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極限報道#77 副総理が口から毒薬を噴出  間一髪、橋詰が大神を投げ飛ばす

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 社会部で速報記事を執筆中の大神のスマホに電話がかかった。丹澤副総理の私設秘書からだった。


 「副総理が大神さんに会いたいと言っています」。あまりにも唐突な申し出に大神は驚いた。いたずら電話ではないかと疑っていくつか探りの質問をしたが、声の主は間違いなく私設秘書の男性だった。


 「孤高の会」のトップに君臨してきた人物が逮捕状が執行される前に「会いたい」と言ってきたのだ。「孤高の会」と「防衛戦略研」がこれからどうなっていくのか。確かめたいことは山ほどあった。


 「別の記者を行かせますが、よろしいでしょうか。私自身は体調が万全ではないので」

 「副総理は、大神さんでなければダメだと言っています。今、面会謝絶が続いています。警察の取り調べは控えてもらっていますが、間もなく始まるでしょう。副総理から話を聞くなら、今しかありませんよ」

 

 「面会謝絶という状態でもお話しはできるのですか?」

 「できます。短時間であれば会話は可能です」


 「わかりました。私が行きます。ただ、私1人で行くというのでは社の許可がおりません」

 「大神さん1人でとは言っていません。大人数というわけにはいきませんが、3人程度なら問題ありません。ぜひお願いします」


 「医者の許可は下りるんですか」

 「下りないと思います。こちらから時間を指定しますのでその時間ジャストに来てください。医者と警察の目を盗んで時間を設定します」

 

 「それにしてもなぜ、私なのですか。何を話してくださるのですか?」


 「副総理が言ったことをそのまま伝えますね。『20年かけて周到に準備を進めてきた野望を打ち砕いたのは、大神由希記者だ。しかも、たった1人でだ。自分は政治生命を絶たれた。現世に別れを告げる日も近い。最初の最後、大神記者とはどういう人物なのかを知りたい。「孤高の党」結成の会見時に質問をしてきた大神記者は、ほかの記者とは明らかに違って迫力があり輝いていた。会ってくれるのであれば、まだ語られていない真実のすべてを自分の口から伝えよう』。そう申していました」


 「『真実のすべてを伝えよう』と? 副総理はそう言われたのですか?」

 「確かに言いました」


 闇のシンジケートの摘発は始まったばかりだ。世界の暗黒組織と通じているとも言われている。思想に同調し、水面下で活動している者は、企業や役所などの組織に数多く存在する。陰に隠れた応援団員たちが何かの拍子にまた力をつけて表舞台に登場してくるかもしれない。そうしたすべての実態を尋ねたら、副総理は本当に話してくれるのだろうか。


 「わかりました。デスクと相談してなるべく早く返事します」と答えた後、もう一度尋ねた。

 「私が取材させていただくとして、その後、副総理は警察の事情聴取が待っているはずです。警察にも真実を話されるのですよね」


 「それは……。言っていいのかどうかわかりませんが」と秘書は一瞬躊躇した後、「秘密にして欲しいのですが、副総理は『警察には一切話さない』と言っています。完全黙秘です。というよりも、死んでしまうかもしれません。体調も良くないし、また『これ以上生きていても仕方がない』と何度も言っています。自殺してしまうのではないかと心配しているのです」と言った。


 「自殺?」。予想していなかった言葉だった。「警察には話さずに、私には話すというのですか。どうしてなのでしょうか」


 「最後に大神さんを間近で見たいという欲求の方が強いようです。これはもう理屈ではありません。それと、記者に話せば、記録として残るという意味合いのことも言っています。警察の捜査は国家にとって都合の悪いことは闇に葬ることがある。『そういう実態を見てきたし、自分も実践してきた』と言うのです」


 「副総理が自殺……」。衝撃的な言葉に、大神は言葉が出なかった。「孤高の会」の実態を最もよく知っている人物が死んでしまっては多くのことが闇の中に消えてしまう。だが、丹澤は最後に話そうという意思があるようだ。

 「自分が行かないわけにはいかない」。大神はそう思った。

 「録音テープを回しますがいいですね」

 「もちろんです」。大神はすぐにデスクに話した。


 結局、大神と橋詰、屈強なカメラマンの3人で病院に向かった。

 ただ、実際に病院で秘書に導かれ特別室に入ってみると、丹澤の容体は相当悪く、安静状態で取材ができるという感じではなかった。

 目を閉じ、熟睡している。だが、大神が来たことを秘書が耳元で告げると、丹澤は目を開け、大神の方を見て、一方的に小声で話し始めた。


 「後藤田と組んだのが間違いだった。あいつは100年に1人の大悪党だった」。声はとても小さく、聞き取りづらい。録音テープを枕元に置いたが、ぼそぼそとよくわからない言葉を発するだけだった。


 しばらくして、秘書がコップに入った緑色の液体を丹澤に飲ませた。丹澤が大神を手招きした。小さい声で何かを話そうとした。大神が顔を近づけた。丹澤が口をもぐもぐと動かしたその瞬間、緑の液体が口から垂れた。


 目を見開き、大きく息を吸い込んだ。その時、後ろにいた橋詰記者が「危ない!」と叫び、大神に飛びついた。

 「な、なにするの!」。大神が訳がわからずに叫んだ。橋詰はかまわずに、背後から大神を抱え込み、そのままバックドロップのように後ろに投げ飛ばした。


 大神の体が宙に舞った瞬間、丹澤の口が大きく開き、中から緑の液体が噴き散らされた。それは最後の力を振り絞っての行動だった。大神は床に背中から落ちた。


 悲鳴があがった。大神と共に、丹澤の顔に近いところにいたカメラマンの顔面に液体の一部がかかり、緑に染まった。丹澤は自分が噴き出した液体が顔一面に降りかかり、白目をむいていた。カメラマンはそのまま崩れ落ち、激しく痙攣した。大神は橋詰に投げられて首と腰をしたたかに打ったが、なんとか立ち上がり、異常事態に茫然として立ち尽くした。


 「毒薬だ。青汁の中に毒を入れた小さな袋が入っていたんだ。大神先輩が近づいた瞬間に袋をかみ切って、噴きかけて殺そうとしたんだ」。橋詰が言った。薬学部出身の異色の経歴が役に立った。


 すぐに、医師と警察官が駆け付けた。丹澤はすでに絶命していた。カメラマンは応急措置を受けて一命をとりとめた。毒入りの青汁を丹澤に渡した私設秘書は、どさくさに紛れて逃走しようとしたが駆け付けた警察官につかまった。

 しばらくして鏑木警部補も駆け付けた。病院の個室に大神が呼ばれた。


 「もう君は記者をやめろ。危険なことをわかっていて飛び込んでいくんだから。医師にも警察にも言わずに取材するとは、なんて無謀なことをするんだ。何度言ったらわかるんだ」。心底、怒っていた。


 「すみませんでした。真実を私だけに話すといわれたもので……。油断しました」。 謝罪は何度目になっただろうか。


 鏑木は「シャドウ・エグゼクティブ」の取り調べなどから全容を解明しつつあった。

 「丹澤は壮大なる計画を立てて、慎重に準備を進めてきた。しかしその野望があっけなく潰えた。大神という一記者の無鉄砲な取材とそこで得た情報を集大成した調査報道による記事が放たれたことでな。もともと大神を殺害のターゲットに選んだのは丹澤なのだ。取材で真相に迫ってくる大神の能力に、恐怖を覚えたのだろう。組織に招き入れ、その能力を生かそうとした後藤田とその点は見解が異なった。すべての計画を立てた最高責任者として、殺人リストに載った大神由希を自分の手で殺すことを最後の仕事と決め、その機会を探っていたんだ。『真実の究明』という言葉に敏感すぎるほど反応する大神の性格を突いて病室まで招き入れた。殺害のために最後の力を振り絞ったのだ。だが失敗した。巨悪の張本人だが、玉砕作戦も成功せず、無念だっただろうな」


 大神は何も言えなかった。鏑木は穏やかな表情に変わった。


 「君のあのスクープはたいしたものだった。渋りに渋っていた警視庁幹部たちも、我々の捜査方針を認めざるを得なくなったのだからな」


 鏑木によると、警視ら幹部の中に「孤高の会」の息がかかった者が数人いた。「防衛戦略研」のリーダーや隊員もいた。ことごとく現場の捜査指揮にクレームをつけ、口出しをしていた。中には「防衛戦略研」が殺人事件を起こしたことについて報告を受けていた者もいた。


 しかし、記事がでた後、突然、出勤しなくなり雲隠れした。


 探し出して取り調べたところ、「孤高の会」から現金を受け取り、捜査にブレーキをかけようとしていたことが明らかになった。 


 次々に逮捕されていった。


(次回は、■後藤田が自殺なんて信じられない)







お読みいただきありがとうございました。

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