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極限報道#75  「記事全面削除だ」編集局長は叫んだ 。「黙れ! 紙面で勝負するんだ」木偶の坊補佐が決起

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 早朝から、最も忙しかったのは、朝夕デジタル新聞社以外の報道機関だったかもしれない。創業100年を超える老舗の新聞社が、その歴史上前例のない記事を掲載した。捜査機関のクレジットなしに、新聞社の独自の調べで、財界の大物と政治団体を「殺人集団」と決めつける記事を放ったのだ。しかも、実名報道だった。

 

 編集局長兼社会部長の西川が未明に、田之上デスクへ電話をかけてきた。 ネットニュースで目にし、自宅に届いたばかりの新聞で確認した直後だった。スマホの着信履歴を見ると、秋山から何度も連絡があったが、昨夜の深酒で爆睡してしまい、スマホをマナーモードにしていたために気づかなかった。

 

 「このぶっ飛んだ紙面はなんだ。一体全体、どういうことだ。俺は前に同じ原稿をボツにしたはずだ!」


 「警視庁が『防衛戦略研』に関する数々の疑惑について捜査着手の方針を固めたようです。その情報が締め切り間際に飛び込んできて、慌てて全面取り替えました。他社も掴んでいたら、『特オチ』になってしまうところでした。以前ボツになった時からさらに取材を重ね、精度が上がり、内容も充実しています」

 実際に田之上は昨夜、興梠警視庁キャップから捜査方針についての最新情報の連絡を受けていた。だが、記事に盛り込むのは待ってくれとも言われていた。西川への説明では、捜査の話も織り交ぜることで、バタバタしたように装った。

 

 「今、ほかの新聞とネットをチェックしたが、『捜査着手へ』なんて記事はどこにも出ていないぞ」

 「それは結果論です。昨夜は『特オチ』になるのではないかとひやひやでした。結果的にスクープになってよかったじゃないですか」

 「うちの記事にも、警視庁の『け』の字もでていない。捜査に着手するのではないのか?」

 「着手の方針は固まったものの、実際の着手はまだ先になるようなので、紙面で触れませんでした。局長が欲しがっていた新聞協会賞、この記事でとれますよ、きっと。おめでとうどざいます」

 

 「バカ野郎! 何度読んでも危なすぎる内容だ。大企業と大政党を殺人集団と断定しているんだぞ。こんな記事、見たことも聞いたこともないわ。大神が書いたんだろう? 信じられねえよ。新聞協会賞どころか、その前に俺の首が飛ぶ。会社もつぶれるぞ」


 「すべての裏がとれたので、私がゴーサインを出しました。大神の書いた原稿を相当削り、丸めた表現にしました」


 「俺に何の相談もなかったのはどういうことだ? これだけの紙面展開は事前に準備していないとできるはずがない。当番編集長にも説明がなかったらしいじゃないか。さっき秋山を電話で怒鳴ったら、ショックで寝込んでしまったぞ」


 「編集局長室には最終版の降版前に大刷りが配られています。当番編集長が、なにも言ってこなかったので、了解されたんだと判断しました」

 「バイトに配らせるだけでなく、デスクがきちんと説明するべきだろう」


 「西川さん、あなたも社会部長を兼務しているんだからわかるでしょ。降版直前の現場がどんなに忙しいか。説明に行っている時間なんてありませんでした。紙面の責任はデスクである私にあります。問題になれば、私が責任をとります」


 「お前にどんな責任がとれるというんだ。抗議はすべて俺のところにダイレクトにくるんだ。もう俺の携帯は鳴りっぱなしだ」 


 記事の衝撃の大きさは凄まじかった。ニュースは瞬く間に世界中を駆け巡った。金子代議士の「激白」も動画として流され、再生回数はすぐに100万回を超え、増え続ける一方だった。すべての報道機関の記者は早朝から関係先を飛び回った。「防衛戦略研」、三友不動産の幹部の自宅、「孤高の会」に参加している政治家の自宅、警察、検察、財務省ーー。

 

 ウエスト合衆国の支社にもすぐに連絡が行き、後藤田を捜して単独インタビューをするように指令が出た。テレビ各局の早朝番組は「防衛戦略研」のニュース一色になった。しかし、裏付けは取れていない。どの局も「朝夕デジタル新聞社が報じたところによるとーー」という前書きで、内容を読みあげ、それについての関係者の反応を特集した。


 「防衛戦略研」の名ばかりの社長は自宅でマスコミに対応した。「全くあり得ない話だ。指摘されているような殺人事件など全く知らないし関係ない。記事は事実無根だ」と語気を荒げた。「経理の不正」については、「社内で調査する」と言葉を濁した。


 三友不動産の広報は「社長が殺人に関与するなどあり得ない。社長は海外出張で連絡が取れない」とだけコメントした。


 「孤高の会」の下河原は取材を拒否し、コメントを出した。

 「捏造だ。『孤高の会』が殺人組織の一味のような書き方は迷惑千万。選挙妨害だ。朝夕デジタル新聞社社長から詳しく事情を聞く。ほかの報道機関もこの記事は無視するように。同じように報道したら厳重に抗議する。報道した社の社長はすべて国会に呼び出して、尋問する」


 朝夕デジタル新聞社にも、辛島の関与が書かれていたこともあって、抗議や問い合わせが殺到した。一方で「よくぞ書いてくれた」「権力チェックは生きていた」という激励の声も多数寄せられた。


 西川は早朝に出社してきたが、髪はボサボサ、髭もそっていなかった。錯乱状態になっていた。そして朝刊紙面を全面否定した。

 「俺はなにも聞いていなかった。事前に連絡を受けていればボツにした」と編集局中を歩き回って叫んだ。

 「今からでも遅くはない。記事の全面削除、お詫びを夕刊と明日の朝刊の一面でやるぞ」


 午前8時、編集局長室に各部の部長、筆頭デスク、夕刊の当番デスク全員が揃った。夕刊紙面をどうするのかを話し合うために、西川が強引に集めた。そこで司会役を務めたのが、「木偶の坊補佐」鈴木だった。


 母親の危篤で静岡の実家にいったんは帰ったが、西川からの「非常事態だ。戻ってこい」との要請で始発に飛び乗り、三島から新幹線に乗って戻って来た。西川から夕刊紙面の責任者を務めるように命じられた。


 鈴木は、会議前に社会部デスク、キャップからのヒアリングを済ませていた。

 西川が口火を切った。

 「今日の朝刊紙面について俺は何も聞いていなかった。信じられない暴挙だ。社会部と整理部のデスクはみなクビだ。夕刊は全面訂正だ。お詫びも必要だ。この会議で方針が決まれば、まずデジタルで『訂正とおわび』を即座に流せ。後は鈴木、お前に全面的に任せる。以上だ」

 

 そう言った直後に西川のスマホが鳴った。西川は小声で「大丈夫です。夕刊で訂正紙面を出します」と誰かに話していた。


 鈴木が集まった全員に向かって言った。


 「朝刊の出稿の経緯は確認した。最終版の紙面作りについては大いに問題がある。重要な紙面の変更は当番編集長に直接説明すべきだった」

 西川がスマホを耳にあてながら、鈴木の発言に「うん、うん」とうなずいた。

 

 鈴木が続けて言った。

 「だが、今はそのことを追及している時間はない。肝心なのは、ここに書かれた内容が事実かどうか、それだけだ。少しでも誤りがあればわが社は終わりだ。真実であれば、いかなる批判にも耐えることができる。社会部は事実だと主張する。今はそれを信じよう。全社あげて、さらなる取材を尽くせ。政治部とか経済部とか文化部も関係ない。整理部も含めて全編集局員が一丸となってこの荒波を乗り越える時だ。捜査当局の動きを徹底的にマークしろ。すべては紙面で勝負する。その紙面作りはデスクに任せる。社外に余計なことを話すことは許さない。繰り返す。すべてはニュースで勝負する。わかったな」


 鈴木が、訂正とおわびの紙面作成についての指示を出すのではないかと思い込んでいた部長、デスクらはあっけにとられた。電話している西川はぽかんと口を開けていた。

 そして我に返って、叫んだ。

 「何を言っているのだ、鈴木。訂正紙面を作るように言っただろう。そのために、なんでもいいなりの『木偶の坊』のお前を呼び戻したんだ」


 「うるさい、西川。お前は黙ってろ。紙面は全面的に私に任せると言ったばかりだ。そうだろう!」

 鈴木が突然、大声で西川を怒鳴りつけた。2人は同期だった。

 「俺は母が危篤だというのに飛んで帰ってきたんだ」。瞬間、鈴木の声が震えた。

 あまりの剣幕に、西川は「確かにそうは言いましたが……」と口籠った。


 鈴木は西川が持っていたスマホを奪い取った。そしてまだつながっている電話口に向かって言った。


 「辛島、お前は犯罪者だ。わが社の面汚しだ。これ以上、西川に指示を出すな。警察に出頭してすべてを正直に話せ」

 西川は何か言おうとして口をパクパクさせたが声が出なかった。目から涙がこぼれ出し、全身の力が抜けて椅子から転げ落ちた。


 鈴木は西川を無視し、立ち上がって全員を見渡した。


 「何をぽかんとしている。時間がないぞ。『孤高の会』と『防衛戦略研』についての続報は用意してあるんだろうな。スクープラッシュの紙面作りにとりかかれ!」

 鈴木の檄にその部屋にいた全員が「はいっ」と言って立ち上がった。

 編集局長室を出て持ち場に戻る途中、田之上デスクが言った。


 「誰だ、『木偶の坊』なんてあだ名をつけたのは。鈴木さん、いざとなったらやるじゃないか」


 別のデスクが物知り顔で言った。

 「鈴木さんは普段から、紙面をすべて読み込んだ上で現場に任せていたんだ。ごくたまに指摘があるが実に的を得ている。実は責任感のある実力者なんだ」。ほかのデスクも強くうなずいていた。

 評価が一瞬で180度変わっていた。


 社の広報部は、殺到する問い合わせに対しこう対応した。

 「新聞紙面で掲載していることがすべてであり、それ以上コメントすることはありません。今後も紙面、デジタルニュースに注目してください」


(次回は、■東京地検が贈収賄事件を摘発)


 

 



お読みいただきありがとうございました。

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