第1話 父さん迷子になる
オレはコンビニに買い物に出かけただけのはずだった。だけど家に帰れなくなってしまった。
この辺りの道路は碁盤の目状に整備されている。オレが住むマンションから最寄りのコンビニまでは1ブロックしか離れておらず、信号も1回渡ればいい。
オレはまだコンビニにたどり着けていない。気づいたときにはもの凄く長い時間が過ぎていたような気がする。
(とにかく一旦家に帰ろう)
家には妻と6歳の娘、それに4歳の息子がいる。オレは急に家族が恋しくなった。
「痛いっ!」
オレはこの頃右膝を痛めていた。しかし既に回復に向かっており、こんな短い距離なら特に何の問題もなく歩けるはずだ。
しかし痛みは急激に増していき、数歩歩いた後にはもう右足に体重を乗せることすらできなくなった。
オレはやむなく膝を地面に突いた。
(這っていくしかないか……)
家までは数百メートル、時間はかかるが這っていったとしても帰り着ける距離だ。
都会の真ん中で這いつくばって進む。普通ならこのことの異常性に気づくはずだ。単にその場に留まって助けを求めればいいのだから。
ただこのときのオレはパニックになっていたのかもしれない。大声をあげて助けを呼ぼうなどという考えは一切思い浮かばなかった。そのくせ頭は冷静になれと指令を出し続けているのだ。
そして実際助けを求めたとしても、助けてくれる人がいたかどうか分からない。家を出たときからまだ誰にもすれ違っていない。
この辺りでは、深夜とはいえまったく人が通らないということはないはずだ。1時間も待てば、酔っ払いの一人や二人いてもおかしくない。
・・・
(1時間? オレはもう1時間もこうしているのか?)
時間の感覚がおかしくなってきた。オレはなぜ1時間経ったことに気づいたのだろう? そんなに長い時間は経っていないはずだ。
いや、待てよ、もっと長い時間が過ぎたような気もしてきた。しかしそれならもう夜が明けて、辺りは明るくなってきているはずだ。
(おかしい。一体今何時なんだ。腕時計はないし、スマホには手が届かない)
・・・
そこから先の記憶はほとんどない。気がつくとオレは、ビルに囲まれた歩道にはいなかった。
目の前は左右に谷が広がっていた。周囲は木々に囲まれていたが、オレのいるところは見晴らしがよく、谷の反対側をハッキリと眺望できる位置にあった。
周囲は明るい。もう夜ではなかった。
その谷の反対側はかなりの急斜面で、こちらも木々が生い茂っていたが、その谷の一番下からはるか上の方まで、斜面に沿って白い巨大な建造物がそびえ立っていた。
これは2025年6月某日に見た夢を元に書き起こした物語です。
その内容があまりにも鮮明で、かつ終わり方がとても印象深かったので、小説として残しておこうと考えました。
物語の最後に自分の娘が登場します。
現実世界ではまだ6歳になる前ですが、このお話のプロットを話すと面白いと言ってくれました。
そして、この物語のタイトルを考えてくれました。