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極限報道#70  広報室長、桜木に何があった? 浴槽に新たな犠牲者 

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 大神は山形から東京に戻ってから、捜査一課の鏑木と警視庁近くの喫茶店で会い、沢木の話をした。

 「いつまで危険なことをしているんだ」と叱られると思っていたが、いつもの鏑木とは様子が違っていた。気難しい顔をし、どこか悲壮感さえ漂わせている。大神の話を真剣に聞いた後、「直属の刑事をすぐに山形に派遣して、沢木を逮捕して取り調べる」と言った。


 「逮捕容疑は何になりますか?」

 「話を聞いてから考える。どうにでもなる。逮捕しなければ命を狙われるか、自殺してしまうかだろう。今の話を聞いただけで、非常に危険な状態だとわかる」

 「梅田彩香さんが後藤田の指示で殺された。絶対に許せない」と大神が言うと、鏑木は困ったような苦い顔をした。

 「後藤田が『防衛戦略研』のトップであることは間違いないだろう。だが今は海外だ。ウエスト合衆国に出張中で最高級ホテルに泊まっているはずが、そこにはいない。支社にも顔を出しておらず、雲隠れして所在がつかめない」


 「冗談じゃないです。なんとしても捕まえてください。体さえなんともなければ、私が海外でもどこへでも行って捜し出すのに。きちんと法の裁きを受けて、死刑になるようにしてください」

 「そのつもりで捜査している」


 三友不動産広報室長の桜木は鏑木が直接事情聴取したようだ。

 「桜木は自供しましたか?」

 「ポツポツとな」

 「逮捕したのですか?」

 「いや。桜木はわき役だ。犯罪を直接実行したわけではなく、後藤田の言う通りに動いただけだ。周辺から見ていたという感じだ。後藤田の容疑を固める重要な証人にはなるが、桜木自身の容疑については、もう少し詰めなければならない。しばらくは重要参考人として事情聴取を続ける」


 「自宅にいるのですか?」

 「警察が用意したホテルでしばらく待機してもらっている」

 「どこのホテルですか?」

 「それは言えんな。警官が巡回して見張っている」

 「桜木が『防衛戦略研』のメンバーだったことは、私からの情報提供だったはずです。居場所ぐらい教えてくれてもいいじゃないですか。私は無謀なことはしません。話を聞くだけです」

 「俺の口からは言えん。それぐらいわかるだろう」と言った後、「沢木から聞いた話は、これまでの取材と合わせて記事にするのか」と聞いてきた。


 「はい、します。別方面からも資金の流れについて新たな情報が入ってきました。ただ、念のために沢木の話の裏を取りたいのです。梅田さんが殺された時、『後藤田の隣にもう1人、眼鏡をかけた女性がいた』と沢木は言いいました。桜木だと思います。桜木の証言があれば、沢木の話の信憑性が高まります。ところで、警察が『シャドウ・エグゼクティブ』を取り調べていると沢木は言っていました。摘発はいつごろになりそうですか?」


 「まだ水面下での捜査だ。捜査範囲が広く、詰めなければならないことが多すぎて相当時間がかかる。『防衛戦略研』が関わる数々の事件の全体像を固めた上で、個別の事案に切り込んでいくことになった。『孤高の会』の政治家からも露骨な圧力がかかり、幹部連中は相当ビビっているようだ。だが、ここまできたら絶対に摘発する。そのためにも、有力政治家連中に邪魔されないようにしなければならん。秘密裡の捜査が増えているんだ」


 「私は一刻も早く記事にします。社が認めればですが」

 「書けばいい。君が実際に体験したことだけでも、十分に説得力がある。警察は記事の内容にとらわれず、1つ1つの案件をしっかり固めて捜査に着手する」。真剣な表情だった。期するところがあるのだろう。通常、捜査中の案件についてマスコミが先走って記事にすることを現場の刑事は嫌がる。証拠文書を消去されたり、当事者同士が口裏合わせしたり、肝心の容疑者が逃走してしまったりするからだ。だが、鏑木は「書けばいい」とはっきりと言った。


 鏑木は席を立って去っていった。大神もしばらくして立ち上がろうとすると、鏑木が座っていた席に紙包みが置かれているのに気が付いた。忘れ物だろう。だが、鏑木はもう姿が見えない。

 紙包みを手にして、表に印刷された文字に目が釘付けになった。「山の手ホテル」と書かれていた。中身は空だった。

 桜木が泊まっているホテルではないのか。鏑木は自分の口からはホテルの名を言うわけにはいかないが、忘れ物をしたふりをして、大神に桜木の居場所を教えたのだろうか。


 大神はすぐにタクシーで、都心の高台にある瀟洒な「山の手ホテル」に向かった。ロビーに着いて、すぐに桜木のスマホに電話した。呼び出し音が10回鳴ったところで相手が出た。


 「桜木さんですね、大神です」。相手は何も言わなかった。沈黙の中でわずかだが息遣いが聞こえたような気がした。

 「桜木さん、桜木さん。お話を伺いたいのです。とにかく会ってください」。無言だった。息を潜めている様子だった。

 「重要な要件です。この前のように追い込んだりしません。確認したいことがあるだけです。今このホテルのロビーにいます。部屋に伺いますから」

 そう言ったとたんに、突然電話が切れた。大神は何度も電話をかけ直したがかからなかった。呼び出し音が鳴るばかりだった。


 フロントに行き、桜木が泊まっている部屋を聞いた。フロントクラークは冷めた視線を向けて言った。

 「申し訳ないのですが、宿泊されている方の了解がなければ。お部屋番号をお伝えすることはできません」

 大神は再度、桜木のスマホに電話した。今度は電源が切られていた。途方に暮れて、ロビーのソファーに座り込んだ。このまま桜木が現れるのを待つしかないのか。

 待つこと自体は苦ではなかった。だが、桜木が部屋から出てくるとも限らない。


 大神はいったん新聞社に戻った。遊軍キャップの井上に、山形で沢木から聞き取った話を報告した。永野洋子からもたらされた「防衛戦略研」への巨額マネー還流疑惑取材の進捗状況を確認した。


 2時間後、再び桜木が泊っているホテルに戻った。新聞社に戻った時も2回、桜木のスマホに電話をしたが応答はなかった。


 「フロントから電話をして大神が尋ねてきたと言ってもらえませんか」

 もう一度フロントで掛け合った。フロントクラークは渋々といった感じで、桜木の部屋に電話をした。応答はなかったようだ。

 「外出しているのだと思います」

 「外出?」


 警察の監視下で、桜木が外出するだろうか。警察は6時間おきぐらいにホテルを巡回し、異常がないかをフロントに確認していた。大神は不審に思いながらもどうすることもできず、桜木への伝言メモを残して自宅に戻った。翌朝に、再度ホテルに行くつもりだった。


 なかなか寝付けなかった。深夜。恐ろしい思いにとらわれ布団を払いのけた。桜木のスマホに最初に電話した時にわずかに聞こえた息遣いは、男性の呼吸音だった気がしてきたのだ。

 少なくとも桜木ではない。桜木であれば電話に出て、会いたくなければ断ればいいだけのはずだ。胸騒ぎがした。桜木のスマホに電話したが電源は切られたままだった。鏑木にも電話したが留守電になって出なかった。


 そのまま眠れずに早朝、ホテルに行き、フロントに駆け込んだ。

 「桜木さんの様子がおかしいのです。携帯には出ません。すぐに連絡をとってください」。フロントクラークは不審な様子だったが、「少しお待ちください」と言って後ろのドアを開けて事務所に消えた。


 上司と相談しているのだろう。しばらくたって支配人が現れた。「桜木さんの部屋に内線電話をしたのですが、応答がありませんでした。外出されているようです」と支配人は言った。


 「違う。違う。何かがあったんです。そもそも外出するなんておかしいのです」。昨日大神がフロントに置いていった伝言メモはそのままになっていた。

 「警察です。警察に至急連絡してください。事件が起きた可能性があります。すぐに部屋を開けて中を調べてください」

 必死に訴える声が大きくなっていた。


 10分もしないうちにパトカーがサイレンを鳴らしてやってきた。制服姿の警察官2人が飛び出してきて、支配人と共にエレベーターに乗って9階で降りた。大神も付いていった。

 911号室に着くと警察官がインターフォンを鳴らした。だが応答はなかった。支配人がマスターキーを差し込んで開けた。


 水が激しく流れている音が聞こえた。警察官が浴室を覗いた。「うっ」とうめいたまま一瞬退いた。その後ろから大神も風呂場を覗いた。

 髪の長い女性が浴槽に浸かっていた。目は大きく見開いたままで、大神を睨みつけていた。

 「キャー」という悲鳴がホテル中に響いた。


 桜木の死因は溺死だった。死亡推定時刻は昨日の午後6時から9時の間だった。服を着たまま風呂に浸かって死んでいた。生きたまま風呂の中に入れられ、水の中に顔を沈められて殺されたらしい。大神がホテルについて桜木に電話をしたのが午後8時過ぎ。犯人は911号室にまだいたのかもしれない。スマホはなくなっていた。


 大神は警察署でさんざん事情を聞かれた。ありのままを話した。警察では、「どうして桜木がこのホテルにいることを知ったのか」としつこく聞かれたが、その点についてだけは、「取材で知りました」と繰り返した。


 今日のところは、「取材源の秘匿」を理由に鏑木とのやり取りがあったことについては話さなかった。


 最初は容疑者の1人という扱いできつい取り調べが続いたが、疑いは晴れて、夜の10時になって警察から解放された。


(次回は、■異常性の顕在化はいつからか?)



お読みいただきありがとうございました。

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