広場のようなところに出た。空は見えるが、これも何かに覆われてホールのようになっているのかもしれない。

通路に入る前に外にいたときはほんの少し暑く、歩いているうちにじんわりと汗をかいたが、通路に入ってからの温度は快適で、それはこの広場に入ってからも変わらなかった。


この辺りでは沢山の人がいて、その前には崖の反対側から見た白い建物がそびえ立っていた。人々はその建物の中に入っていき、また、出てくる人もいた。

思い切ってオレも建物に向かった。


時々オレの服装を見て、怪訝(けげん)な表情を浮かべる人もいたが、特に若い子でオレと同じような服装の者もいたので、それほど気にすることはなかった。

そもそもこの辺りにいる人の服装は様々で、先ほど通路ですれ違った人のようにタイトでカラフルな服を着ている人もいたが、オレがよく知っているワンピースやTシャツを着ている人も沢山いた。

ただ生地の材質が違うのか見慣れたものでもどこか違和感を感じた。色合いも地味なモノから派手なモノまで様々だった。


建物の中に入ると、そこには広い空間が広がっていた。中央部に巨大なオブジェがあり、それが頭上にまでそびえ立っていた。奥を覗くと様々なものが陳列されているのが見える。

その雰囲気から想像できた。


(ここは、、、ショッピングモールじゃないか?)


・・・


オレは奥に進んで確かめた。様々なショップがある。


(こういうところには案内図があるはず。大抵分かりづらいところにあるのだが……)


しかし案内図はすぐに見つかった。文字は読めた。半分以上が知らない名前だったが、馴染みのブランドのショップもあった。ただそこに書かれた文章は少し読みづらかった。しばらく考えて、てにをはの使い方がオレが知っているものと少し違っていたからだと分かった。しかしそれくらいであれば十分文章として読める。


オレはさらに1階をさまよった。


(ない。ないなあ)


オレが探していたのはエスカレーターだ。こういったショッピングモールには必ずあるはずだ。しかしこの建物にはエスカレーターどころか、エレベーターも階段も見つからなかった。


先ほど見たフロアマップには何階分もの地図が描かれていた。しかしその階に上がる(すべ)がないのだ。


オレはまた入り口近くのホールに戻った。そこから上を見上げると、確かに何層ものフロアーが見える。と、隣にいた人が急に上空に飛んでいってしまった。


(あっ!)


オレは思わず声を上げそうになったが、なんとか口を押さえた。

人々が次々に浮かび上がり様々なフロアーに直接アクセスしている。降りてくる人もいて、オレのそばに降り立って、そのまま建物を出ていく客もいた。


結構沢山の人が行き交っていたが、決して衝突したりということはなかった。何らかの制御装置がはたらいているのかもしれないが、ちょっとしたコツもあるのかもしれない。


途中の階からもっと高い階に直接飛んでいく人もいた。ベビーカーを押している人もいたが、ベビーカーごと上空に舞い上がっている。


(どうやればいいんだろう?)


丁度親から離れた子どもがいたので、大人には冗談に聞こえるような話し方で声をかけてみた。

「おにいちゃん、空飛ぶの上手いねえ」


その子はオレが冗談を言っているとは気づかず、

「え? 簡単だよ。6階に行きたいった考えるだけだもの」

と教えてくれた。


オレは「分かってたよ」という表情を作って、

「へ~、6階には何があるの?」

と訊いてみた。


「おもちゃ売り場。へへ」


その子は得意そうな表情を浮かべながら、そのまま6階へと飛び上がっていってしまった。

おもちゃ売り場なら面白そうだと思い、オレも6階のフロアーを見つめながら(6階に行きたい)と念じてみた。するとオレの身体はふわりと浮き上がり、6階のフロアー目がけて進み始めた。


(あわわ、速い速い!)


オレは慌てたがよく見ると上昇スピードは周囲の人たちよりかなりゆっくりだ。その人の不安レベルに合わせてスピードがコントロールされているのかもしれない。


6階のフロアーに着くと、急に体重が脚にかかってオレはその場に座り込んでしまった。すぐに立ち上がったが、誰もオレのことを気にしていないようだった。

フロアーの端には特にフェンスなどはない。オレはどうしてもフロアーの端まで行って、下を覗き込みたくなる衝動に駆られた。


オレはフロアーの端から頭を出そうとした。重心は内側に保っているから落ちる心配はない。ただ少しドキドキしながら頭を伸ばした。

その瞬間身体全体に力がかかり、オレはフロアーの端から50センチくらいのところまで戻された。


「気をつけてください。大丈夫ですか?」


警備員と思われる人がどこかから現れて、オレに声をかけた。


「大丈夫です。ちょっと覗いてみただけで」


「危ないですよ。安全装置があるのでまず大丈夫ですが」


オレは軽くお辞儀をしながらその場を立ち去った。


差し当たり、おもちゃコーナーに行ってみようと、オレは左右をキョロキョロ見回しながらフロアーを歩いていった。


おもちゃコーナーはすぐに見つかった。

中をぐるっと回ってみたが、どうやって遊ぶものか一見して分からないものばかりだ。

赤ちゃん向けのおもちゃは馴染みのあるものが多かったが、ほとんどがあまり聞いたことのないメーカーが作っていた。


ここでオレは現実的になった。


(お金がない)


・・・


オレは自分の経験を元に、どうしたらいいか考えた。


(こういった商業施設にはお金を引き出すATMがあったよな……)


案内図では非常に分かりづらい表記になっていたが、オレはなんとかフロアーの端っこの方にATMらしきものがあるのを発見した。

そこは機械が置かれているだけではなく、きちんとしたドア付きの小部屋になっているようだった。


中に先客はいないようだったので、オレはドアの前に立った。ドアは自動的に開き、オレは小部屋の中に入っていった。

部屋は特に装飾らしい装飾もなかったが、全面の壁がすべてディスプレイになっていて、心を落ち着かせるような風景の画像が表示されていた。


「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」


突然声がした。オレは周囲をキョロキョロと見回したが、それはコンピューターが生成した音声のようだった。

あまりに自然なので目の前に人がいるような感じがしたが。


用件は何かと聞かれて、それは「お金を引き出したい」ということではあるのだが、このは一体何銀行のATMなんだろうか?

ドアのところには何も書かれていなかったような気がする。


「少々お待ちください」


オレが何を言おうか考えていると、特にキャッシュカードも何も見せていないのに、システムが勝手に動作を始めているようだった。


「残高は表示のとおりです」


正面のディスプレイに、結構な金額を示す数字が表示された。銀行名を見るとはオレがよく使っていた口座だ。

しかしそんなにも多額の金額を預けた記憶はない。


「いくらか引き出したいんだけど」


「申し訳ございません。お客様はウォレットデバイスを装着(そうちゃく)してらっしゃらないようです。装着後にまたご来店ください」


(ウォレットデバイス?)


何かICカードか携帯端末のようなものが要るのかもしれない、ということは想像できた。


「ほかに何かご用はございますか?」


オレはウォレットデバイスが何か尋ねようかと思ったが、変な質問をして疑われたくないと思った。


(まあほかに調べようもあるだろう)


オレはATMと思われるスペースを後にした。


・・・


フロアマップを見ていると、カテゴリーごとに店舗が集められているわけではなく、各フロアごとに何かしらテーマがあって、それに沿って店舗が配置されているようだった。

だから、同じ名前の店舗がいくつかのフロアで何度も出てきたりすることもある。

おもちゃ売り場の前に、食料品売り場があることも、ここでは不思議なことではないようだ。


(あ~、このお店は食料品のショップだったのか。それにしよう)


オレはファッションには(うと)かったし、うっかり高い店に入ってしまうと、店員に声をかけられただけで気まずくなってしまう。おもちゃ売り場に続いて食料品売り場というのは都合が良かった。


店内を見回して、なんとなく子ども向けの食べ物が多いのかなという気がした。

けれどそれ以外の食べ物もふんだんに用意されていて、あちこちのフロアーを回らなくても買い物が完結できるようになっている。


見慣れないパッケージの商品が多かったが、オレの知っているお菓子のブランドもあった。


(まるっきり違うというわけではないんだな)


オレは何気なくそのお菓子の箱を手に取って、製造年月日を見た。

そこには「65/07/11」と印字されていた。


ちょっと待て! そんなはずはない!

確か海外だと年月日の順ではなく、日月年や月日年の順に印字するところもあるはずだ。

いや、それでも無理だ。「65」なんていう月も日もない。説明がつかない。


オレは慌てた。慌てたけれど案外頭は冷静だった。次に取るべき行動を考えた。


(書店に行ってみよう!)


フロアマップから、どれが書店を表すショップであるのか理解するのに時間がかかったが、見つけてしまえばさっきのフライング・エスカレーター(と自分で名付けた)ですぐにアクセスできる。


オレは書店に入ると迷わず歴史本のコーナーへと向かった。


(子ども向けの参考書だ。概略(がいりゃく)一望(いちぼう)できるものがいい。そう、これだ。そして『近代史』を探せばいいんだ)


ページをめくると、そこにはオレがまったく知らない40年分の歴史が記されていた。

第2話で起こった出来事は夢の中では一瞬でした。けどおそらく「オレ」は、こういう経路をたどったであろうということを考えながら、その様子を書き留めました。

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